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5.彼に会うために

「アリアさんも、容疑者なのですね」


 リストの末尾に記された名前に、眉が下がる。

 そうだな、とアレク様は当たり前のように頷いた。


「ガレリアン先生は、非常に博識で古代の魔術や歴史も詳しいですし……、キルシュナー先輩は、古い魔術師の家系だったはずです」


 少し気難しい所がある老教師と、穏やかだけど影のある笑みが印象的な先輩。

 どちらも古代魔術に造形が深かったり、アレク様の毒耐性を知らなかったり、条件は満たす。しかし、私の部屋に入れたことはない。そもそも入れる理由もない。


「ヴァリエール家も古い魔術にツテがありますし、リリア様を陥れる理由もあります」

「そう、ですわね……」


 セドリック様の言葉に頷く。

 確かに彼女は派閥も異なるし、ことある毎に私につっかかってくる。争い事を避けるため距離は置いているので、もちろん彼女も部屋に招いたことはない。

 この3名は侍女との繋がりがない限り、小瓶の入手が難しい。

 その点で言うと、アリアさんは一番有利ではあるのだけど。


「でも、アリアさんはどうしてなのです?」

「条件に一致するからだ」

「確かに、私の部屋を訪れたことはありますし、先日のお茶会にも僅かな時間ではありましたが一緒でした。でも、彼女の家は」

「そうだな」


 頷いたのはノア先生だった。


「シャーリー君の出自を考えれば、彼女がこれほどの知識と技術を習得しているとは考えにくい。――だが、彼女の魔力の扱い方には、以前から気になる点がある」


 とん、と先生の指が彼女の名前を叩く。


「彼女は魔力操作に長けている。それはいい。しかし時折、その所作に驚くほど古い様式が混じる」


 先生の目が、何か面白いことを思い出したように細められる。


「今では完全に省略されてるようなものだ。本人に尋ねたら『祖父に教わったから、やり方が古いのかもしれない』と言っていたが、その省略の根拠となる理論も、百年以上前に発見されたもの」


 要は、数学とかでとっくに公式化されてるのに、それ以前の計算方法を使ってる、みたいなものだろうか。それは確かにちょっと気になるかもしれない。


「エルフや仙人などの長命種も存在するからひとえに言えない所もあるが。今のところ、シャーリー君にはその特徴は見られない」


 つまり、と彼は一呼吸置いて。


「祖父の代でも既に省略している可能性が高い所作を、一体どこで学んだのか――」


 そこで言葉を切って、先生は軽く肩をすくめた。


「まあ、これだけで断定するのは早計だけどね」


 あとは頑張ってくれと言いたげに、椅子の背に体重を預ける。


 先生の話は明確な告発とかではない。

 けど。明らかにアリアさんへの疑念があるように思えた。

 彼女には何か秘密がある。

 あんなに明るくて優しい子なのに。

 笑顔で接してくれる彼女を信じたい気持ちが、胸をざわつかせる。


「ありがとう。助かったよ、ノア」


 アレク様からの労いに、まったくだ、と先生は文句ありげな視線を返す。


「急に呼び出したと思ったら、毒と残留魔力の解析とはね。面白い結果が出たから良いけど。――最近宮廷魔術師団長(兄さん)からも依頼が飛んできてるんだ。君達、人使いが荒いにもほどがあるよ」

「ああ、学園周辺の瘴気汚染か。範囲が広がってると聞くが」


 瘴気汚染の調査。その単語に私の意識がひっかかる。

 私も時々対応している物だ。

 学園の周囲で池の水が変質したり、魔術の発動が鈍い場所があったり。そんな風に悪影響を与える瘴気を抑え、汚染されてる物は浄化する。そんなことをしている。難しくはないけど、素質が必要らしく、対応できる人は少ない。

