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3.リフィアス=ユーグィレイを求めて

 善は急げ。夜が深まった後、私は早速リフィを探しに行った。


 厚手のマントと身を隠す魔法を纏ってやってきたのは、敷地の端にある小さな教会跡。見晴台を兼ねた小さな時計塔が、寄り添うように建っている。

 冴えた夜の空気を透かす月明かりが、黒い輪郭を浮かび上がらせる。


 ゲームではリフィと語らう時によく使われていた場所。

 初めて訪れた時は怖かったこの廃墟も、何度も足を運んだからかすっかり慣れてしまった。

 壊れた扉を潜り、小さな灯りの魔法と屋根に空いた穴から差し込む月明かりを頼りに螺旋階段を登る。

「今日こそは……居てくれると良いな」

 切実な願いを胸に見晴台への戸を開けると。


 柵に腰掛けて月を見上げる影があった。


 月光を浴びて透ける、青みがかった白金の髪。ゆるいお団子のように結われて流れるそれは、きらきらと輝いているように見える。

 静かに夜空を見上げる横顔は、まるで精巧なガラス細工のように儚げだ。

 身体が少し透けて見えるのは、彼がこの世の者ではない証。


 居た。会えた。


 その嬉しさを噛みしめて立ち尽くしていると、彼はゆっくりと振り向いた。

 水色の瞳が私を捉え、ふわりと微笑む。その瞳の奥、星のような模様が淡く光っているのが見えた。


「……リフィ。いえ、リフィアス様?」


 緊張と期待と、ほんの少しの不安がないまぜになった声で呼びかける。

 やっと会えた。この人に会えば何かが変わる。そんな期待と、ときめきに似た熱が灯る。

 彼はふわりと微笑み、見晴台の床に降り立つ。地面からわずかに浮いているのか、音はない。


「やあ。君のことは知ってるよ」


 その声は、硝子鈴の音のように涼やかで、どこか物憂げな響きがある。


「リリアーヌ=シルヴェストリ。今代の『聖別(せいべつ)の星』。――器を失ったお星様」

「せいべつの、ほし……?」


 その言葉に、何かが引っかかった。

 どこかで聞いたことがあるような。でも、思い出せない。手帳のメモにも、そんな言葉はなかったはず。

 それに、「器を失った」とはどういう意味だろう?


 いや、今はそれを気にしてる場合じゃない。

 唯一の希望かもしれない少年に向け、私は必死に言葉を紡いだ。

 

「あの、突然不躾なお願いをしてしまうのですが。私、今、とても困っていて……! 助けてほしいのです!」

「困ってる?」


 そうなの? と言いたげに彼は目を細めた。


「ゲームの……いえ、本来の筋書きなら、私はもう後がなくて。死んでしまうかもしれなくて。それを回避したいんです! 貴方が、私の唯一の味方になるかもしれなくて。だから、その捜査に協力してほしいのです!」


 早口で捲し立てる私を、リフィは静かに見つめている。その水色の瞳は、全てを見透かしているかのようだ。

 彼が一歩踏み出す。ゆったりとした一歩なのに、滑るように距離が縮む。幽霊特有の冷気だろうか。夜風と違う冷たさが頬に届く。

 私のすぐ目の前で足を止めた彼は、悪戯っぽくも穏やかな声で言った。


「そのことなら、心配ないよ」

「え?」


 どういうこと? 心配ない? それは一体どういう――。

 そう思った瞬間だった。

 リフィが手を伸ばし、私の腕に触れた―――と思った次の瞬間、強い力で引っ張られた。


「きゃ……!?」


 視界がぐらりと傾く。バランスを崩した身体は、見晴台の低い手すりをいとも簡単に乗り越え、夜空へと投げ出された。


 落下する。

 嘘でしょう!? なんで!?

 混乱と恐怖で息が詰まる。


 彼、今「心配ない」って言ったよね!? どういうこと!?

