崩御した王の英断
今日の午後の授業はダンスのみで組まれていた。
先日アルシェリーナとルーカスの婚約が決まるまでは、このクラスで婚約者がいるのは二人だけだった。
アルシェリーナの母方の従兄であるケリンも二人のうちの一人だった。
だが今日は5人が婚約者がいると手を上げた。
婚約者がいる者は授業の前に申告しなければならない決まりだ。
これは要らぬ誤解を防ぐ為に学園側が予防線を張っているのだ。
婚約者がいるのだからコナなどかけぬようにという事だ。
何故こんな事になったのかというと、これは現国王であるダートンと側妃のマリアの行いからくる物であった。
マリアが学園でダートンを口説いたのがダンスの授業中であったのは公にはなっていないが実しやかに囁かれた噂(事実)であった。
あくまでも噂で留めているだけなのだが。
マリアはダンスの授業にも胸元の開いたドレスを着用してあからさまにダートンを口説いた。
腕にも体にもその豊満な胸を押し付けてまさに《《体で》》陥落せしめたのだ。
それまでは初心な男であったのに、それからダートンの評判は地の底まで落ちることになる。
その際に正妃であるアネトスの生家の公爵家が学園に抗議により働きかけ、ダンス授業のドレスは学園が用意した物に決まり、婚約者のいる者には節度ある態度で接するように、2回の注意を無視した者は退学の処置を行うまで校則に記載させたのだ。
本来ならそんな事は校則にならずとも貴族間では暗黙のルールだったのだが⋯。
脳内も尻も軽いマリアはダートンの婚約者であるアネトスからの注意を受けた時に「婚約者がいるなんて知らなかったんですもの~」と宣った。
国内外にも発表されたその婚約を平然と知らなかったというマリアに、ダートンも「知らなかったならしょうがないじゃないか」と意味不明の反論をアネトスにした。
そして卒業後に正妃よりも側妃と先に婚姻するという暴挙に出たダートンだった。
それを初めてアルシェリーナが聞いたのは学園に入る前の事だった。
学園に入る時の注意事項として父より訓示されたことだった。
それを聞いたときのアルシェリーナの感想は「この国の王家は品がない」だった。
その際に序とばかりに祖父母達の件も聞かされたアルシェリーナは益々王家が嫌いになって、何故学園に入ってから兄のダイサスが王家嫌いになったのかを知ったのだった。
この日手を上げた5人の中には、先日王命で婚約者が決まったアルシェリーナも入っていた。
アルシェリーナが手を上げた時に、クラスの女子生徒達から憐憫の目で見られた事で彼女は泣きそうになった。
生贄その言葉が今のアルシェリーナにはぴったりだろう。
そして皆に見つめられた理由はもう一つある。
ダンスの授業の為に選んだ今日の衣装は、偶々だったが黒に限りなく近い濃紺だったからだ。
ルーカスの髪の色だ。
これはアルシェリーナが選んだわけではない、そもそもドレスは学園でいくつか同じ色の物を置いてある、形は皆一緒だ。
授業の度に順繰りと色を変えていく、今日が本当に偶々この色の日だったのだ。
だけどタイミングが良いのか悪いのか、このドレスを手に取ったときアルシェリーナは思わず溜息が溢れた。
セリナもこの偶然に自分のドレスと交換しようかと思わず申し出る程でもあったのだが、アルシェリーナはそれを断り「どうせ何時かは着るのだから」と諦めた。
ルーカスの髪の色を纏ったアルシェリーナは地味なその衣装にも負けない華やかさを持っていた。
ルーカスと婚約するまでは学園の男子生徒の中では一番の婚約者候補であったのに、今はもうただ気の毒な薄幸の少女として皆に認識されている。
死ぬまでは碌でもない王だったと評判の前国王サイラスは、息女を持つ国内の貴族家全家から素晴らしい遺言を残したと、英断であると死してその名は上がるのだった。