第2話 知らないはずの声
病室の窓から、やわらかい午後の光が差し込んでいた。
「体調、大丈夫?」
美月がリンゴを剥きながら聞いた。
「うん。もうほとんど平気」
高橋圭太はそう答えたが、胸の奥にはずっと同じ感覚が残っていた。
――この人は、俺の恋人らしい。
医者もそう言った。
スマホの写真にも二人で写っているものがいくつもあった。
それでも。
「……なあ」
「うん?」
「俺たち、いつから付き合ってたの?」
美月の手が、ほんの一瞬止まった。
「大学三年のとき」
そう言って、またリンゴを剥き始める。
「へえ」
圭太は小さく頷いた。
不思議だった。
写真を見れば確かに仲が良さそうだ。
旅行、カフェ、海、イルミネーション。
でも、どれも他人の思い出を見ているみたいだった。
「圭太?」
「ん?」
「無理して思い出そうとしなくていいからね」
優しい声だった。
本当に優しい。
だからこそ、圭太は少しだけ怖くなる。
どうしてこの人は、こんなに俺のことを好きなんだろう。
その夜。
病室のベッドの上で、圭太は自分のスマホを触っていた。
LINE。写真。SNS。
知らない思い出ばかりだ。
「……ん?」
音声ファイルのフォルダに、見覚えのないデータがあった。
「0512」
日付だろうか。
何気なく再生ボタンを押す。
──ガサッ。
最初は雑音だった。
少しして、誰かの声が聞こえた。
「圭太、聞いてる?」
圭太は固まった。
その声は、すぐ隣で聞いているはずの声だった。
美月の声だった。
だけど。
今まで聞いたことがないくらい、
その声は震えていた。
『もしこれを圭太が聞いてるなら——』
そこで音声は、突然途切れた。
圭太はスマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。
なぜだろう。
胸が、ざわざわする。
さっきまで何も思い出せなかったのに。
その声を聞いた瞬間、心の奥で何かが小さく動いた気がした。
まるで。
忘れていたはずの感情が、目を覚ましかけているみたいに。




