怖い兄上
ルーカスは疲れた体をカウチに投げ出して少しの間、微睡んでいた。
昨夜はぐっすりと寝入ってしまい起きたら侯爵家のベッドの上だった。
何時もは体が入れ替わる時、こうやって寝入ってしまってもトゥールがちゃんと離宮へと抱きかかえて連れ戻ってくれるのだが。
「そうだったなトゥールは昨日から来ておらぬ」
のそのそと起き上がると妖精から服をパパッと一瞬で着替えさせられた。
『君の友達、くら~い所に連れて行かれてたよ~』
『ちゃんと綺麗にしておいたから~』
『食事もさせてもらってないよぉひどいねぇ~』
妖精達の報告にルーカスは小さな拳を握りしめた。
それもこれも全て王妃のせいだろう。
あっもう一人元凶が居た。
父である国王だ。
あいつら自分達の争いなのに他を巻き込むなよ!
母上なんて巻き込まれた最たるものだろう。
あの女⋯トゥールにまで手を出した事後悔させてやる!
ルーカスは王妃の一番大事な人⋯ライアンを巻き込む事にしてほくそ笑んだ。
もしこの場に他者が居たならば、その笑顔は“天使の微笑み”に見えただろう。
腹の中は悪巧みでいっぱいの真っ黒クロスケであるのに。
◇◇◇
「兄上⋯」
ライアンの困惑は尋常じゃなかった。
朝っぱらからルーカスより密かに呼び出された、しかもご丁寧に“影”を使って。
この国の“影”は些か特殊である『見るそして報告』これのみの“影”である。
他国の様に密かに護衛などしない、本当に見ていて報告するのみで、こんな風に“使い”など絶対にしないのである。
そして“影”を使えるのは国王のみと聞いていた。
その“影”をルーカスはいとも簡単に従えさせられる事が出来るということをライアンに示した事になる。
今までそんな主張を兄がしたことがあっただろうか?
答えは“否”だ。
それにも関わらずこんな意思表示をするほどの事があったと推察された、よってライアンの胸の内は焦り慄いているのだった。
果たして小さなルーカスはテクテクと文字通りテクテクとやってきた。
対面のソファに座りこちらを見る顔は本当に可愛らしく、そして笑った。
天使の笑みを浮かべたルーカスだったがライアンにはニヤリとして見えた。
思わず目を擦るほど、その笑顔が腹黒く映り愛子じゃなかったのかと背中を汗がつぅーと伝う。
「よく来たな」
─いや、怖い!怖すぎる兄上!─
ライアンの胸は潰れそうだった。
「お呼びと伺いましたので⋯」
「⋯⋯⋯そう怖がらずとも良い」
─いや、怖いんですってば!─
ルーカスの一言一言がライアンを追い詰めていった。