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12.調査報告

「これまでの調査結果を報告します」


 セドリック様の声で、今日の情報共有会議は始まった。


 事件当日の警備体制に問題はなかった。

 容疑者リストの聞き込みは進んでいる。残念ながら、絞り込めるような有力情報はないらしい。

 淡々と報告が読み上げられていく。淀みもなく、分かりやすい。


 アレク様もカイン様に話を聞いたらしいが、彼も事件当日に気付いた事はなかったという。


「やはり、犯人は周到に準備をしていたのだろう」


 アレク様が眉を寄せて話を締めくくると、部屋の空気が少し重くなった気がした。

 セドリック様の視線がこちらに向けられる。

 次は私が報告する番だ。頷いて、呼吸を整える。


「私も、お話を伺ってきました。まず、イザベラ様ですが……彼女は、本当に心外だというご様子でした。家名にかけて、そのような恐れ多いことはするはずがない、と」


 怒られてしまいましたわ、と苦笑いで付け足しながら思い出す。

 毅然とした態度で言い放つ彼女からは、微塵も嘘を感じられなかった。


「私も彼女と同意見です。イザベラ様は確かに気の強いお方ですが、きっとそういう時は正々堂々、正面からぶつかってらっしゃいますもの」


 彼女が張り合ってくるのは授業中や成績といったものであって、影で何かするような人ではない。裏表がないのは確か。

 私の言葉に、アレク様もセドリック様も頷いた。


「確かに、彼女は真っ直ぐ君に物を言う。陰湿なことは好まないだろうな」

「そうですわね」

「では、アリアは?」


 その名前に、一瞬息を呑む。

 大丈夫、まだ確定じゃない。セドリック様の調査だってまだ残っているんだし。


「アリアさんですが」


 言い淀む私に、二人の視線が集まる。


「お話をした限り、特に怪しい様子はありませんでした」

「そうか」

「ただ……話を伺った時も、図書室に行った後のようで、その手にはいくつかの本がありました」


 二人の首が僅かに傾く。しかし、言葉はない。

 私は話を続ける。


「それで、軽く話を広げてみましたの。そうすると、彼女は古代魔術に触れた話をしました。ノア先生の仰った通り、魔術の所作に指摘があったと」

「持っていた本に該当するものはあったのですか?」

「ええ。古代魔術に関する文献がありました」


 内容までは分かりませんが、と言い足す。


「他にも本はあったのに……。怪しまれないようにするなら、楽譜や参考書など、他の本に言及することもできたはずです」

「なるほど。そこに言及したからこそ、古代魔術に触れていることへの後ろめたさがないのでは、ということだな?」

「はい」


 頷くと、とアレク様は口を隠すように指を押し当て、何かを考え始めた。

 そう。アリアさんは古代魔術に言及した。それこそがカムフラージュだった可能性もある。じゃあ、彼女は一体何を隠そうとしていたのか、という疑問が出てくるけど。


「むしろ、一番話題に出しやすかったのではないですか?」


 そう言ったのはセドリック様だった。


「どういうことだ?」

「そうですね。リリアーヌ様。その後の話の流れは覚えてらっしゃいますか?」

「ええと、先生に聞かれたことが気になったと言ってましたが、すぐに話を戻されました」

「どの話です?」

「お茶会に顔を出した後どこへ行ったか、ですわ。話が逸れたけど、役に立てるような話はない、と」

「ありがとうございます。シャーリー様はそこで、茶会の話で最も重要となるのが古代魔術だと気付いていた、というのはどうでしょう。その流れで、手元の本に言及されたら――」

「その話題に意識がいく、と言うわけですわね?」

「あくまで可能性の話ですが」


 なるほど。その流れは理解できる。


「リリア。毒に古代魔術が用いられていた話はしたか?」

「いえ」

「ならば、彼女は毒を盛るのに古代魔術が使われたと知っている可能性もあるな」

「――」


 そうですわね、と呟いた言葉は自分でも分かるくらい小さかった。

 彼女を犯人だと思いたくない。でも、疑惑が積み上がっていく。

 古代魔術に意識がいっていたから、その話が紐付いて持ち出された。その流れに納得はできる。そう、普段の彼女なら――。

 普段の彼女なら。何の話をする?

