最初の一歩
「知ったか?」
ルーカスに聞かれてライアンは頷いた。
するとルーカスはトゥールを見る、彼はその視線を認めると部屋を出て行った。
ラガン伯爵家からルーカスの住む離宮へと訪ったライアンは離宮の朽葉色の壁を見上げて兄の愛子になってからの心労を思いながら宮の中へと入ってきた。
この応接室に入ってからもルーカスの涼しい顔が、子供らしい可愛い顔の下の苦悩がライアンの胸を締め付けていた。
そしてトゥールを外した事で彼もまた真実を知らないのだと悟った。
「彼は知らないのですか?」
「あぁトゥールだけではない、それぞれに色々と話を作ったり足したり変えたりして話しているからな、私も最初は真実を知らなかった」
「えっ?でも初めに説明すると言ってましたが?」
「⋯⋯臍を曲げて聞く耳も持たなかった」
ライアンは兄の告白にまたもや胸が締め付けられる。
ある日突然『愛子に任命したからよろしく~』なんて急に見えるようになった妖精に言われて『はい喜んで♪』なんて言えない、言わない、言いたくないだろう。
「トゥール達に会ってからだったな、妖精達の話を聞いてみようかと思ったのは」
そう懐かしそうに遠い目をして言うルーカスは子供の姿でライアンは不思議な気持ちになるのだった。
「兄上はそれで良かったのですか?王座に未練はないと?」
「未練も何も選ばれたからな、しょうがない。誰かが担う役割だ、今まで王族がその中に入ってなかった事自体可怪しな話だと私は思ったぞ」
妖精王は言った。
本来いくら魔力があっても王族を愛子に選ぶ事は今までなかったのだという。
それはどの王子、王女にも等しく王太子への道を目指す事が出来るようにという王家の意向を汲み取ったのだと。
愛子になってしまっては影に徹する事になり、王太子その先の“国王”にはなれないからだ。
それが何故、今代は王族だったのか。
それは、ダートンの性格が理由だった。
ここでも兄ルーカスは親の尻拭いをしていたようだ。
聞いた時ライアンは唖然とした。
ルーカスの愛子の事情は歴代の愛子達とは少し違っていたのだ。
「愛子の条件も聞いたか?」
ルーカスの言葉にライアンは頷いた。
「私はお前が王になると決めてこの先の事を考えて全てを知ってもらった。王妃の思惑に乗るのは癪だったがセリーヌにはこの特殊な国を統べるには酷な事だと判断した。妹には何の憂いもなく幸せになって欲しいと思うからだ。これは忘れるなよ」
「⋯⋯はい」
ライアンの返事を聞いてルーカスは屈託の無い笑顔を振りまいた。
ライアンの胸はドキドキとして相手は兄であるのに(何故トキメクのだ)と若干焦りにも似た感情が芽生えた。
これは⋯考えるのは止めようとライアンは心に誓う。
愛子の条件は魔力がある事、そして妖精達との相性本来ならそれだけだった。
それを考え直すきっかけは長年の愛子事情もあった。
王家の影になるには王が愛子を受け入れないと話にならない、そして愛子が王と対等に話す事が出来ないと、もっと話にならないのだ。
その都度妖精の粉を使って色々と画策したりした。
ある時期からは平民から選ぶのを止めたりもした。
そしてどんどんと愛子を選ぶ条件が増えていったのだが、決定的になったのは前々国王、ライアン達の曽祖父が愛子を信じなかった事だった。
彼にも少しばかり魔力があって妖精の粉を使ってもなかなか信じてくれず、これには妖精王達のほうが辟易したという。
─前々国王は頑固すぎた─
そう言った妖精王の顔は当時を思い出したのか苦悩していた。
その顔が妙に面白くてライアンはつい笑いそうになり堪えるのに必死だった。
「爺爺様のせいで色々と大変だったのはトゥールの曽祖父だった、それを目の当たりにしたトゥールの父ザッカーは選定者になると言い出したんだ」
「妖精王に直談判したそうですね」
「あぁその光景は傍から見たら異様だったらしいぞ。当時の事をラガン夫人が教えてくれたが夫が空間に叫んでいるのが怖かったと言っていた」
「兄上を選んだのはザッカー殿だったのですね」
「⋯⋯まぁな、だが理由を後で聞いたらしょうがないかとも思う。ザッカーは代わりに自分の身とラガン家を差し出した。対価は充分だ」
「まさか妖精の粉で従弟まで作り出すとは思っていませんでした」
トゥールの父であるザッカーはルーカスが愛子になった時に自分も影になると決めた。
それを息子のトゥールに誤魔化すために姿形を偽る事にした為、存在しない“従弟”を作り上げた。
アルシェリーナが以前ラガン伯爵家の知らない系譜だと思ったのは間違いでは無かったということだ。
彼女が王子妃教育を真面目に受けていた証拠でもあった。
「前国王であるお祖父様が父上が国王の器ではないと判断したのですね」
「あぁ爺さんが決めたらしいが、まぁ間違ってなかっただろう?」
「⋯⋯そうですね、折角愛子が進言しても聞く耳を持ってもらえなければ無駄になります」
「だから私だったんだ。流石に息子の話は無視できないと考えられた、子煩悩だからな。父上は優しすぎるのだ」
「それは私に魔力がなかったからですか?私でも良かったのでしょう?」
「それはない、何故ならお前は王妃の息子だからな、因みにお前に魔力はある。少しだけな」
「王妃のせいなのですね」
「まぁな、次の王家が幼稚な争いばかりしているのを見て爺さんは色々と考えたんだろう。まぁ気にするな」
ルーカスの達観した言葉にライアンは頷くしか出来なかったが胸の内は複雑だった。
だが妖精王から全てを聞いた時からライアンは心の中で誓っている。
─立派な王になるんだ─
彼が為政者として踏み出した最初の一歩だった。