 地面がすごい速さで迫る。いや、ダメ。死ぬ。今度こそ、本当に―――。


 そう覚悟した瞬間、どこからか強い風が吹き抜けた。

 風切り音が耳元をかすめ、落下速度がほんの一瞬、不自然に和らいだ気がした。

 その直後、マントが何かに引っ張られた。

 びりり、と大きく裂ける音。その一瞬の抵抗が、落下の軌道を大きく変える。

 そして、地面に叩きつけられるはずの身体は、どこかの枝にトスをされ、信じられないほど分厚く生い茂った草に受け止められた。

 ぼす、という間の抜けた音と同時に、濃い土と草の匂いが私を包む。


「…………え?」


 生き、てる……?

 ぼんやり見上げると、壁から突き出た突起にマントの布が引っかかっていた。

 ああ、あれで助かった……の?

 見ると、今居る場所も周りに比べて、雑草や低木が不自然なほどに密集して生えている。

 奇跡だ。衝撃も少なかった。せいぜい、高い木の枝から飛び降りたくらいの感覚。多分、怪我も枝でひっかいた程度。

 だけど、破れたマントと全身についた草の葉が、今起きた出来事の異常さを物語っていた。


 ひょこ、と見晴台の縁からリフィが覗き込んだのが見えた。

 私にひらひらと手を振ると、彼も手摺りを乗り越え、飛び降りる。

 月明かりを背にふわりと着地する様は、現実味がないほど美しい。

 廃墟の教会に幽霊の少年。

 その組み合わせはいっそ神々しくもある。

 あるけどそうじゃなくて。


「貴方! 一体――」

「ほらね。心配ないって言っただろう?」


 私の言葉を遮るように、彼は穏やかな笑顔で声を差し込んだ。

 そして、哀れみと諦めが混じった声で続ける。


「君、死にたくないって言ったけどね。死ねないよ」

「え?」


 何を言われたかよく分からない。

 彼もそれは承知しているようで、念を押すように繰り返す。


「君には、魂の受け皿がないんだ。だから、死ねない」


 魂の受け皿がない? だから死ねない?

 聞いたことない設定に、信じられない現象。

 え。私の行動って、そんな所からバグらせてるの?

 シナリオとかじゃなくてキャラ設定から? いや、さすがにそれはない。たぶん。ない、よね?

 いや、何も分からない。

 分かるのは、私の頭が完全にキャパシティオーバーしてるという事だけだった。


 □ ■ □


「落ち着いたかい?」

「……ええ」


 教会の中にあったベンチに腰掛け、頷いた。

 リフィは私と向き合うように、ひとつ前の背もたれに腰掛けている。

 ほとんど透き通っているけど、私の座っている台座に靴が乗っている。


「あの、リフィアス様」

「リフィでいいよ。俺もリリアって呼ぶから」

「あ、はい……。それで、あの」


 リフィは分かってると言いたげに頷く。


「君が死ねない理由についてだよね」


 はい、と頷くと彼は少し考えて。

 何もない空間から、光でできたような小さな欠片を取り出した。

 鋭く尖った先端がキラリと光る。


「そうだな。君はさっき、塔から落ちても無事だった」


 欠片をくるくると回しながら、水色の視線を向ける。


「あれ、偶然だと思うかい?」

「え」

 

 奇跡的だとは思った。

 でも、偶然じゃない……?


