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9.星を見送る器の番人

 確認したいことがあると言った先生の鋭い視線に、リフィも警戒の色を緩めず答える。


「なに?」

「現状、『祝福の器』は破壊されていると言ったね」

「うん」

「ボク達がそれを確認する方法は?」

「それは……難しいだろうね。あそこはもう、人が簡単に踏み込めるような場所じゃない」

「そうか。それから、先程リリア君が死ねないという発言があったな。それはどういうことだ?」

「星の魂は器のためにあるんだ。だから天に還れない。世界がその死を拒否するんだ」

「……ふむ。では、それを知っている君は何者だ?」


 先生の言葉には、疑念と、わずかな敵意が感じられた。

 前もってリフィが星であると話してはいたけど、その前提から疑っている。

 一方で、リフィはその視線を正面から受け止める。雰囲気は変わらないけど、何か言いたげに目を眇めた。


「なるほど。俺自身がその魔術師本人ではないのか、って言いたいんだね?」

「その通りだ。話が早くて助かるよ」

「ふふ……隠しもしないんだ」

「その必要は無いと判断した」

「それもそうだね。俺はそんなことしないよ。……俺は、過去の『聖別の星』。もう既に捧げられた存在」


 だから手出しは何もできない、と彼は自分の透けた指先を見つめる。

 星のようなきらめきが指先から散って消える。

 それを掴むように、きゅっと細い指が握り込まれた。


「ならば、君の目的は何だ? なぜリリア君にこのような話をした?」

「目的? そうだなあ……」


 どう説明すれば良いかな、とリフィは散らした星を細い指で弄る。


「俺は確かに星として捧げられたけど、器に取り込まれずに残ってしまったイレギュラーなんだ。例えるなら、星のスペア、あるいは……器の在り様を見守るだけの、番人のようなもの」


 スペア。番人。そう自称する声の響きは、長い孤独の中で探り当て、掬い上げた物のようだった。

 先生は難しい顔で、手帳にメモを書き付けていく。


「そんなんだから、俺は新しい星が消えていくのを見てきた。捧げられる魂の声を聞き続けてきた。これ以上、あんな風に消費されるのを見たくない。『聖別の星』なんて役割から救い出したい」


 彼の瞳に、強い感情の色が浮かぶ。

 それは、深い哀しみと、静かな怒りにも似ていた。


「でも、俺の声が届く相手はいなかった」

「残留思念に近い君は、生きている人間と安定してコンタクトを取るのは難しいだろうな」

「そう。だから今回も諦めかけてたんだけど。リリアは違った。彼女は自ら俺を探しだし、見つけてくれた。彼女が、初めてだった」


 リフィは言葉を切って私を見た。

 嫌悪感も、寂しさもなにもない。優しさだけを宿して細められた瞳は、涼やかな色に反してとても温かい。


「君は、星の中でも特に強い輝きを持ってるのかもしれないね」


 それから、先生に視線を戻す。


「こうして話には付き合ってるけどさ。星を捧げてるのは君と同じ色を持つ魔術師だ。だから、彼女の隣に居るのは危険じゃないか、と今でも思ってるよ」

「正直だな」

 

 先生は小さな苦笑いと共に、素直な感想を零した。


「その警戒は正しいかもしれない。ボクと同じ色、というのは髪や瞳のことだろう」

「そう」

「それはつまり、オルドフィールの名を持つ者だ。その中で、器に関わっている人物には心当たりがある」


 先生は一瞬悩んだのだろうか。

 小さな呼吸を挟んで、その名前を口にした。


「エリアス=オルドフィール。ボクの祖先だ」


 先生の言葉は、ホールの冴えた空気によく響いた。

 

 ――え。

 なんか今すごいこと言いませんでした?

 思わず先生を見る。

 リフィに真っ直ぐ向き合うその横顔は真剣、いや、苦い顔をしている。

 けど、その言葉は重たくも真摯だった。


「信じがたいが、他に心当たりがない」


 エリアス=オルドフィール。大魔導師エリアス。

 この世界に満ちていた瘴気を安定させ、現代にも受け継がれる魔術理論を多く残したと言われる人物。

 調律の祖、礎の大魔導師。そんな風にも呼ばれる彼の存在は、魔術に触れる者にとっては常識だ。

 オルドフィール家は魔術師の名家だし、その祖先であるエリアスが『祝福の器』と『聖別の星』というシステムを作り、魔力を安定させたという話に納得はできる。


 でも。でもだよ?


「しかし、エリアスは過去の人物だ」

「そうですわね。数千年前――それこそ、伝説の人物です」


 そう、と先生は頷き、リフィを見る。

 今度は先生が彼に疑惑をぶつける番だった。


「リフィ君。彼が見たというその魔術師は、本当にエリアスなのか?」


 ノア先生の問いが、静かなホールに響く。

 当然の疑問だ。

 数千年前の魔術師が。自分の祖先が。今も存在しているなんて。

 先生がその正体を疑うのも無理はない。


「どうだろう。俺もその名は知ってるけど、当時の姿を見たことはない。彼がエリアス本人なのか、という問いには答えられないな」


 リフィは肩を竦め、他人事のように答える。

 先生は「なるほど」と一旦その答えを受け止め、さらに踏み込む。


「では、次の質問だ。『祝福の器』は壊されてるのに、捧げ続けられてるとはどういうことだ? 彼が儀式を行ってるのか?」

「そう。器が不安定になると、彼は見つけてきた星の魂を捧げるんだ」


 俺の予想だけど、と彼は続ける。


「器の最も大事な部分は壊れてないのかもしれない。破壊されたのはその表面的な……星を捧げる部分とか、そんなの。その処理が自動的にできなくなってるから、彼が自分でやってる」

