第4話 今日の一言
夜の病室は静まり返っていた。
天井の白い光。
窓の外の暗い空。
高橋圭太はベッドの上でスマホを見つめていた。
さっき再生したボイスメモのことが、頭から離れない。
『今日の一言〜!』
あの明るい声。
昼間に聞いた、震えた声とはまるで違う。
まるで別人みたいだった。
圭太はもう一度、再生ボタンを押した。
——ピッ。
『今日の一言〜!』
やっぱり、同じ声。
元気で、少しふざけた調子。
『今日はね、圭太とプラネタリウムに行きました!』
圭太の眉がわずかに動く。
プラネタリウム。
その言葉だけで、胸の奥がざわついた。
『圭太、星座の名前ほとんど知らないのに、めちゃくちゃ偉そうに説明してました』
少し笑う声。
『しかも全部間違ってました』
圭太は思わず小さく笑った。
「……俺、そんな感じだったのか」
スマホの向こうの声が続く。
『でもね』
少しだけ、声が柔らかくなる。
『圭太が「星って遠いけど、ちゃんとそこにあるんだよな」って言ったの、ちょっとかっこよかったです』
圭太の胸が、ドクンと鳴った。
その言葉。
なぜか自分の言葉のように聞こえる。
『だから私は思いました』
少しだけ間が空く。
『この人と、ずっと一緒にいたいなって』
圭太はスマホを見つめたまま、動けなくなった。
知らないはずの言葉。
知らないはずの思い出。
でも。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
『以上!今日の一言でした!』
ピッ。
音声が終わる。
病室に静寂が戻った。
圭太はしばらく動かなかった。
そして小さくつぶやいた。
「……俺、本当に覚えてないのか」
次の日。
昼過ぎ。
美月が病室に入ってきた。
「おはよう」
「もう昼だけどな」
圭太が少し笑う。
美月は椅子に座った。
「今日は調子どう?」
「まあまあ」
少し沈黙が流れる。
圭太は迷った。
言うかどうか。
でも結局、口を開いた。
「昨日さ」
「ん?」
「ボイスメモ、聞いた」
その瞬間。
美月の指が止まった。
「……どれ?」
「0501」
美月は何も言わない。
圭太は続けた。
「プラネタリウム行ったんだって?」
美月の表情が、わずかに揺れた。
「……うん」
「楽しかった?」
圭太が聞く。
少し意地悪な聞き方だった。
なぜだろう。
試しているみたいな気分だった。
美月は少し考えてから言った。
「うん」
そして、少し笑う。
「圭太、ずっと変な星の解説してた」
「やっぱり?」
「しかも全部違う」
圭太は吹き出した。
「最悪じゃん」
美月も少し笑った。
そのときだった。
圭太の頭の奥に、何かが走った。
暗いドーム。
天井いっぱいの星。
そして。
隣に座っている誰かの温もり。
一瞬だった。
ほんの一瞬。
でも確かに、何かが浮かんだ。
圭太は思わず額を押さえた。
「……圭太?」
美月が立ち上がる。
「大丈夫?」
「いや……」
圭太はゆっくり顔を上げた。
そして言った。
「なあ」
「ん?」
「プラネタリウム、もう一回行かない?」
美月の目が、わずかに見開かれた。
「え?」
「覚えてないけどさ」
圭太は少し照れくさそうに笑う。
「もう一回行けば、思い出すかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間。
美月の表情が、一瞬だけ曇った。
本当に一瞬。
でも確かに。
何かを迷う顔だった。
それからすぐ、いつもの笑顔に戻る。
「……うん」
小さくうなずく。
「行こう」
でも。
圭太は気づかなかった。
そのとき美月が、ほんの少しだけ
怖そうな顔をしていたことに。
そしてその夜。
病院の帰り道。
美月は一人で歩きながら、スマホを握りしめていた。
ボイスメモのフォルダ。
そこにはまだ、いくつも音声が残っている。
その中の一つ。
0518
美月は画面を見つめた。
そして小さくつぶやく。
「……圭太」
風が吹いた。
彼女は、再生ボタンに指を伸ばしかけて——
止めた。
「まだ……早いよ」
スマホを閉じる。
空を見上げる。
夜空には、星がいくつか見えていた。
美月は小さく笑った。
でもその目は、少しだけ赤かった。