「うん。じゃあもう一度試してみよう」


 それをふわりと浮かせ、私に向ける。

 身構える間もなく、鋭い欠片が飛んできた。


「――っ!」


 慌てて避けようとしたけど、さっき破けたマントがベンチに引っかかる。

 それでバランスを崩した目の前を、欠片が勢いよく通り過ぎ、後ろのベンチにぶつかって霧散した。


「こういうこと」

「どういうことですか!?」


 思わず言い返すと、彼はクスクスと笑う。けど、星が煌めくその目は昏い。


「君はね。どんなに危険な目に遭っても、偶然が重なって助かるんだ」


 感情の読めなかった瞳を伏せ、彼は私の隣に腰掛ける。


「本来、魂って言うのは、死んだら天に還るよね」

「ええ……」


 この世界には、空気や大地に満ちている力がある。

 エーテルと呼ばれるそれは、全ての力の根源。

 魔力も魂もエーテルから生まれ、還り、循環する。

 仕組みは一緒だけど、魂は他と区別するためか心理的な物か、「エーテル」ではなく「天」と称することもある。まあ、その方が響きもいい。


「でもね、時々その理から外れた魂がある」


 差し込む月光に手をかざす。キラキラと瞬く星のような光が散って消える。


「それが、『聖別の星』」

「さっきも聞いた単語ですわね」

「うん。君と俺は、そういう魂の持ち主なんだ」


 そういう魂。自分の胸に手を当てる。なんだか心がざわつく。

 綺麗な単語なのに、なぜか良い印象が持てない。


「その星はね、みんなとは魂の行き先が違う。『祝福の器』と呼ばれるものの一部になる」

「『祝福の器』……あ。もしかして、世界の安定を保証する器……」


 思い出した。その単語は知ってる。


 ゲームでは語られないけど、設定資料集でわずかに触れられる用語だ。

 曰く。

「この世界には、定期的に現れては世界の安定のために死ぬ運命の魂がある」

「世界の安定を保証する『祝福の器』は、定期的に魂の補充が必要」


 つまり。

 『聖別の星』とは、『祝福の器』のために死ぬ運命の魂。

 もっと簡単に言うと、世界のための生贄。

 

「理解してくれたみたいだね」

「ある程度は、ですが。私と貴方は、死んだら『祝福の器』に組み込まれる、と言うことです?」

「そう――と言いたいところだけど、俺はちょっと違うかも」


 俺はあぶれものだから。と、彼は天上を見上げて溜め息のように言い足した。

 触れたらほろほろと崩れ消えてしまいそうに見えたけど、そんなことはなく。彼は視線を下ろし、指を絡めては解く。


「『祝福の器』は、『聖別の星』の魂で不安定なエーテル――瘴気を浄化する。それが使えなくなると、次の魂を求める。もし、今そうなったとしたら。『聖別の星』はどうなると思う?」

「『祝福の器』が、今すぐ次の魂を必要としているとしたら……それは」


 それはつまり。『聖別の星』は、器の求めに応じることになる。

 ということは。


「『聖別の星』は。私は、死ぬのですか……?」

「正解」


 数式に丸付けをするように、リフィは頷いた。


「魂があればいいから、死因は問わない。とにかくちょっとしたことで死に行き着くようになる」

「……」

「世界の安定のためなら、そのくらい仕方ないんだってさ」


 穏やかそうな彼のイメージとは僅かにずれた、吐き捨てるような一言だったけど、私はそれどころじゃなかった。


 リフィは私のことを『聖別の星』だと言った。

 『祝福の器』は、『聖別の星』を求める。

 そうすると。『聖別の星』は死ぬ。


 そこに私の。リリアの死亡ルートが多い理由を見つけた気がした。

 多くの悲劇的な結末は「そういう役割だったから」だ。

 夜の肌寒さとは違う寒気が背中を這う。

 いやだ。こんな状況でそんな裏設定気付きたくなかった。


 思わず頭を抱える。やだ。どう頑張っても死ぬなんて――。死ぬなんて?


「いえ、待って。待って、ください」


 頭を振る。深く呼吸して、考える。


「でも。私は死ねない。器がない。リフィ。貴方はそう仰いましたね?」

「うん。そう言ったし、実際そうだったよね?」

「それは一体、どういうことですか……?」


 彼はいい所に気付いたね、と言いたげにくすりと笑った。


「実はね、もう使えないんだ。器」

「え?」

「どのくらい前だったかな……何十年か前に壊されたんだ。だから、俺達の魂を受け入れる場所がない」


 つまり。と彼は水色の目を伏せた。


「君は、死ぬことができない」

「……」


 それは、シナリオがバグったとかそんなレベルじゃない。

 世界設定レベルでの改変だった。

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