隠し部屋
アルシェリーナは手紙を父に託したあと、王子妃教育の後の茶会は暫く中止だとラガン夫人に言われた。
手紙によって何らかのアクションが起こるとは思ったが、唯一の会える手段まで中止にされてアルシェリーナの好奇心は益々膨らんでいた。
だから手紙を送ってから2週間目の今日、教育終わりにラガン夫人がそのまま待機だと言われて少しだけ期待した。
もしかしたら今日茶会が行われるのじゃないかしら?
ルーカス王子がやっとその姿を現すのじゃないかしら?
アルシェリーナは相変わらずギチギチに詰められている壁際の本の背表紙を眺めながら、その心は期待大であった。
果たしてやってきたのはラガン夫人と彼女の息子であるトゥールだった。
あまりにも期待大で待っていたアルシェリーナは王子妃教育で習った事も忘れ、あからさまにガッカリと顔に出てしまいラガン夫人にいつも叱咤される時と同じように扇子で手首を叩かれた。
じんじんとする手首の痛みに耐えながら立ち上がると、苦笑しているトゥールに挨拶をした。
「ご機嫌ようラガン伯爵令息」
「母上のせいで学園ではアルシェリーナ嬢には避けられているから、ちゃんと目を合わせるのも久しぶりだよね」
「何故、夫人が関係するのですか?」
アルシェリーナがトゥールを避けているのは、この無礼千万な王家の使用人達と同等と思っているからで、ラガン夫人は関係ないのに何言ってるの?全然わからないと思い訊ねると、逆に吃驚しながらトゥールは聞いてきた。
「えっ?母上が教育係で君に厳しくしているから僕を避けていたんじゃないの?」
は?何言ってんだこいつと思いながらアルシェリーナはゆっくりと首を左右に振った。
「じゃあ如何して?前もそんなに話す機会はなかったけれど露骨に避けてるよね?」
「理由を話す必要性は感じませんが夫人が原因ではありません。それよりも本日は何故ここへ?」
アルシェリーナの質問はラガン家の二人に対してであったから夫人の方に問いかけた。
「アルシェリーナ様お座りください。ルーカス殿下の側近である息子よりお話があります」
ラガン夫人の言葉にアルシェリーナは目を瞬かせた。
ルーカス殿下の側近?
初耳だわ⋯⋯本当に居たんだ側近。
噂では傍若無人のルーカスは側近を奴隷にしているという事だったが、肝心のルーカスが学園に通っていないという事実があった為、噂の真偽はともかくとして兄であるダイサスが学園で密かに調べた話しによると側近すらも誰かわからないという事だった。
だからドュバン家では、てっきり側近は居ないのだと結論付けたのだったが⋯⋯。
「⋯⋯本当に側近がいたのですね」
アルシェリーナはつい本音がポロリと溢れてしまった。
「ハハッ、そう来たか。君の手紙は厭に挑戦的だったけど⋯。噂が真実ではないという事を気付いたのだろう?」
「真偽は自分の目で確かめてからと思っておりました」
「そうか⋯」
トゥールが呟いた後、ラガン親子はお互いに目配せをした、そして夫人が扉に向かうとガチャリと鍵をかける。
今迄この部屋に入ってから講義中に鍵をかけられたのは初めてでアルシェリーナは困惑した。
「何を?」
その問には何方も応えず今度はトゥールが壁際の本棚に近付く、その場所はアルシェリーナが座った真正面に位置していた。
1冊の本を手に取るとそれは本のカバーだけであり、その壁にはレバーが設置されていた。
トゥールはそれをグイッと引いた。
だが何も起こらずアルシェリーナが首を傾げていると、夫人は彼女に立つようにと声をかけてきた。
訝しみながらも言われた通りに立ち上がる。
「こちらへ」
アルシェリーナの側に立ち夫人が誘導したのは、彼女の真後ろであった。
そこには壁一面に本棚があったはずなのに、真ん中だけがポッカリと開いていて、その先には見るからに豪奢なソファとテーブルが置いてあるのが、ここからでも見えた。
「えっ?隠し部屋⋯ですか?」
アルシェリーナの問いにラガン夫人は教育係となって初めてニッコリと微笑んだ。
それは常に貼り付けられた淑女のアルカイックスマイルではなかった。
彼女に誘われてその部屋に突入したアルシェリーナは、突如現れた隠し部屋よりも驚いた。
そこには幼い子供が膝に本を置いて熱心に読み耽っていた。