王妃は王妃
「母上を⋯⋯ですか?」
最初に反応したのはライアンだった。
だがセリーヌは王妃と聞くだけで拒絶反応が起きるので、表面的にはライアンが早いが心情的にはセリーヌだったかもしれない。
ただこの時、ダートンは己の配慮の無い物言いに遅まきながら気付いた。
だがもう遅い、綸言汗のごとしである。
「⋯⋯そう、だ」
後悔しながらもダートンは言葉を絞り出した。
目の前のライアンは珍しく逡巡しているようだ、自分の母親を追い込む事に積極的になる子などあまりいない。
あっ、いや隣に居たようだ。
「私に異存はございません」
セリーヌの言葉に驚いたのはライアンだけだった。
彼は聡明である筈だが自分の兄弟に対してはそれは適用されていなかったようだ。
「姉上は⋯あまり考えませんでしたね」
ライアンの疑問にセリーヌは胸が痛かった。
何も知らない幸せな王子に自分の生活を知られていない事にホッともしているし知らしめたい気持ちもある。
相反する気持ちと戦って、勝ったのは後者だった。
「ライアン貴方私と会ったのはいつぶりかしら?」
「えっ?突然如何されました、それは⋯⋯アレッいつですかね」
ライアンは自分の記憶を掘り起こす、きっと毎年あってるはず、姉上の誕生日とか?アレッ姉上の誕生日はいつだった?
私の誕生日には来てくれてるはず、プレゼントが届いていたのは知ってる、アレッでもパーティには来てくださらなかった。
でもお祖父様の葬儀の際には⋯姉上は居なかった。
そうして探った記憶の中からはっきりと思い出せたのは、3年前にあった陛下の戴冠式だと気付いた。
同腹姉弟がそんなにも会えていない事は異例中の異例の様な気がした。
「3年前の父上の戴冠式だったかと思い⋯ま⋯す」
「そんなにも会えない事に違和感はある?」
「は、い」
「3年前も陛下からお声が掛からなければ私は呼ばれていないのよ」
「えっ?」
「王妃が嫌がるの、私を視界に入れるのを」
「そんな、自身で産んだ子ではないですか」
「お聞きなさいライアン、貴方の母は王妃なのです。きっと体中の血すら王妃なのですよ。母ではいられないのです」
セリーヌの言葉にライアンは俯いた。
「だけれど陛下はその王妃を廃すると言っておられます。と云うことは王妃は立場よりも我欲を優先されたということです。ですよね陛下」
「そういうことだ、王妃は少し逸してしまってもう元には戻れない所まで来ている。この国はそれでは駄目なんだ。権力欲は必要が無い、何故なら妖精達が守ってくれているからだ。欲を優先すると争いが起きる、王家がそれを行えば国が乱れるのだ」
ライアンは陛下の言葉をそれまで黙って聞いていたが、少し反論した。
「ですが、母上に変わりはないように思われるのですが、どうして急に廃妃などと言われる事になったのでしょうか」
「今までは陛下が逃げていたからだ。だがちょっと発破をかけられたからな、最近」
ライアンの問にはルーカスが応えた。
発破をかけたのは自身の婚約者であるからその応えの時に、少し頬が染まった。
だが子供の姿で頬を染めたものだから、それはそれは愛らしい男の子で、ライアンはつい可愛いものを見るように目を細めてしまった。
きっと隣に座っていたら頭を撫でていたかもしれない。
「トゥール、二人に証拠を」
廃妃の件でトゥールと陛下の侍従、そしてアルシェリーナの父であるドュバン侯爵、前マリトス公爵等が王妃の所業を纏めた物を示した。
二人はその厚さ2センチ程に及ぶ書類を一頁ずつ必死に捲っていた。すると⋯
コンコンコン
応接室に突然のノックが響き5人に緊張が走った。
ルーカスは先程の部屋へ素早く走る。
それを確かめてトゥールがソォーッと扉を開くとそこには⋯。
「来ちゃった」
アルシェリーナが手にケーキを携えて微笑んでいた。