 そこにノア先生も関わってるというのは、なんか、ちょっとした親近感のような物を感じる。


「そう。だから早急に原因と対策を、なんて言われてるが――ボクは一介の教師だよ?」


 何を期待してるんだか、と彼は溜め息をつく。


「しかし、ノア様は若くして宮廷魔術師に推薦されるほどの実力をお持ちですし」


 セドリック様の言葉に、先生はめんどくさそうに首を横に振った。


「趣味が高じた結果なだけだよ。大体、堅苦しいのは彼だけで十分……ああほら、話が脱線してる」


 とんとん、と机を指で叩いてみんなの意識を戻す。


「ボクの解析結果はこれにまとめてあるから目を通しておいてくれ。質問があれば受け付けるよ」

「分かった。詳細は後で確認する。――セドリック、今後の調査方針は?」

「はい。まずはアリバイの再確認ですね。当日の行動を洗い出します。並行して、カイン殿にも協力いただき、当日の警備状況や不審人物の目撃情報を再度集めます」


 その答えは淀みない。さすがアレクの側近を務めるだけある。

 アレク様も「それでいこう」と承認する。


「リリアもそれでいいか?」

「あ。はい。私も……話を聞いてみますわ」


 慌てて頷く。


「では、引き続き調査を続けよう。また明日のこの時間、ここに集まってくれ」

 

 □ ■ □


 生徒会室の重たい扉を閉め、ひとり廊下を歩く。

 さっきの会話の内容が頭の中でぐるぐると渦巻いている。

 やるべき事も山積みだ。


 まずは、容疑者リストに挙がった人への聞き込み。

 イザベラ様と……アリアさんにも。


「アリアさん……」


 どうしても、彼女の事がひっかる。


 ヒロインである彼女には、アレク様を暗殺する理由はない。

 古代魔術を使えるなんて設定もなかったはずだ。ちょっと自信ないけど。


「いや、でも何か祖父に教わったっていうのは……あったような……?」


 なんだっけ。思い出せない。

 でも、先生の言うことが本当なら、彼女にもアレク様のように何か影響が出てる可能性がある。


「うーん……」


 これまで接してきた彼女のことを思い出す。

 明るくて、優しくて。少し距離感は近いけど、一緒に居ると心が和む友人。そう、友人。疑うなんてしたくない。

 明日話をするにしても、何を話せばいいのか……。


「うぅ……考えることが多い……」


 これもリフィに相談できれば嬉しいのに。

 夜に教えてもらった場所は探すとして、確実に会える保証もない。

 ゲームなら特定のフラグを立てれば良かったけど、現実はそう甘くない。自分の足で探し回るしかない。


「もっと確実に会える方法があればいいのに……こう、召喚できる、とか……って、召喚?」


 ふと、気だるげな赤紫の瞳を思い出した。

 普段はマイペースだけど、魔術のことになると途端に饒舌になる先生。

 確か、飛び級で学園に入学・卒業したほどの天才でもある。


「……ノア先生なら、できるかしら?」


 ぽつりと零れた言葉は、とても良い考えに思えた。

 幽霊と会いたいなんて突飛な話でも、魔術的な見地から真剣に考えてくれるかもしれない。


 問題は。

 先生、攻略対象としての難易度がとんでもなく高い。


 教師という立場もあるけど、そもそも人付き合いをあまり好まない、魔術研究一筋の人だ。

 実際、質問は答えてくれるけど雑談はしてくれないと、生徒の間でも有名。

 アレク様は幼い頃から付き合いがあるし、王族という立場もあるからこの話に付き合ってくれてるだけろうし。

 となると、私が話をしに行って、果たして聞いてくれるかどうか……。

 ちょっと自信がない。

 いやでも、私にはとっておきの情報がある。


「先生、瘴気汚染の調査をしてるって仰ってましたから……」


 この瘴気汚染の原因は『聖別の星』が限界だから。替わりを必要とするけど、『祝福の器』は壊されている。

 先生はこのことを知ってるのだろうか? この情報を提供することで、何か良い手段を教えてもらえたりしないだろうか。

 そうでなくても、相談くらいは乗ってくれるはず。多分。


「うん、先生ならきっと」


 そう思うと、少し希望が見えた気がした。

 道筋が見えたという安心感に、足取りも少し軽くなる。


「よし。ノア先生の研究室に行ってみよう」


 私は小さく頷くと、魔術科の研究棟へと足を向けた。

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