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15.エリアスとアリア

「なんだい、アレク」


 ノア先生はアレク様の質問に視線だけを向ける。

 アレク様は指先で膝をノックしながら首を傾げた。

 今ある情報を吟味しようにも、どうしたら良いか分からない。そういう顔に見えた。


「エリアスというのは、あの魔術師のエリアスか? オルドフィールの?」

「そう。そのエリアスだ」

「伝説の人物じゃないか。それなら――」


 アレク様の視線がリフィへ向けられる。


「うん。俺の方が怪しいって思ってるよね」

「当然だ」

「それについては、……そうだ。先生、その資料に名簿はある?」

「ああ」


 先生は神殿の記録から1枚引っ張り出してアレク様へ差し出した。


「これは過去に神殿が儀式を行った『聖別の星』の名簿だ」

「ふむ?」


 不思議そうな顔をしながらも素直に受け取る。

 深紅の瞳がリストを辿り、とある名前でピタリと止まった。


「……リフィアス=ユーグィレイ。確かに名があるな。この、ラフィニア=ユーグィレイというのは? 儀式の日付も一緒のようだが」

「それは俺の兄だよ」

「兄が居たのか」

「うん」


 双子なんだ。と軽く付け足された。


「だから2人同時に捧げられて、彼だけが『聖別の星』として役目を全うした」


 そう答えるリフィの表情は笑顔ではあったけど、どことなく寂しそうで。そのままこの夜の水槽に溶けてしまいそうに見えた。

 リフィが抱える底知れない寂しさや、『聖別の星』に対する思いの複雑さ。けれども全て過去だからという諦観。そんな表情だった。


「……そうか。辛いことを思い出させたな」

「やめてよ。急にそんなしおらしい顔されたら俺がやりにくい」


 リフィはそう言って微笑みながら目を伏せる。

 アレク様はそんな彼になんとも言えない表情をして、先生にリストを返却した。


「これで俺が犯人じゃないって信じてもらえたらそれでいいよ」

「うむ。――じゃあ、話を戻させてもらうが。どうしてそんな古の魔術師の名前が出てくる?」

「これまでの流れを考えてみるんだ」


 先生の一言でアレク様は考える。


「そもそもこの話は、僕に盛られた毒に、古代魔術が使われていたという所からだ」

「そう。しかし、そのアプローチだとすぐ行き詰まる」

「うむ。候補はセドリックのリスト止まりだな」

「じゃあ、他の方面から考えてみよう」

「他の……リリアは『聖別の星』だと言っていた」

「はい」


 ならば……と、考えるアレク様の横顔を、ドキドキしながら見守る。

 深紅の目が冷静な光を湛えて思考に沈む。


「『聖別の星』とは『祝福の器』に使われるもの。瘴気汚染の原因は、その機能に限界がきているから。しかし、現在それは破壊されている」


 そうだな? と確認するようにリフィを見上げる。リフィは肯定するように頷く。


「それに対応しているのがエリアスだと言ったな。何故彼だと分かるんだ?」

「その魔術師はオルドフィールの者だという証言がある。それに、現代においてこの仕組みを理解している者は居ないだろう。そうすると、過去の魔術師――制作者であるエリアスが最有力というわけだ」


 先生がに自分の髪を軽く持ち上げ、つまらない証拠を放り投げるようにパッと手放した。


「ノア。それは本当か?」


 アレク様の声に、ノア先生は一瞬眉を上げた。


「どうしてそう思ったんだい?」

「ノアの話を疑っている訳じゃないんだが。ノアにしては説明不足を感じるというか」

「ほう」

「オルドフィールは優秀な魔術師の家系だ。ノアは確かに突出してるが、過去にも優秀な魔術師を輩出している。もっと――他に確信を持てる理由があるのでは? と」

「……」


 ノア先生はしばらく黙ってアレク様を見ていたけど、観念したように目をそらして溜め息をついた。


「アレク、君は優秀な君主になるよ」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 なんか嫌そうな先生の言葉に、アレク様は悠然と微笑んだ。

 感情が薄いとか表情がないとか、プレイヤーにも生徒にも散々言われている先生だけど、この辺りの話題になると表情が豊かになる気がする。

 それほど先生にとって嫌な話、ということでもあるのだろう。


「エリアスは魔術師として非常に優秀だ。残した物も偉業と言える。しかし、理論の一部からは、命も魂もただの資源であるという思想が透けて見える」


 器や星を見れば分かるだろう、と先生は呟いた。

 視線は現実から目を逸らすように違うところを見ている。

 自分の祖先であり、歴史的に見ても偉大と称される魔術師に対して、決して良い感情を抱いていないということがありありと分かる態度。


 確かに、魂を魔力の濾過フィルターにするなんて方法、道具として見てなければできないかもしれない。

 しかも先生の口ぶりから、きっと自分の命もそうだと思っている。

 ……今まで純粋にすごい魔術師だと思ってたけど、なんか怖い人のように思えてきた。


「しかも、その理論は現代に残されていない。破棄か封印か――どちらにせよ、後世に残すべきではないと判断されたのだろう。ボクがその理論を見つけたのは偶然だが。まあ、妥当だ」


