第12話 それでも好きだ
あの日の電話から、一週間が過ぎた。
圭太のスマホには、美月とのトーク画面が残ったままだった。
最後のメッセージ。
―圭太、私のこと忘れて
圭太は何度もその言葉を見返していた。
忘れられるわけがない。
海で笑っていた顔。
プラネタリウムで星を見上げていた横顔。
風で揺れるショートヘア。
全部、頭から離れない。
「……意味わかんねえよ」
圭太はつぶやいた。
机の上のスマホを手に取る。
ボイスメモのフォルダ。
並んでいる日付。
0501
0505
0518
そして。
その間にあるはずの0512だけが消えている。
圭太は画面を見つめた。
「……これだろ」
事故の前の日。
美月が隠している何か。
圭太はスマホを握る。
「直接聞く」
立ち上がる。
向かう場所は一つだった。
総合病院。
病院のロビーは静かだった。
平日の昼。
人も少ない。
圭太は受付の前に立った。
「すみません」
受付の女性が顔を上げる。
「月島美月さん」
圭太は言った。
「どこにいますか」
女性は困った顔をした。
「患者さんの情報は——」
「お願いします」
圭太は頭を下げた。
「大事な話なんです」
女性は少し迷った。
そして小さく言った。
「三階です」
圭太は走った。
階段を駆け上がる。
三階。
白い廊下。
病室の番号が並んでいる。
そのときだった。
廊下の奥に、見覚えのある姿があった。
美月。
圭太の足が止まる。
美月は窓の前に立っていた。
外の光にショートヘアが透けている。
少し痩せた気がした。
「……美月」
声が漏れる。
美月が振り向いた。
目が大きく開く。
「圭太?」
驚いた顔。
「なんでここに」
圭太はゆっくり近づいた。
胸が強く鳴る。
「なんで別れた」
美月の表情が止まる。
「……それ」
「理由」
圭太は言った。
「言えよ」
美月は視線を落とした。
「……忙しいって」
「嘘」
圭太はすぐ言った。
「そんなの信じると思うか」
沈黙。
廊下には誰もいない。
静かな空気。
「美月」
圭太の声が低くなる。
「病気なんだろ」
美月の肩が震えた。
「……」
「ボイスメモ聞いた」
美月はゆっくり顔を上げた。
目が揺れている。
「……聞いたの?」
「うん」
圭太は一歩近づく。
「なんで言わない」
美月の目に涙が浮かぶ。
でも笑った。
「言ったら」
声が震える。
「圭太、離れないでしょ」
圭太は答えた。
迷わず。
「離れない」
その言葉に、美月の涙が落ちた。
「ほら」
笑う。
泣きながら。
「だから言えないんだよ」
圭太は何も言えない。
美月は続けた。
「圭太」
静かな声。
「私」
少し息を吸う。
「長くないの」
圭太の胸が止まりそうになる。
「……どれくらい」
美月は答えない。
代わりに笑う。
「でも大丈夫」
涙を拭く。
「私、ちゃんと楽しかった」
圭太の目が揺れる。
「プラネタリウムも」
「海も」
「全部」
美月は言った。
「幸せだった」
圭太は首を振る。
「ふざけんな」
声が震えていた。
「終わったみたいに言うな」
美月は黙る。
圭太は言った。
「俺」
胸を押さえる。
「好きなんだよ」
美月の目が大きく開く。
圭太は続けた。
「記憶なくしても」
「また好きになった」
美月の涙が止まらない。
「……ばか」
「なんで」
声が震える。
「そんなこと言うの」
圭太は笑った。
「決まってるだろ」
一歩近づく。
「好きだから」
美月は首を振る。
「だめ」
「なんで」
「だって」
涙が落ちる。
「私、先にいなくなる」
その言葉が空気を止めた。
でも圭太は言った。
「それでもいい」
美月が顔を上げる。
圭太は真っ直ぐ言った。
「一日でも」
「一ヶ月でも」
「一年でも」
声が少し震える。
「お前といたい」
沈黙。
美月の涙が止まらない。
そして。
小さく言った。
「……後悔するよ」
圭太は笑った。
「もうしてる」
美月が少し笑った。
泣きながら。
そして。
ゆっくり言う。
「圭太」
「ん?」
「……それでも」
涙が落ちる。
「好き?」
圭太は迷わなかった。
「好き」
その瞬間。
美月は泣きながら笑った。
「……ばか」
そして。
小さく言った。
「私も」
声が震える。
「好き」
二人はしばらく何も言えなかった。
ただ立っていた。
でも。
その時間は確かだった。
嘘じゃない。
逃げてもいない。
ただの恋だった。
そのとき。
圭太のポケットの中で、スマホが震えた。
画面が光る。
ボイスメモのフォルダ。
並んでいる録音。
0501
0505
0518
そして。
その間にあるはずの0512だけが消えている。
事故の前の日。
二人の運命を変えたはずの記録。
圭太はその空白を見つめた。
まだ。
その中身を知らない。
でも、なぜか思った。
そこに、本当の答えがある。




