由々しき事態
「お父様、お兄様。これは由々しき問題では?」
いつもの食後のお茶の時間、アルシェリーナが母親を見つめながら問題を定義した。
父であるラクサスも兄であるダイサスも「おーいアルシェリーナ、そちらはお母様だよ」と心の中で思いながら娘を妹を見つめた。
「まぁアルシェリーナ何が問題なの?」
声掛けに何の疑問も持たずに母であるミナリーゼがアルシェリーナに返事をする。
「調べてみたらルーカス殿下は学園に在籍して3年間一度も通ってはいらっしゃらなかったの」
「「「えっ!」」」
ドュバン侯爵家の面々はアルシェリーナの言葉に驚愕した。
学園には必ず在籍しなければならないという国の法律に王子であるルーカスが違反しているという爆弾発言だった。
「いえ、お父様。違反ではないのです」
「どういうことなんだい?」
「だって在籍はされていますもの、ただ通っていないだけなのです」
どこのトンチ小僧なのか、そんな抜け道があったのか!いやでもなんの為に?
「何の為かは私にも解りかねますわ、でも通っていないのは確かなのです。そうなるとおかしな事が⋯」
アルシェリーナの言葉にダイサスも気付いた。
「噂だね、アルシェリーナ」
「そうなの!お兄様。あの様々な悪しき評判は《《どこから》》流れてきた噂なのかしら?」
アルシェリーナの言葉にダイサスも頷いた。
それを見てラクサスも問題点に気付いた。
「物凄い悪評だからな⋯本人不在なのに⋯か」
「えぇお父様、どなたかの思惑がなければこんな事はありえませんわ!私!ルーカス様にお手紙を書こうと思いますわ!」
好奇心旺盛な娘が立ち上がり宣誓したが、婚約して一度も会っていない上に手紙を書いたことも無かった事にラクサスは驚いた。
「アルシェリーナ、手紙を書いたことはなかったのかい?」
「あら貴方、あちらからもなかったのだからお互い様ですわ。来ない手紙に返事は書きようがないではありませんか」
しっかり者の妻から反論されたが、そういう問題か?と少し首を捻ってみたが女性陣の言葉に反論すると倍返しになる事を、知っているラクサスは妻を肯定するように頷いた。
「書いてみるといいよアルシェリーナ。父が届けよう」
「お願いね、お父様」
アルシェリーナはそそくさと部屋に帰っていった。
その背中を見つめながらラクサスは困惑していた。
本人不在の悪評にこの国の貴族は皆信じてる、それは本当の事なのか?
今迄、信じていた物が脳内で崩れていったラクサスは、ひょっとしたら国中が情報操作をされているのだろうかと不安になったのだった。
だが一体何の為に?
ルーカスとは打って変わって頗る評判の良いアルシェリーナの一つ下の第一王子ライアンの事を考え始めた。
彼の評判は、本当⋯だよな?
◇◇◇
『ルーカス・ドゥア・ゲート殿下
初めてお手紙を送るご無礼をお許しくださいませ。
貴方様を探して、もうすぐ半年が経とうとしております。
お元気でいらっしゃいますか?
お姿を拝謁させて頂く機会が皆無の為、お身を案じております。
まさかゲート城に軟禁の憂き目に合っておられるのでしょうか?
在籍されていらっしゃる学園でも御目文字叶わず大変苦しゅうございます。
どうか定例のお茶会に少しだけでもご無事な御姿をお見せしては下さいませんでしょうか?
そうでなければ私⋯⋯。
あぁこれ以上は辛くて書くこともまま成りませぬ。
せめて、せめて、一応貴方様の婚約者である私にルーカス様の生存確認をさせて下さいませ。
この目に然と貴方様を焼き付けなければ私⋯⋯。
あぁこれ以上はかけませぬ。
何卒、何卒
一応貴方様の婚約者であると思われるアルシェリーナ・ドュバンより
あらあらかしこ 』
ラクサスは娘が認めた手紙を検閲して溜息が溢れる。
アルシェリーナは好奇心旺盛ではあるが、好んで事を荒立てることはしない娘だった。
このように挑発的な事も出来たのだなと思った。
ルーカスにアルシェリーナにこのまま会わなければ如何なるかわかりませんよと暗に示唆している内容だ。
手紙の書き方も粗い。
婚約誓約書に色々と盛り込んでおいて良かった。
普通ならこの手紙で不敬を問われても可笑しくないだろう。
溜息のあとにホッと安堵もするラクサスだった。