お似合いな二人
ゲート王国の東側に隣接するのはアルシェルト帝国という。
帝国では長年の謎を抱えている。
だが別にその謎は迷惑なものではなく、寧ろ歓迎するべきものだったから、その謎に常々肖りたいほどであった。
謎はゲート王国に関係有りと推察していた。
それというのも何故か昔からゲートに隣接する場所だけは何があっても豊かな土地なのだ。
どんな酷い天災があっても対策を講じようとする前に元に戻っている。
皇帝はゲート王国に何かしら秘密があるのではないかと考えながら、そういえばあの国は昔から争いごとが起こっているのを聞いたことがないと思い立つ。
歴代の為政者が優秀であるのかもしれないが、それにしても長すぎないだろうか?
優秀な王家といえども偶に暗愚な王もいるだろうに、まさか本当に皆立派なのか?
隣接する国同士の会合で出会ったダートンを思い浮かべ「解せぬ」と呟いていた。
皇帝が執務室で休憩を取りながら思考している時、皇太子から謁見を求められた。
丁度休憩中だったから直ぐに応じた皇帝は、何といいタイミングだと喜んだ。
皇帝の第三皇女は聡明で知られていた、彼も皇女のことは特に可愛がっていて、嫁ぎ先の選定には厳しく当たっていたのだが、皇太子が持ってきたのはゲート王国に輿入れしては如何かという打診であった。
どうやら彼が懇意にしている商会がゲート王国の子爵家だったという。
相手が子爵家というのは不満だと思ったら、輿入れ先は侯爵家だというではないか。
皇女が輿入れするには一般的なら王家が好ましい、そうでなければ公爵家だ。
だが皇帝は他国の堅苦しい所に輿入れさせては皇女が可哀想ではないのか?と常々バカ親ぶりを発揮していたので、侯爵家ならばそこまで堅苦しくないだろう、しかも嫁ぐ先の国はゲートだ。
皇太子の話に皇帝は身を乗り出した聞き入った。
そうしてアルシェルト帝国第三皇女ティオリアはゲート王国ドュバン侯爵家嫡男ダイサスに嫁ぐ事が決まった。
◇◇◇
二人の初めての顔合わせは帝国の皇室自慢の庭園だった。
対面するまで姿絵だけでしか知らなかったダイサスの顔を見たティオリアは胸の鼓動が止まらなかった。
ダイサスの顔はティオリアの好みド真ん中だったから。
ティオリアは超がつくほどの面食いではないが、そこそこ顔は整っているのが好ましいと思っていた。目の前にいるダイサスは、サラサラと音が聞こえるのではないかと思えるほどに見事な銀髪で、前髪は普段は下ろしているのだろうか?今日はしっかりと上げて形の良い額を顕にしている。
瞳の色は帝国ではあまり見かけない紫の瞳だった。
その瞳がキラキラと光って見えてドキンドキンと鼓動が跳ねるのであった。
そしてギャップが堪らない。
ダイサスは緊張からなのか、形の良い額の汗をハンカチで押さえながらよく喋った。
こんなに男性が喋るのをティオリアは初めて見たように思う。
こんなに見目麗しいのに口を開けば残念なんて、庇護欲とはこういう事かしら?
アラ違ったかしら?
ティオリアの心の機微には気付かずに只管ダイサスは喋り続けた。
彼もまたこんなにも綺麗な人が自分の婚約者になるなんて!と嬉しくて焦ってもう自分でも何をやってるか分かっていないのだった。
お互いが一目惚れした初顔合わせはお互いは大成功だったが、側に控えていた二人の侍従は大きな不安を抱いていた。
彼等の逢瀬はダイサスが帝国を訪れて成り立つ。
その日をティオリアはいつも心待ちにしていた。
その日は、かなり久し振りに会う日だったからティオリアは準備に余念がなかった。
しかも先日、自分の侍従が王国に赴いた時ダイサスを指導したと報告されたから、彼が自分を面倒臭い女だと嫌ってしまったら如何しようと不安にもなっていたのだ。
「皇女、落ち着きなされませ」
侍女から苦言を呈されたがティオリアはお構いなしだった。
「ダイサス様に気に入ってもらえるかしら?」
彼女の思考はこれ一択で他の事は耳に入らないのだ。
ティオリアは今回のダイサスの訪問で兼てより一度してみたかったピクニックを計画していた。
帝国の皇城の敷地はかなり広い。
馬車で一時間ほど行った所にピクニックに最適な小さめの湖がある。
姉の第二皇女が、婚約者とその周りを散策したと聞いた時から羨ましくて、いつか自分もと思っていたのだ。
「ダイサス様はあまり辛い物は好まないと言っていたものね、だからマスタードは少なめにしているわよね」
誰にともなく言うと先程の侍女から返事が帰ってきた。
「皇女、そんな事は料理人に任せておけば宜しいのです、全く態々侍従を使って婚約者の好みを聞き出すなんて、ご自分でお手紙で聞けばよろしいのに」
「だって⋯恥ずかしいではないの」
「態々侍従を派遣する方が恥ずかしいと思われますよ」
「ええっ!そうなの!如何しよう。しかもあやつはダイサス様を指導したなどと不敬罪に問いたかったけどお兄様が止めるから」
侍女は思う。
皇帝は第三皇女を盲目的に溺愛していて、この残念な性格を知らない。
聡明な皇女だと信じて疑っていない。
だが、先日こちらに来た婚約者を実際に見た上に、王国へと赴いた侍従から聞いた話で、この二人とってもお似合いなのではないかと思った。




