謎の王子
アルシェリーナは婚約して以来一つの謎を抱えている。
それは朝起きた時、学園で学ぶ時、昼休みのセリナとの語らいの時、夜ベッドに入って目を瞑る時。
早い話何時に付け考えている。
アルシェリーナは学びに貪欲な質で有った。
知らない事を知るのは好奇心旺盛のアルシェリーナを刺激する。
それが例えば噂だとしても。
このゲート王国では15歳から19歳までの貴族の子女は必ず学園に在籍しなければならない決まりがある。
これは一つの例外も許さない物だ。
4年制のこの学園で2つ上のアルシェリーナの婚約者は碌でもない第二王子と噂のルーカスであった。
学園に入る前の父親からの訓示により、兄のダイサスと同じく王族嫌悪を発症したアルシェリーナは、元々ルーカスには全く興味がなかった。
好奇心旺盛のアルシェリーナを持ってしても、悪評の王子を気にも止める事はなかったのだが、これが自分の身に降り掛かるならば話しは別である。
少しの噂も取りこぼすことが無いようにセリナにも協力してもらい、ルーカスの噂を集めた。
『下位貴族の女子を侍らしている』
『気に入らない事があると暴力に訴える』
『側近を奴隷にしている』
『学園をすぐサボる』
『学ぶ意識が低い』
集めた噂を纏めるとこんな所だった。
だがアルシェリーナはここで傍と気付く、学園に入学してから自分はルーカスをただの一度も見たことがなかった事に。
この学園には貴族しか通学していない。
そしてルーカスはこの学園に通っているはずの王族なのだ。
遠巻きにも見かけたことが無い婚約者。
今迄は意識して《《見るつもりがなかった》》
だが今は意識しても《《見かけることがなかった》》。
これはどういうことだろう?
此の謎をアルシェリーナは兄に答えを求めた。
「お兄様、一つお訊ねがあるのですが」
夕食が終わり各々が食後のお茶でほっこりしていた時に、ダイサスは妹から声をかけられた。
探究心のある妹からはこれまでも度々質問が飛んできていたので、いつものようにダイサスは返事をした。
「なんだい?アルシェリーナ」
優しい声音で返事を返してくれた兄にアルシェリーナは謎をぶつけた。
「ルーカス様は普段学園に通っていらっしゃるのかしら?」
ダイサスは入学前の父からの言葉で王族に苦々しい思いを持っていた為、不敬にもルーカスの事など記憶の隅にも興味を引いたことはなかった。
今回大事な妹の婚約者の座に着いたルーカスを、そういえば見たことがなかった事に、妹の質問により思い出した。
いやいや婚約が決まった時に、彼のクラスまで確かに見に行ったはずだった、どんな輩か確かめに。
そういえばあの時もルーカスは不在だったな、アレッ?自分はルーカスを見た事があっただろうか?
アルシェリーナの謎はダイサスの謎にもなった。
「⋯いや⋯そういえば⋯会った⋯お会いしたことは⋯⋯ないな」
躊躇いながら声に出す兄ダイサスに少しばかり失望したアルシェリーナの言葉がかけられる。
「お兄様⋯同じ学年には50人もいらっしゃいませんよ」
可愛い妹の失望の声はダイサスの胸を抉った。
(くっ!挽回しなければならない)
「一度クラスに伺ったことがあるのだが⋯明日もう一度行ってみるよ」
「お願いします、どんな方か知らないのは少しばかり⋯怖いのです」
未だに顔合わせの叶わない婚約者に、不安が募る妹の言葉にダイサスは「私に任せろ」と安心させた。
兄の言葉で安心したのも束の間、アルシェリーナの謎は婚約して既に5ヶ月経っても解き明かされてはいなかった。