面倒くさい親〜トゥールを迎えに行く前に
「お前に一役買ってもらおうと思って呼んだ」
「一役?」
「廃妃くらいでは気が済まん」
「⋯⋯いや、兄上ちょっと待って!」
「何だ?あ・に・う・え」
ルーカスは表情の全てを失わせて皮肉たっぷりにライアンに言い放った。
子供の姿なのに迫力まであってライアンの心は圧しつぶされそうだったが、王妃の廃妃を漸くなんとか受け入れようと葛藤していたのに、それ以上って何だ?と、もう何が何やらさっぱりで混乱までしてきた。
「兄上、廃妃は決定事項ですよね」
「あぁ」
「それなのに、それだけでも王妃には屈辱ではないのでしょうか?それでも⋯それ以上を望みますか?」
「⋯では聞くがライアン、王妃が今やろうとしている事を聞いてもそう思うか?」
「やろうとしていることですか?」
ライアンはまた王妃が何かの罪を犯そうとしている事に思い至った。
だからこそルーカスがこれ程までの怒りを自分に向けているのだと理解した。
「いえ、兄上もういいです。きっと碌でもない事なのでしょう」
「お前⋯⋯聞けよ!ここで止められたら話す気満々だったのに尻蕾む」
今の今まで無表情を貼り付けていたルーカスの顔が解りやすく“がっかり”しているのを見てライアンは笑ってしまった。
自分の母である王妃の罰の話をしているのに、最早彼の中では他人事になってしまっていた。
「ハハッ、では兄上どうぞ」
右手をルーカスの前に出しながら笑っている弟を見て、ルーカスは不覚にもあまり感じた事のない畏れを少しだけ感じた。
「父上と王妃の《《アレ》》は簡単に言うとじゃれ合いだ」
「じゃれ合い?まさか⋯」
「ふん!王妃は究極のツンデレ、いや質の悪いツンデレだな。最早病んでいる域だ」
「そんな⋯⋯」
「そして父上の《《アレ》》もそうだ」
「えっ?」
「側妃を持った事自体が嫉妬作戦だ」
「なんですって!」
ライアンは国の頂点に立つ二人の為政者がそんなくだらない思考の持ち主だとは俄には信じられなかった。
そしてそれはあまりにも幼稚で、そんな両親を持つ自分の存在すらも恥のような気がしてきた。
「それは真ですか」
「あぁ⋯⋯どうだくだらないだろう?一番の被害者は私の母だ」
「⋯⋯そう、ですね」
それからライアンはルーカスから詳しく事の次第を聞いた。
ダートンとアネトスは想い合っていた婚約者同士だった。
それなのにこうも上手く行かなかったのはお互いが素直じゃなかったからだ。
そして二人の性格にもよるものだった。
何方も所謂『かまってちゃん』なのだ。
素直じゃないかまってちゃんは子供の頃ならそして相手が親なら可愛いだろう、だが二人は親子ではない。
婚約者同士がそれで、周りにちゃんとフォロー出来る側近も居らず、どちらかというとポンコツを従えていた事により、二人は拗れに拗れまくった。
しかもダートンに至っては親の愛すらも良くは感じられず、その性格は思春期も相俟って捻くれまくってしまった。
それを汲み取ってやる慈悲の心をアネトスが持っていれば、少なくともそんな気の利いた者がアネトスの側にいれば良かったが、そんな者は居なかった。
ダートンは親の意趣返しとアネトスに嫉妬してほしくてマリアを巻き込んだ。
アネトスは婚約破棄をチラせつかせながら牽制したが本心はダートンが好きだから、結局は本気で婚約破棄などせずに王妃の座に収まった。
だけれども婚姻後も二人は素直になれず、その満たされぬ心をダートンもアネトスもマリアに求めたのだった。
ダートンは寵愛、アネトスは嫌がらせという形で。
「⋯うわぁ面倒くさい」
ライアンは自分の両親を心底軽蔑するのだった。
「これが普通の貴族家ならまだ途中で修復できたかもしれないがな、王室は特殊だ。其々が一緒に居らず側にいるのは他人ばかりだ。優秀な侍従や側近が何方かに付いていれば、また違ったのだろうがな」
ルーカスの言葉にライアンは頷いた。
「だが二人で、まぁ100歩譲って母上までなら私も目を瞑った、だが昨年辺りから王妃は他貴族を巻き込もうとしている」
「だから廃妃の決断を父上は?」
「まぁそうだろうな、自分の事を省みろと言いたいがな。まぁそういう事だ、今回はトゥールを狙った。トゥールは私の側近だ、それだけでも腹立たしいがそれ以外にも許せぬ事をした」
「そう、ですか。ではお祖父様達は?」
「《《あいつ等》》は王妃の性格を利用して、それを隠れ蓑に王家簒奪を狙ってるのかもな、順当にお前が即位すれば傀儡にできるのに、待てないようだな。私の事情を知らぬから私を脅威に思っているのだろう」
「いや、傀儡って、なりませんよ!」
「そうか?」
それから二人は綿密に今後の打ち合わせを始めた。
そしてその後、ライアンはラガン伯爵家へルーカスはトゥールを迎えに騎士団の牢へと向かったのだった。