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14.辿り着いた可能性

「リフィ!」


 リフィはふわりと降り立つと、その水色の瞳を真っ直ぐに私へと向けた。

 握っていた手を握手のように軽く振る。


「やあ、リリア。また会えたね」


 硝子鈴のような涼やかな声が、耳に心地よく響く。

 ひやりとした夜の中で触れる手は柔らかなガラスのよう。温度はないのに、その感触は幽霊とは思えなくて。なんだか不思議な心地になる。


「ええ。ノア先生が、貴方に会えるようにしてくれたんです」

「そっか。すごいね」

「ああ。お陰で寝不足だ」


 微笑むリフィに、ノア先生は肩を竦めた。


「そう。それは苦労をかけたね。それで、今日は――」

「ノア」


 リフィの言葉を遮ったのは、アレク様の硬い声だった。

 彼の視線は冷ややかで、私の手を握るリフィを睨み付けている。

 その視線に背筋がひやりとした。

 あ。これはちょっと。マズい状況だったりする?


「これは一体どういうことだ」

「さっき説明しただろう? 特定の霊的存在を顕現させる召喚陣。見ての通り成功だよ」

「なるほどそうか? いや、そうじゃなくてだな!」


 満足げに頷くノア先生に噛み付くような声が被さる。


「大体彼は何だ。なぜ勝手にリリアの手に触れて――」

「……ああ、リリア君。もう離して構わないよ」


 ノア先生は、アレク様の意図を察したのか、めんどくさそうな声で私に告げる。

 言われるがまま、私はリフィの手をそっと離す。同時に、アレク様が私の腕を軽く引いた。

 アレク様は私とリフィの間に割って入るように――いや、私をリフィから庇うように立つ。

 その横顔には、警戒と不機嫌が混ざっている。


「あ、アレク様……その、彼は」

「君は一体何者だ」


 私が何か言うより先に、アレク様がリフィを射抜くような視線を向けた。

 なんか胃が痛くなりそうな空気。多分そう思ってるの私だけ。

 現に、視線で刺されそうなリフィはきょとんとした顔をしている。長いまつ毛を瞬かせて、ノア先生の方を見て。不思議そうに指を差しながら首を傾げた。


「……彼は?」


 リフィ! 態度!

 心の中で叫ぶ。

 無自覚にアレク様を煽るような態度を取らないでほしい。王太子だと知らないからかも……いや、先生にもこの態度な気がする。

 そしてノア先生は、リフィの言葉で何かを思い出したらしい。


「ああ、説明してなかったな」


 先生も先生で色々すっ飛ばしていた。

 もう……、と溜息の代わりになんとなく胃の辺りをさする。

 

