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28.リリアーヌ=シルヴェストリとして

 部屋に戻ってきた。

 扉を閉めて。ソファに座って。ほう、と息をついた。

 そっと頬に触れる。熱い。

 冬の冷たい空気は、火照った頬を冷ましてくれると思ったのに。そんなことなかった。

 それを自覚した瞬間、緊張の糸が切れた。


「わ。うわあぁ……」


 指先に触れた言葉。抱き寄せる力強い腕。唇に触れたぬくもり。

 そして何より。「一緒に歩んでくれるか」と問う、真剣な瞳。

 あの瞬間のあれこれが鮮明にフラッシュバックしてくる。

 こみ上げてきた感情と声を、クッションに突っ伏して受け止める。


 恋愛経験なんて夢のまた夢だった「私」も、アレク様をひたむきに想い続けたリリアも。この状況を澄ました顔で受け入れることなんてできなかった。

 アレク様もあんな行動的だとは思わなかった。言葉だけじゃない、行動で想いを伝えてくれた。

 嬉しい。ドキドキする。アレク様から受け取った色んな緊張感とは全然違う。

 これまでの空白なんて、あっいう間に溢れてしまう。

 私はちゃんと、アレク様の顔を見れるだろうか。

 一分にも満たない出来事でこれだ。無理かもしれない。いや、私は令嬢だ。王太子殿下の婚約者だ。与えられて当たり前という顔をしていなくちゃいけない。


「……無理かも」


 余韻に振り回される感情に悶え苦しむことしばらく。

 なんとか落ち着いた私は、静かに身体を起こした。

 まだ気分は昂揚してるけど、水差しから水を汲んで飲み干すと、少しマシになった気がした。


「いけない。このままじゃ休まるものも休まりませんわね……」


 頭を冷やそう。こういう時は頭脳労働だ。

 軽く頬を両手で叩いて、無理矢理意識を切り替える。


 棚の宝箱から小瓶と青い宝石のペンダントを取り出して机に向かう。

 引き出しからは鍵付きの手帳とメモ帳を取り出し、並べる。

 革表紙を撫でて、鍵を開ける。

  

 考えるのはここ数日の出来事。

 起きた事、大事な単語。分かっている状況。それらをひたすらメモに書き記していく。


 アリアさんのこと。リフィのこと。エリアスのこと。

 残された破壊された『聖別の星』と『祝福の器』。

 調律の宝石。毒が入っていた小瓶。

 先代の『聖別の星』、エタメロの各種設定、考察で見たことある話――。


 断片も集まれば情報だ。かりかりと進むペンの音が、少しずつ思考を落ち着かせていく。

 怖かったことも、悲しかったことも、勇気が必要だったことも。

 思い出せる限り書き出して、並べて、考える。

 もともと考察を追いかけていた側だけど、私も考察勢としての素質はあったらしい。


 手帳に時間を示す横線を引き、要所にメモを書き込んでいく。


 エリアスが『祝福の器』と『聖別の星』を作って。

 リフィとそのお兄さんが星として捧げられた。

 それは、エタメロでは描かれない、いや、描く必要が無かった歴史だ。


 私は、この世界が「エタメロ」の世界だと知っている。

 けど、あの世界と私が今居るこの場所は違う物ではないか、と思っている。

 言うなれば「違う世界線」とか「パラレルワールド」とか。そういうもの。

 私は自分の行動がシナリオをバグらせたと思っていた。確かにそういう要因はあるだろうけど、実際のところ、もっと根底から違っていたのだろう。


「その分岐点はきっと、『祝福の器』の破壊……」


 大体80年前。神殿の儀式で先代の器が捧げられた時。

 そこから線を分岐させる。

 破壊に失敗したら「エタメロ」へ。成功したら「今」へ。


 器の一部機能――『聖別の星』に関わる部分が破壊されたからエリアスが目覚め、アリアさんが巻き込まれた。

 魔力の調整機能が不安定になって引き起こされていた「不思議な出来事」は、瘴気汚染になり。政治的な要因が絡んでいた暗殺未遂事件は、『聖別の星』を捧げる儀式の一部となった。

 私の死亡フラグの数々は消え去り、あの断罪イベントを乗り越えた。『聖別の星』の特性とも言うべき「死に向かう運命力」が消えたのも、アレク様が私の味方になってくれたのも、きっとここに要因があるのかもしれない。

 同じイベントでも細部が異なったりするのだろう。小さな積み重ねが、未来を大きく変える。

 結果、この世界では「エタメロ」というストーリーが成り立たなくなってしまった。


 では。祝福の器を破壊したのは誰だったのか。

 きっと、その真実を私達が知ることはできない。リフィは見ていたかもしれないけど、彼に話を聞くことはしばらくできなさそうだ。

 それに、ノア先生も「知ったところで何の足しにもならない」と言っていた。きっと、私達の現状には不要な情報なのだろう。


 それから――。

 ふと時計を見ると、約束の時間が迫っていた。


「ああ……もうこんな時間」


 アレク様は遠慮がちだったけれど、時間が合えば一緒に夕食を食べようと約束をした。

 そろそろ準備をしないと遅れてしまう。


 散らばっていたメモをまとめて手帳に挟み込み、丁寧に鍵をかける。

 手帳は引き出しへ。ペンダントと小瓶は宝箱へそれぞれ丁寧にしまって、ドレッサーに向かう。

 さっきジタバタして乱れてしまった髪を整え、髪飾りを丁寧につけ直す。

 着こなしにおかしな所はないかを姿見でチェックする。

 いつもと変わらない姿なのに、これで大丈夫かなと思案する。

 最後に髪型をもう一度チェックして、私は部屋を出た。


 すっかり夜になった空気はさっきより冷たい。

 窓の外に瞬く星を見上げて、私は歩き出す。


 バグってしまったシナリオなんてものは存在しなくて。世界はとっくにおかしなルートに入っていて。私は無事生き残った。


 死亡フラグ満載の悪役令嬢だったリリアーヌ=シルヴェストリは。

 ただの死ねない令嬢となった。 


 死ねないという体質は残った。世界規模の課題も残っている。

 きっとこれからやるべきことも多い。

 でも。

 なんとなく左手を見る。なんだかくすぐったくて温かい、幸せな心地に頬が緩む。

 ああ、生きてる。楽しくて。嬉しくて。幸せだ。


 私はこの学園生活を。アレク様と共に歩く未来を。リリアーヌ=シルヴェストリとしての生を。楽しく穏やかに全うしたい。

 そのために、これからも前を見て、手を取って。歩き続けるのだ。

王太子暗殺未遂事件にまつわる、リリアとアレクの話はここで完結。

めでたし、めでたし。

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