 先生の声が一旦途切れ、はあ、と重たい溜息に変わった。

 くだらないと言いたげに、その話を手で散らす。


「つまり、それだけの事を考え、あまつさえ実行に移して完成させてるようなヤツ、ボクはエリアス以外に思い付かない。これで十分かい?」

「ああ、分かった」


 頷いたアレク様に、先生は「ん」と小さな呼吸だけを返した。


「それで、エリアスは次に捧げるべき『聖別の星』としてリリアを狙っている。なるほど、そうすればアリアが彼女に近付くための手段として候補に挙がる。……しかし、どうしてそれが僕の暗殺未遂に繋がる?」

「多分だけど」


 アレク様の問いに答えたのはリフィだった。


「彼は、『聖別の星』に直接手を下せないんだ」


 他の星の時もそうだった。と彼は言う。

 必要なら『聖別の星』の身体を乗っ取って自害するなり、直接殺せば良い。

 なのに、彼はそうしない。これまでも事故や事件を装って魂を手に入れていたらしい。


「何故だ?」

「さあ。最初は魂だけ持ってきてたと思うけど……これじゃあ使い物にならないって言ってたから、なんかダメだったんだろうね」

「曖昧だな」

「残念ながら俺は魔術に詳しくないんだ。けど、そうでなくてもリリアは特に慎重になるだろう」


 アレクを一瞥して、「ね」と重ねる。


「王太子様の婚約者。下手に手出しはできない立場だ。だから、少し回りくどい手段を講じる必要があったのかも。例えば――王太子の暗殺っていう冤罪とか」

「……!」

「たとえ未遂でもきっと重罪だよね。断罪でも追放でも、リリアを自然に表舞台から消せる」


 その言葉に思わず手をぎゅっと握りしめた。

 隣に居るアレク様の存在が、急に冷たく感じられる。そんなことはない。分かってる。でも、彼女が辿るはずだったエンディングが頭をよぎっていく。

 そんな中、ふと、手に何かが触れた。

 アレク様の手だ。

 冷たくはないけど、特段温かいわけでもない。けど、その優しく包むように重ねられた手からは、「そんなことはない」という彼の言葉を感じる。

 腕を辿るように視線をあげると横顔があった。私の方ではなく、リフィを見ている。

 リフィはその視線をふわりと笑って受け止めていた。


「答え合わせはできた? エリアスはそういう小細工を弄しても疑われない程近くに居た」

「古代魔術を用いる可能性があり、リリア君の近くにいても違和感のない人物」


 リフィの水底のような水色と、先生の暗い赤紫が私に向けられる。

 何を言いたいのか、それだけで悟った。


 きゅっと息が詰まる気がする。


 エリアスは聖別の星を探している。

 その対象者は私で。近付く必要があって。

 そのために、人の身体を利用することもあって――。


 昨日見たアリアさんの横顔を思い出した。

 ノア先生が言っていた所作の古さ。異質な魔力。私の小瓶……。

 アリアさんの無邪気な笑顔と、別人のような横顔がちらつく。 


 もう、そうとしか思えなくなってきている自分が居る。

 まだ条件は揃ってないけど。

 この質問をすれば、全てが繋がってしまう。そんな気がする。

 でも、私は、聞かなくちゃいけない。


「でも。リフィ」

「なに?」

「貴方は……アリアさんを。アリア=シャーリーという少女をご存知なのですか?」

「アリア=シャーリー?」


 繰り返して、彼は思案する。

 知らないと言って欲しい。そうすれば、まだ彼女を友人だと信じられる。そんな蜘蛛の糸より細い希望に縋る。

 けど、リフィは私の心を見透かすように、水色の瞳を細めた。


「名前は知らないけど、君と一緒に居る少女のことだよね。茶色の髪を結い上げた」

「ええ」

「それ、初めて会った時に言ったじゃない。君の近くにいる少女には気をつけてって」

「あ……」


 聞き逃したあの夜の空気が、頬を撫でた。

 彼女の明るい笑顔が。私を気にかけてくれる言葉が。全て暗転し、剥がれ落ちていく。

 目の前が眩んで、足下が宙ぶらりんになったような――。

 ああ、この感覚は知ってる。

 2年前。「エタメロの記憶」を手に入れて、アレク様の事が分からなくなった時と同じだ。


 リフィは私の反応に一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに「ああそうか」と頷いた。


「消える間際だったから聞こえなかったのか。あの少女がエリアスの依代だよ」

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