 私は何か、彼女について大事なことを見落としているような気がした。


 なんだろう。アリア=シャーリーというヒロインに関する大事な情報。……思い出せない。でも、その要素が確かに今の彼女と大きな食い違いがある。そんな気がしてならない。


「リリア?」

「――あ、はいっ」


 思わず考え込んでいて話を聞いていなかった。

 慌てて顔を上げると、アレク様は心配そうに眉を寄せた。


「友人が犯人の有力候補になるのは辛いだろう」

「……はい。でも、確実に犯人ではないという証拠がない今、私の心情だけで否定するわけにはいきませんもの」

「そうですね」


 頷いたのはセドリック様だった。

 その声の裏にはきっと、アレク様が私を犯人候補から外したときの出来事が思い出されているのだろうか。

 それはそれでちょっと心が痛い。いや、私は本当に何もやってないけど。

 

「それに、先程アレク様には話しましたが、あの小瓶も私の部屋にあった物でした」

 

 二人は黙って続きを促す。


「小瓶は、私の個人的な思い出の品をしまってある場所から持ち出されていました。そうすると、小瓶を持ち出せるのは……私の部屋に入ったことがある人物だけです」

「アリア以外に入れる人物は?」

「今のところは……心当たりはありません。開けることもほとんどない箱でしたから。魔術を使ったとしても、そこに小瓶があると知らない限り、持ち出すのは難しいでしょう」

「空間を扱う魔術は高度ですからね」


 セドリック様の言葉に頷く。


「アリア様については今後も気をつけておいた方がいいかもしれませんね」

「そうだな。リリアには少々辛い役目を負わせるが、引き続き話を聞いてみてくれ。セドリックも残りの調査を頼む」


 アレク様の言葉に、二人で「はい」と頷いた。


 □ ■ □


 今日の情報共有会議は解散ということで、部屋を後にする。

 アリア様への疑念が増したのが、心に重い。

 足も重たく、近くの窓辺で立ち止まって溜め息をつく。


「リリア」


 後ろからかけられた声。窓にアレク様が映っていた。

 深紅の瞳は窓の向こうにある夕暮れの中でも綺麗だ。


「疲れてるな」

「いえ、その……」


 はいともいいえとも言えず、口籠もる。

 アレク様は隣にやってきて、一緒に窓の外を見る。

 喧噪は届かないけど、放課後を好きに過ごす生徒達が、遠目に行き交っている。


「アリアと君が仲良くしていることは知っている。君が彼女の事を話す時は、とても嬉しそうだったのも」

「……」

「辛いな」


 アレク様の声は全てを語らない。静かだけど、確かな共感を含んでいた。彼は決して語らないけど、王太子だから、こんな経験もあるんだと分かる。それがすごく心に沁み渡る。

 こくり、と頷く。


「しかし、真実は明らかにしなければならない。彼女を信じたい気持ちも理解できる。だからといって、この疑惑を放置してはならない」


 彼の言葉は正論だ。

 だって、この国の王太子が危険にさらされた、重大な事件だ。

 彼はこの件に関しては、常に冷静な判断を下してきた。今回だってきっと真剣に向き合っている。


「だからといって、リリアがその辛さを一人で抱え込む必要はない。その重荷は、僕も共に背負う。その上で、真相にも辿り着くから」


 アレク様の手が、そっと私の手に触れた。

 視線をあげると、アレク様の真摯な眼差しがある。

 夕陽に照らされて私を見ているその表情は本当に私のことを心配してるようで。その手はとても温かくて。

 氷の王子だなんて言葉は似合わないな、なんて思ってしまった。


「僕を、頼ってくれると嬉しい」

「……ありがとう、ございます」


 彼は満足げに微笑み、手を離して窓辺を離れた。


「部屋まで送ろう……と、言いたいところだが。セドリックに資料整理をしろと言われている。また明日、話を聞かせてくれ」

「はい。分かりました」


 それじゃあ、と部屋に戻っていったアレク様を見送り、私は廊下を歩き始めた。

 アリアさんの事を考えると気は重いけど、それなら彼女が無実だという証拠を探せば良いだけだ。

 アレク様が私を犯人候補から外したのも、信じる気持ちの強さと根拠があるから。

 ならば、それに応えられるよう、頑張ろう。 

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