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4.課題は山積みで

「いえ、待ってください。その」


 まとまらない頭をフル回転させて、状況を並べる。


「私は、『聖別(せいべつ)の星』で」

「うん」

「ええと。先代の『聖別の星』が役目を終えると、『祝福の器』は」

「次の生贄を求めるよ」


 彼の言葉は柔らかなのに、単語の鋭さがなんだか胸に痛い。


「でも、器は壊されている」

「そう」

「だから、私は死なない……」


 つまり、「私」が知らない展開になってるのは私のせいじゃなくて。もっと前からおかしくなってる可能性があって……?

 いや、たとえそうだとしても。

 なんかもっと、大きな問題がある。


「それは、……いえ、あまり良くないですけど、いいのです」

「?」


 彼は不思議そうに首を傾げた。


「『祝福の器』とは、世界の安定を保証するもの……それが、壊されている」


 さっきとは別の意味で背筋が寒い。


「リフィ。つまり、世界の安定は、どうなってるのです?」


 彼は綺麗な水色の瞳を瞬かせ。そうだなと考えるように天井を見上げる。白い指が唇に触れる。


「まあ。今の星が役目を終えたら……いや、既にその兆候は出てるよね」


 彼は私を見て、目を細めた。


「器の機能は、世界を循環する魔力の調律。瘴気の浄化だ。そこに不調をきたすということは、魔力災害や戦乱のリスクが増える」


 定期的に起きてるだろう、という言葉に頷く。


 この国の歴史を紐解くと、数十年~数百年の間隔で、世界の魔力が不安定になる時期がある。

 一般的には、エーテルに不純物――瘴気の割合が増えるからと言われている。

 魔法の制御が上手くいかない事から始まり、結界の崩壊や魔物の凶暴化、気候の変動。時にはそれが戦乱を引き起こしたりする。

 だからこそ、魔術協会は世界の魔力安定に努め、日々研究を重ねている。


 私にも、瘴気を浄化させる能力があるらしく、時々学園内や周辺に発生する瘴気に対応するような依頼がきている。

 なるほど。私の力も『聖別の星』というものに裏付けされた物だったのだ。


「じゃあ、一体どうすれば……」

「――説明してあげたいところだけど、そろそろ時間切れかな」


 彼を見ると、さっきよりも更に透き通っているように見えた。

 足下や毛先の輪郭も、ノイズのようにチリチリとぶれて見える。


「そんな……また、会えますか? もっと話を聞きたいのです!」


 まだ話したいことはたくさんある。

 手を伸ばしたが、その指先は彼の袖にすら触れられない。


「会えるよ。俺達の時間はたくさんある」


 彼は穏やかに頷き、自分が良く現れる場所をいくつか教えてくれた。


「この教会跡と、図書館の最奥にある月見の窓。魔術科3階の空き教室。あとは……無理だろうけど大樹の塔とか」


 僕自身どこに現れるか分からないけど、と彼は付け足す。


「でも、月のある夜ならきっとどこかで会える」

「分かりました! 必ず探します!」


 力強く頷くと、リフィは満足そうに目を細めた。彼の瞳の奥の星が、一際強くきらめく。


「ああそうだ。君の、――くに、――、には、気をつけ――」

「えっ」


 聞き返すより先に、彼の姿は淡い光の粒子となって、さらさらと崩れ消えた。


 一人残された私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 人の気配が無い心細さもあるけど、月明かりはリフィとの約束が確かにあったと感じさせてくれる。

 けど、それよりも。

 『聖別の星』、『祝福の器』。頭の中で、リフィの言葉とエタメロの設定がぐるぐると回る。分からないことだらけだ。最後に言い残されたことも、断片的にしか聞き取れなかった。

 けれど、ひとつだけ確かなことがある。


 私は、まだ死なない。死ねない。


「……思ったより重たい話聞いちゃったなあ……って、しまった!」


 思わず口に手を当てる。当初の目的を忘れていた。

 味方を作って調査の協力をしてもらいたかっただけなのに。

 結局答えを聞いていない。


 でも、また会ってくれると言っていた。

 次こそは協力を取り付けよう。


 うん、と頷くと、夜風が破れたマントの裾を揺らした。

 風の吹き込む脚が冷たいけれど、さっきまでの絶望的な寒さとは違う。

 今はまだ前に進むしかない。

 私は決意を新たに、教会を後にした。


 □ ■ □


 翌日の放課後。

 私は緊張と共に、生徒会室の重厚な扉をノックした。

 出てきてくれた眼鏡の男子生徒――セドリック様にどうぞと招き入れられた先には、既に今日のメンバーが揃っていた。

 柔らかな陽の光が差し込み、淹れたてのお茶の香りが漂うのに、空気が重たく感じるのは私だけだろうか?


