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君を忘れたふりをした―記憶を失った僕に、彼女は友達だと嘘をついた―  作者: ズッキー


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第6話 思い出の味

退院の日の空は、少しだけ青かった。


「今日から普通の生活に戻って大丈夫ですよ」


医師の言葉に、圭太は軽く頭を下げた。


病院の外に出る。

風が少し冷たい。


外の空気を吸うと、胸がすっと軽くなる気がした。


「圭太」


振り向くと、美月が立っていた。


ベージュのコートに、白いマフラー。

肩に届かないくらいのショートヘアが、風でふわっと揺れた。


小柄で、どこか柔らかい雰囲気の女の子。

彼女が笑うと、目が少し細くなる。

首元では、小さな星のネックレスが揺れていた。


「退院、おめでとう」


そう言って、少し照れくさそうに笑う。

圭太はふと、その笑顔を見つめた。


——なんだろう。


胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「ありがとう」


「体調大丈夫?」


「うん」


美月はほっとしたように息を吐いた。

その仕草が、なんだか可愛くて、圭太は少し笑った。


「どうしたの?」


「いや」


圭太は頭をかく。


「なんか……安心した顔するんだなって」


美月は一瞬きょとんとした。

それから少し頬を赤くする。


「そりゃするよ」


「なんで?」


美月は少し首を傾けた。

ショートヘアがさらっと動く。


「彼氏だから」


圭太は一瞬、言葉を失った。


——彼氏。

その言葉はまだ、少しだけ遠い。


でも嫌じゃない。

むしろ、どこか嬉しかった。


「……そっか」


二人はゆっくり歩き出した。


駅前の通り。

人の流れ。

車の音。


圭太は街を見回す。

知っている気がするのに、思い出せない。


そのとき。

美月が立ち止まった。


「ここ」


小さなカフェだった。

木の看板の、落ち着いた店。


「よく来てたの?」


圭太が聞く。

美月はうなずいた。


「圭太が好きだった」


ドアを開ける。

カラン、とベルが鳴る。


コーヒーの香りが広がった。

二人は窓際の席に座る。


メニューが置かれた。

圭太はメニューを見る。

何を頼めばいいのか分からない。


そのとき。

口が勝手に動いた。


「チーズケーキ」


美月が顔を上げた。


「え?」


圭太も自分で驚いていた。


「……なんか、これ」


理由は分からない。

でも。

なぜか、それが浮かんだ。


「それとカフェラテ」


美月はしばらく圭太を見ていた。

それから、ふっと笑う。


「それ」


「ん?」


「私の好きなやつ」


圭太は目を丸くする。


「マジ?」


「うん」


美月はフォークを指でくるくる回した。


「圭太、いつもそれ頼んでくれてた」


静かな声だった。


圭太はメニューを見つめる。

全然覚えていない。

なのに。


「……なんで覚えてんだよ」


自分でも笑ってしまう。

美月は少しだけ下を向いた。


ショートヘアが頬にかかる。


「嬉しいな」


小さな声。


「覚えてなくても、覚えてるんだ」


その言葉に、圭太は少しだけ胸が痛くなった。


ケーキが運ばれてくる。

フォークを入れる。

一口食べる。


その瞬間。

胸の奥が強く鳴った。


甘い味。

そして——

笑い声。


一瞬、頭の奥に何かが浮かんだ。


この席。

同じケーキ。

向かいで笑っている——


「圭太?」


気づくと、美月が心配そうに見ていた。


ネックレスを指で触っている。

少し不安そうな仕草。


「大丈夫?」


圭太はゆっくり息を吐いた。


「今」


「うん?」


「なんか……一瞬だけ」


「え?」


「ここ、来た気がした」


美月の目が揺れた。

ほんの少し。


「覚えてる?」


圭太は首を振る。


「いや」


それから少し笑う。


「でもさ」


フォークを置く。


「思い出せるかもしれない」


その言葉を聞いた瞬間。

美月は少しだけ顔を下げた。


そして小さく笑う。


「……そっか」


その声は優しかった。

でもどこか、少しだけ寂しそうだった。


帰り道。

夕焼けが街を染めていた。


美月が言った。


「ねえ圭太」


「ん?」


「今度」


少し迷うように言う。


「プラネタリウム、行こう」


圭太は笑った。


「いいじゃん」


「ほんと?」


「約束な」


美月も笑った。

目が少し細くなる。


でも。

圭太は気づかなかった。


そのとき美月が、星のネックレスをぎゅっと握っていたことに。


そして心の中で、こう思っていたことも。


——思い出してほしい。

——でも、思い出さないで。

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