頑張って!
アルシェリーナは気絶したが思ったほど長い時間では無かったようだった、何故なら目を覚ました時ダートンがまだ其処にいたからだ。
アルシェリーナはそのままソファに横たえられていた。
ムクッと起き上がると何故か顔に何かが掠った。
落ちたそれを見るとハンカチだ。
額の辺りが濡れた感触があるからきっと其処に置かれていたのだろうとアルシェリーナは推測した。
そのハンカチは彼女がルーカスにプレゼントした物だった、Lの刺繍が見てとれた。
「おぉ大丈夫か?」
一国の王に心配する言葉をかけられてアルシェリーナは恐縮する。
「はい、お見苦しいところをお見せ「今更だ」して」
アルシェリーナの言葉にルーカスが被せて来た。
その声は何処から聞こえてきたのだろうかとキョロリとするとソファの背もたれの向こうから可愛い顔が覗いていた。
アルシェリーナは人差し指を顎に当て暫し考えて状況を分析した。
おそらく気絶したアルシェリーナに心配したルーカスが自分のハンカチを濡らして額に置いてくれた時に自分が目を覚ました、そこ迄推察したところでアルシェリーナの顔は満面の笑みでルーカスを見た。
「殿下ありがとうございます」
起き上がったばかりのアルシェリーナが突然ニヤリ(ルーカスにはそう見えた)と笑った後にお礼を言われて、ルーカスはブルリと震えた。
そこへトゥールが先程とは違うお茶をアルシェリーナに出す。
「気付けに良いと言われるお茶です」
「ありがとうございます」
そのお茶は少し不思議な味がした。
ひとくち飲んで首を傾げるとトゥールが妖精から貰った茶葉と教えてくれた。
─そんな貴重な茶葉を!─
アルシェリーナは感激して尚一層味わいながら飲み干した。
「申し訳ありません陛下、先程の続きをお話させて頂いても宜しいでしょうか?」
ダートンはアルシェリーナの言葉に驚いた。
まだ話しの続きがあるとは思っていなかったからだ。
だが気になるその続きを促すようにダートンは右手でどうぞというように掌を向けた。
「実は、王家の皆様と私達一貴族ではお考えが違うかもしれません、ですが今回ルーカス様の愛子の件を家族と共有する事に決めて、お祖父様の件と合わせて父達にも知らせたのです。その時の父の様子を見て、家族には秘密にすべきでは無いのではと思ったのです」
アルシェリーナの言葉にダートンは自身の事を省みてラクサスの気持ちが痛いほど解った。
何故ならダートンも前国王に愛子の件を隠されそれ故に誤解して、遅めの反抗期の様な奇行に至ったのだから。
まぁ側妃の件はやり過ぎだったと別の意味でも反省はしているのだが。
「そうだな、だがやはりそれは厳選せねばならない、今の側妃には話せない。彼女の周りは“魔窟”だからな」
ルーカスと同じ様な事を言う目の前の男にアルシェリーナは不敬だが少し反発した。
「陛下、失礼を承知でお聞き頂けませんか?」
「⋯⋯許す、不敬には問わない」
ダートンの許しを得たアルシェリーナは少しキツめにその双眸をダートンに向けた。
ダートンは思わずたじろぐ。
「陛下、ルーカス様も陛下も側妃様の居られる場所をさも軽く“魔窟”と仰いますが、それは陛下の怠慢とお解りでしょうか?王妃様やその一派の方々の恨み辛みを全て側妃様が受けてらっしゃる結果なのです。お二人とも側妃様が頭が軽いと仰いますが、そう仕向けてるのは他ならぬ陛下ではありませんか?この機に是非とも改善なさる事をお願い申し上げます。そうでなければルーカス様は何時まで経ってもお母上様に甘える事も出来ないのです!」
アルシェリーナの言葉にダートンは身につまされた。
そうだ、ルーカスは10歳から8年の間、不自由な身体になり好きに母親の元に訪う事が出来なくなった。
それはそもそも側妃の宮をアネトスの好き勝手にさせて来た自分のせいなのだと、遅ればせながらやっとその事にダートンは気付いた(本当に遅い)
「ルーカス⋯⋯すまぬ」
「父上⋯頼ってもよろしいのか?」
滅多に会えない息子は何時も毒舌しか吐かないのに、初めてお強請りされた気分になりダートンの気持ちは高まった。
「父に任せてくれ」
ルーカスは今日初めて父である国王を少しだけ尊敬するに価すると認識して、そして今は頼れる人なのだと感じた。
そんな二人のやり取りを見てアルシェリーナは陛下頑張って!!と不敬にも心の中で応援した。