「あの。星は、死を拒否されているのですよね?」


 小さく挙手をして質問を挟む。

 そう、今現在、『聖別の星』は死なない。

 私はそれを身を以て体感している。

 リフィも「うん」と簡単に頷いた。


「それなのに、どうやって魂を手に入れるのですか?」

「そこも、詳しい方法は分からないんだよね。魂を無理矢理引き剥がす手段があるのかも」

「ひえ……」


 さらっと怖いことを言うのやめてほしい。

 先生ならちょっと違うこと言ってくれるかもしれないという期待を込めて視線を向けると、そうだなと頷いた。


「破損箇所が分かっているのなら、簡易的な再現程度は可能だろうし。……エリアスなら、そういうこともできるだろう」

「できるんですか……」

「先生ならその辺、詳しく知らないの?」


 先生は溜息と共に首を横に振った。

 

「『祝福の器』や『聖別の星』もそうだが、その辺りの一部理論や設計はほとんど残ってない。儀式の手順が残っている神殿であっても、本来の原理や目的は失われ、形骸化してる可能性が高い」


 言ってしまえば、世界規模のおまじないだよ、と先生は言う。

 手順に沿って儀式を行えば世界の魔力が安定する。という成功体験だけが経験値として積み上げられていくと、「よく分からないけど、こうすればなんかうまくいく」になって、その儀式の意味を考える者は居なくなる。と言うことだろうか。


「ボクも偶然見つけた文献で見た程度だし、完璧ではない。『聖別の星』だって、リリア君が初めての実例だ」


 それなのに、と先生は言葉を繋ぐ。


「器に星を捧げ続けられるのは、その原理や構成をよく知る者――やはり、エリアスだという結論になるが……」


 先生はメモの端をなぞる。


「どうして彼が存在しているのか、という疑問が出てくる」

「それは――器が破壊され、とき――」


 声にノイズが混じった。

 輪郭が急速に薄れ、声も僅かに掠れ始める。

 

「ああ、今日は――また今度だね」


 次はいつだろうな、と。呟きが聞こえた。


「悪いけど、また――探し、くれるかい?」

「そうだ。リフィ。私、先生にお願いしてますの。貴方といつか、探し回らなくても確実に会えるようにいたします!」

「そう。――できるの?」


 リフィの目が先生を向く。

 メモを書き綴る先生はリフィを見もせず答える。


「理論だけなら完成してる。あとは組み立ててからだ」

「そう。じゃあ、――信じるよ」

「こんな血を引く奴を信用するなんて、君も大概だな。できたら喚ぶ」


 リフィの声は途切れ、その姿は淡い光の粒子となって、はらはらと崩れて消えた。

 後に残されたのは、静寂と、床に降り注ぐ変わらない月光だけ。


「聞きたいことはまだあるが、これはこれで収穫だ」


 ふむ、と書き綴った紙面を捲り眺めている。

 なんか満足げに見えるけど、私はそれどころじゃない。

 今の話で、先生に聞きたいことが増えていた。


「あの、先生」

「なんだい?」

「先生は、『祝福の器』と『聖別の星』について詳しいのですか?」

「詳しくはない」


 すっぱりと言い切られた。

 先生からすれば説明する必要もないと言うことだろうか。

 いや、私は『聖別の星』なんだから、聞く権利くらいは――。


「だが、人よりは知ってるだろうな」

「えっ」


 先生の言葉は、なんとも言えない声色をしていた。

 怒っているとも、悲しんでいるとも違う。その事実は事実としてある。それだけだと言いたげな声。


「君にはもう隠しておく必要もないと思うが、エリアスは魔術の礎を築いた魔術師として語られてる」

「はい」

「しかし、彼には隠された一面がある」

「それが、『祝福の器』と『聖別の星』ですか?」

「そう。それらに関する理論を構築し、現物を作り上げた。それは確かに、以後数千年に渡って魔力を安定させている」


 功績ではある、と先生は無感情に言い足した。


「リフィ君の話から、ある程度の設計や理論は見えてきたが、詳細は情報を照らし合わせてからだ。彼にもまだ話を聞きたいから、まずは召喚陣の作成を優先させる」


 帰ろう、と先生は椅子から立ち上がり、すたすたと来た道を戻り始めた。

 私も慌てて付いていく。

 入った時と同じ小さな扉から外に出る。


 図書館も広いけど、開放感があった。

 澄んだ空気が頬に心地良い。思わず深呼吸をする。

 見上げれば、わずかに欠けた月が雲間に隠れた所だった。

 明日もリファに会えるだろうか。

 そうしたら、次は何を聞けば良いだろう。先生もまだ知りたいことがありそうだったし。先生とも話をしたい。

 そんなことを考えていると。


「――リリア」 


 聞き覚えのある声と共に、人影が現れた。

 夜に溶けるような黒い髪。外気の冷たさを湛えた赤い瞳。

 それを見た瞬間。

 私の呼吸、声、思考に時間。全てが凍り付いたように止まった気がした。

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