「彼はボクの生徒であり、この国の王太子。アレクセイ=フォン=ルヴィエール殿下だ」

「王太子殿下」


 へえ、と興味深そうな目でリフィがアレク様を見る。

 アレク様はというと、不機嫌を隠しもせず視線だけを返す。


「アレク。彼はリフィアス=ユーグィレイ君。リリア君の知り合い、でいいのかな?」

「あ、はい。その、アレク様。彼はこの学園に住む幽霊で、私の……ええと、説明はちょっと難しいのですが。知り合い、なのです」

「知り合い?」


 アレク様の声が一段と低くなる。不満を隠す気がないその様子に思わず呻きそうになる。

 けど、どこから話せば良いのだろう。器とか星の話? 違う。彼を探し始めたきっかけ……私の死亡ルートの話は絶対できない。しても分かってもらえない。 


「私は、この事件解明の協力者として彼を探していまして」

「彼が何か知っていると?」

「はい。彼は校内の情報収集に長けています。私達では探れない部分まで知ることができるかもしれない、と思ったのです」

「そうなのか?」


 アレク様の視線がリフィに向く。

 詰まってる夜を凍らせそうな鋭い視線を、リフィは楽しそうに受け止めた。


「そうかもね」

「む」

「彼女の言葉を信じなよ」

「リリアの言葉ではなく君の態度が信用ならないんだ」

「ふふ」

「……何がおかしい」

「それで! 協力のお願いをしに行ったのですが!」


 二人の間にピリッとした空気が流れたのを慌てて止める。

 この二人、一緒の部屋に置いちゃいけないのかなあ……。


「彼から偶然、瘴気汚染の原因について聞いたのです」


 話のバトンを渡すように、ね、と先生に視線を向ける。

 先生はめんどくさそうにこっちを見たけど、分かったと言いたげに目を伏せて頷いた。


「そう。彼女からその情報を得て、同行させてもらった。しかし彼は見ての通り霊的存在だ」


 先生の声に答えるように、リフィがひらりと手を振る。

 アレク様は面白くなさそうな顔でそれを見ている。


「存在条件があり、現れる時間も限られる。会話可能な時間も不安定。だから、その安定化のためにこれを作成したという訳だ」


 先生の指が魔方陣の書かれた紙の端をなぞる。


「彼に最も共鳴できるのがリリア君だから、彼女の存在が初回は不可欠だった。その理由だが――。アレクは『祝福の器』と『聖別の星』についてどのくらい知ってる?」

「は……? 単語だけなら知っているが」

「分かった」


 頷いた先生は、とりあえず座りなさい、とソファを示す。

 本は積んであるけど、寄せて詰めたら座れる二人がけ。この状況で隣に座るのはちょっと緊張するけど、アレク様はさっさと本をどかして私が座る場所を整えてくれた。そっと腰掛けると、アレク様も隣に座り、指を組んだ。


「ボクの仮説も含むが、概ね間違いないだろう」

 

 そう前置きをして、先生は簡単に説明をしてくれた。


 『祝福の器』という、魔力を調律する――瘴気を浄化するシステムのこと。

 『聖別の星』という、調律に使われる魂のこと。

 どちらも伝承やおとぎ話でしか見られない単語だが、実在すること。

 その『聖別の星』が私とリフィであること。


「用語についての説明は以上だ。この術式では、同じ特性を持つリリア君をアンカーとして設置することで彼を引き寄せたと言うわけだ」


 簡単だけどわかりやすい説明に、アレク様は不本意な顔をしながらも頷いてくれた。


「じゃあ本題に戻ろう。まずは、先日の続き。『祝福の器』の状況について。これらは現状、部分的に破壊され、機能してないと推測される――そうだね?」


 確認するように、先生の赤紫の瞳がリフィへ向けられる。

 そこには、研究者としての真剣な光が宿っている。


「うん。間違いない」


 リフィも何かに腰掛けるような仕草で足を組みながら頷いた。


「最近の瘴気汚染の原因は、……敢えて言葉を選ばずに言うが、『聖別の星』の耐久年数に限界が来ているからだ」


 溜息のように言い切り、先生は机に手を伸ばした。

 一番上に置いてあった紙の束を手にする。


「昨日、神殿で儀式の記録を照会してきた」


 これがそれだが、と紙を捲る。


「最後の記録は80年ほど前だった。器が破壊されたのはその頃と推測される。しかしリフィ君によると、その後も星は捧げられている」

「そうだね。捧げられてるよ」


 リフィの涼やかな声が、研究室に響く。

 その声には溜息が混ざってるし、表情には寂しさや諦念のようなものがある。

 彼にとっては辛い話だ。救いたいのに、何もできず見送るしかできなかったのだから。


「しかし、それだと人数の計算が合わない。理由は分かるかい?」

「うん。実際のところね、星は100年も保たないんだよ。先生が言った通り、神殿にとっては『世界規模のおまじない』なんだ。ただ、世界が盛大に不安定になったら儀式をやれば良いって思ってる。実際はもっと短い期間で必要なのに」


 でも、とリフィは暗い声で言葉を繋いだ。


「その対策も万全だ。人知れず捧げられる不定期な生贄が生まれるんだ。――ね。リリア」

「……そう、ですわね」


 思わず息を呑んだけど、小さく頷いた。

 その呼びかけは、私がその「不定期な生贄」であるという証左。背中をぞわりと撫でられたような気がする。リリアの持つ数多の死亡ルートは、そのためだったと改めて突きつけられる。


「待て。リリアが生贄だとでもいうのか?」

「そうだよ。ああでも、今はちょっと事情が変わってるから安心して」


 そこは後で聞いてよ、とリフィはさらっと話題を投げ、反応も見ずにノア先生へ向き直った。


「他には?」

「先日、星を捧げている魔術師はエリアスだという仮説を立てた。彼は、器が破壊された際に目覚めたと言ってたな」

「うん」

「それは多分、自身を安全装置としたのだろう」


 ノア先生はその呟きと舌打ちを隠すように手を口に当てた。

 なんかすごく嫌そうな顔をしている。それを隠そうともせず、リフィに視線を向ける。


「それで、彼はどうやって活動している?」

「基本的には俺と一緒。地脈のように魔力や波長が合う所を拠点として、幽霊のように活動する。あとは、人の身体を利用することも――」

「分かった」


 ノア先生はリフィの言葉を打ち切るように頷いた。

 はあ、と先生は頭が痛そうに額を抑え、深い溜息をつく。


 誰もそこに答えられず落ちた沈黙。

 放課後を告げる鐘の音が、窓の向こうから響く。

 その余韻が消える頃。


「――なあ、ノア」


 アレク様が静かに先生を呼んだ。 

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