ダイサスの覚悟
「ダイサス様、あそこに見えるのは針針山と呼んでいますの」
「針針山?」
「えぇこの窓から見てくださいませ、あの木が針に見えますでしょう?2本も。だからですのよ」
ダイサスは誘われた湖に行く馬車の中で、ティオリアに窓から見える景色を一つ一つ丁寧にされる説明を受けていた。
ティオリアの横では彼女の侍女がその説明の度に首を振っているのが気になるが、一生懸命なティオリアが顔を輝かせながら話すのが可愛らしくて目尻を下げながら聞いていた。
しかも彼女の近くの窓を覗けと言うのだ、密着するのは必然だった。
侍女の咳払いなど聞こえぬふりで遠慮なく窓辺に近付いた。
「本当だ、針針山だ。名付けはティオリア様が?」
ダイサスの言葉にティオリアは少し寂しそうな目を彼に向けた。
「ダイサス様、ティオと呼んで下さいとお手紙に書いておりましたのに」
その言葉にダイサスはズキュンと胸を打たれた。
確かに貰った手紙にはそう書いていて、手紙ではティオと書けるのだが、面と向かうと照れて言う機会を失っていたのだ。
「ティ、ティ、ティオ!」
「ひゃい!ダイサス様」
ダイサスの言葉にティオリアも「はい」が「ひゃい」になってしまった。
自分から強請ったのに此方もズキュンとなって、返事がままならない。
側に居る侍女と侍従は呆れてしまって二人の馬鹿ップルぶりを眺めて溜息を吐いていた。
特にこの場に居る侍従は皇女の侍従ではない、ダイサスの優秀な侍従ディランであった。
彼は心の中で思考していた。
この二人が次期ドュバン侯爵家次期当主夫妻になるのだが⋯大丈夫か?
いや、しかしダイサス様はアレで意外と出来るお方だ。
アルシェリーナ様はダイサス様を内弁慶と仰っていたが、ということはもう既に皇女の事は身内として接しているということか?
だがこんなヘナヘナダイサス様は見たことないしなぁ
まさか⋯⋯な。
初恋なのか?
兄弟のように過ごしてきたディランだったが、ダイサスとは色恋の話などしたこともなかった。
それもその筈だったと今やっと正解に辿り着く、色恋の話など恋をしたことのないダイサスと出来る訳が無かったのだ。
生温かな目で見ていたがダイサスの初恋を応援しようと微笑ましく見る目に切り替えたディランだった。
湖は一回りするのに30分ほどで済むほど小さめであったが、皇城内という所が帝国の凄さだと感じながら、ダイサスはティオリアと手を繋いで歩いていた。
(こっこれは、これは、巷で言う所の恋人繋ぎではないかしら?)
ティオリアの胸の内はドキュンドキュンと早鐘を打っていたが、とてもとても幸せを感じていた。
((汗は大丈夫か!(かしら?))
二人は同じ事を考えながら散策していた。
ダイサスは今日心に決めていた事があった。
妹のアドバイスと言うのが癪に障るが女性の気持ちなどには疎いから、それを甘んじて参考にしようと決めて帝国にやって来ていたのだ。
優しい陽射しにキラキラと光る湖面を眺めながら、覚悟を決めたダイサスは立ち止まった。
急に立ち止まったダイサスに驚いてつんのめりそうになったティオリアだったが何とか堪えた。
「ダイサス様?」
「ティオ!ティオリア・アルシェルト皇女」
ダイサスはティオリアの前に跪いて顔を見上げてそう声をかけた。
ティオリアはダイサスの光る紫の瞳を見つめて顔を赤くした。
「ダイサス・ドュバンは生涯をかけて貴方を幸せにするとお約束します。だから供に歩んで貰えますか?」
そう言って見つめるダイサスにティオリアは感動していた。
お互いの国と国との友好の為に結ばれた婚約だったから、物語の様なプロポーズなんて諦めていた。
皇女であろうと恋に夢見るのは乙女の特権なのだ。
そこには平民も皇族も変わりはない。
物語を読んで憧れていた王子様(違うけど)のプロポーズ。
ティオリアは涙が溢れてしまい顔を隠した。
それでも返事はしなければと必死に何度も頷いていた。
するとフワッと鼻孔を擽る匂いをティオリアが感じた時、ダイサスにしっかりと抱きしめられながら言われた。
「ありがとう、ティオ。頷いてくれて嬉しいです」
ティオリアはダイサスとなら幸せになれると確信できた。
湖デートから婚姻まではゲート王国王家の色々で、2年待たされる事になってしまったが、ティオリアは全然不安になどならなかった。
ダイサスを信じる気持ちも勿論、強くあったけれど⋯。
古来からゲート王国に嫁いだら幸せになるという言い伝えが帝国にはあるのだと皇太子に聞いていたもの。
どうしてかは知らないけれどね。
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番外編はダイサスのお話でした
甘~い二人の行く先に幸多からん事を祈念しまして『生贄令嬢の幸せ』は完結致します
ブックマークやリアクションとても嬉しかったです!
最後までお読み頂きましてありがとうございました♡
(o_ _)o