「遅れて申し訳ありません」

「いや、時間通りだ。座ってくれ」


 アレク様が促してくれた席に静かに腰を下ろす。


「よし、そろったな」


 アレク様が手にしていた書類を横に寄せ、手を組んでメンバーを見渡す。

 シンプルだけど作りの良いテーブルには、見知った顔が並んでいる。


 この国の王太子であり私の婚約者であるアレク様。

 その側近、セドリック様。

 この学園の教師、ノア先生。

 そして。なぜかこの場にいることを許されている私。


 決して場違いではないのだけど、自分がここに居て良いのかなという気持ちと、やっぱり断罪されるのではという緊張感で背筋が伸びる。


「では、始めよう。ノア、解析結果が出たと聞いたが」

「うん」


 アレク様の問いに、ノア先生はテーブルの資料を手に取る。

 手袋のまま器用に捲られるそれには、複雑な魔法陣や数式、そして成分らしきものがびっしりと書き込まれている。


「結論から言うと、アレクに盛られた毒は二種類あった」


 少し低くて気負わない、よく通る声。

 捲っていた資料から一枚をピックアップして差し出す。


「ひとつは既知の神経毒。君ほどの耐性があれば、問題ないレベルだ」

「うむ」

「問題はもう一方。アレクの体調不良を引き起こしたのはこっちだろう。極めて微量だが、現代ではほとんど見られないものだ」

「そんなに珍しい毒なのか」

「まあ、珍しくはあるな」


 解析には骨が折れたよと言いながら、その資料の一部を指し示す。複雑な数式に赤いインクで印が付けられている。


「文献や遺跡でたまに見つかる物だが、古すぎて精製法が部分的にしか残ってないんだ。ボクでも完全再現は難しい」


 しかし、ともう一枚別の紙を差し出す。


「面白いことに、この毒は経年劣化がほとんど見られなかった」

「つまり、比較的最近精製されたということですか?」


 セドリック様の言葉に、先生はさてね、と肩を竦めた。


「時間操作系の魔術で保存してあった可能性もあるよ。そこは解析を進める必要がある。精製であれ保存であれ、古代魔術が必須だろう」

「古代魔術か……」


 アレク様が眉を寄せる。


「魔力の残滓も、非常に古い様式を示しているからね。現代では理論の向上で使われなくなった手順を踏んでいる可能性が高い」


 それを受けてか、セドリック様の記録の手が止まった。

 

「つまり、犯人は『殿下の毒の耐性を把握していない』かつ『古代魔術を扱えるような知識と技術を持つ者』、ですかね」

「そうだね」


 先生が頷くと、セドリック様はそれをすかさず書き付けた。


「それに、『リリアの部屋に入って怪しまれない』人物だ」

「……」


 セドリック様とノア先生の視線がアレク様へ向く。彼は二人の視線を意に介さないどころか「そうだろう」と言いたげに赤い視線を返した。


「――セドリック君。現在容疑者として挙がっているのは?」

「はい」


 二人はすぐに話題を戻した。

 え、なんで二人ともそんな慣れきった対応なんですか?

 しかし、今は真剣な話の真っ最中。そんな質問を挟むわけにもいかず、成り行きをも見守るしかない。

 セドリック様は眼鏡の位置を軽く直し、資料に視線を落とす。


「現在容疑者として挙がっているのはリストの通りですが。特に可能性が高いのは薬草学・錬金術担当のガレリアン教諭、3年のエルマン=フォン=キシュルナー様、2年のイザベラ=ヴァリエール嬢、同じく2年のアリア=シャーリー嬢。この4名です」

「あ、あの……」


 思わずそっと手を挙げると、三人の視線が集まった。

 アレク様の冷たい深紅。ノア先生の見透かすような赤紫。セドリック様の何か言いたげな水色。

 それぞれ違った威圧感があって、挙手したのを一瞬後悔する。


「ええと。その。私は? 使われてるのは私の小瓶ですから……その……」


 言いながら、自分からわざわざ犯人候補に挙手をするという愚行に気付く。

 そろそろと手を下ろすと、アレク様が大きな溜め息をついた。


「ノア。セドリック」


 呼ばれた二人は、瞬時にその意図を読み取って私に質問を投げてきた。


「リリア様は、殿下の毒の耐性についてはご存じですよね?」

「はい。……だから、そちらはカムフラージュで、もう一種類の毒の発覚を遅らせるような――」

「リリア君。君は、この毒を生成できる古代魔術の知識が?」

「ええと……一般的な範囲しか……」

「論外だな」

「うっ」


 アレク様に視線を向けると、彼の鋭い視線が私を射抜く。


「リリアは僕を暗殺するのに、自分の小物を使うのか?」

「いえ! やるなら私と分からないような物を……使いますが……」


 次々論破され、言葉が小さくなる。

 そんな私を見たアレク様の視線が「ほらな」と言いたげに和らいだ。


「だろう。それに、リリアはそんなことしないと分かってる」

「アレク様……」


 一瞬警戒が揺らぎかけた。危ない。

 彼はこのような駆け引きだって得意だ。

 だからまだ……まだ、警戒を緩めちゃいけない。

 分かってるけど、胸が痛い。


 意識を逸らすように、容疑者のリストに視線を向けた。

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