嘘
ラガン伯爵邸では快適な暮らしを用意してもらっていた筈だったが、それはセリナだけだった。
何故ならアルシェリーナは此処で王子妃教育の遅れを取り戻させられていた。
夫人は厳しい。
とにかく厳しい。
セリナ、貴方の未来の姑はとっても厳しいのよと本人にはとてもじゃないが言えない言葉を心の中で密かに呟く。
そしてふとアルシェリーナは、あることに気付いた。
その考えは頭の中に不意に過り、すぐに否定したのだが、再びまたその考えに囚われる、それを何度か繰り返していたらもうそれは正解ではないのかと確信していった。
ルーカス達が行おうとしている事を具体的には知らされていないアルシェリーナだったが、それが簡単なことではないというのはわかっていた。
だからまさか⋯⋯。
まさかよね⋯⋯。
いや、でも⋯⋯。
やっぱり⋯⋯やっぱりそうよね。
アルシェリーナは、この思いをラガン夫人へとぶつけてみた。
それは、最近の新興貴族の家名テストが終わった直後の事だった。
「ラガン夫人、一つ質問がございます」
「まぁアルシェリーナ様、ヒント等は申せませんわよ」
「いえそれは少しだけ欲しいとは思いますが、それはよろしくて、一応答えは埋めましたので」
「あらあらそうですか。では採点を!」
「その前に!質問なのですが、私が此処へ呼ばれたのは、まさか王子妃教育が遅れないようにとのご配慮ですか?」
「⋯⋯⋯あらっ?言ってなかったかしら?」
アルシェリーナは、がっくりと項垂れた。
やっぱりか⋯アルシェリーナは思った。
今城ではきっと色々と起こっているだろうからアルシェリーナが王子妃教育の為に登城することは叶わない。
寧ろ邪魔になってしまう、その間に滞る王子妃教育を遂行しようと皆で考えた結果なのだろう。
ラガン夫人がドュバン侯爵家に通うより効率的だと考えての結果だったのだろうと、アルシェリーナは思って訊ねたのだが当たりだったと、このお勉強何時まで続くのだろうと彼女の目は遠くを見つめた。
「ではセリナは⋯何故?」
「それはアルシェリーナ様がタイオール伯爵令嬢をドュバン侯爵家にお呼びしていたからですけれど、まぁラガン伯爵家の事も少しでも早くお勉強していただければ、序でよろしいかしらと思ったからですわ」
ラガン夫人は全く持って悪びれていなくて差も当然のように話すのだった。
(騙された!)
兄ダイサスの必死な様子と夜中に叩き起こされて避難するという状況で、かなり慎重に行動せねばと気を張っていたのに、なんの事はなかったのだ。
クッソ~ダイサスめ!
心の中で端ない口の悪さを発揮してしまったアルシェリーナ。
まぁこれはアルシェリーナに、偽りの目的を示すフェイクであるが、そんな事には彼女は気付かない。
気付かなくとも良いと、気付いてほしくないとルーカスは思っている。
彼女には、生涯の伴侶と定めたアルシェリーナには裏など教えなくとも良い、そんな事は知らずに常に闊達な彼女でいて欲しい。
憂いなど必要ない。
ルーカスのアルシェリーナへの愛あるフェイクだった。




