選ばれて⋯sideルーカス
ルーカスは齢10歳で妖精達から愛子に選ばれてしまった。
しかも彼の姿形は2つも下げられて見た目もいきなり幼くなってしまったから、愛子になったその日一番最初に見たルーカス付の侍女は悲鳴を轟かせた。
急ぎ呼ばれたのは当時王太子であった父と国王の祖父。
祖父はルーカスの姿を見て涙を溢し始めた。
そして国王自らルーカスを抱きかかえてそのまま離宮へと連れて行き部屋に軟禁されてしまう。
驚いたのはそこへ食事などを用意してくれたりルーカスの世話をするのが、王太子であった事だ。
着替えなどは今迄見かけたことがない侍女がしてくれた。
そうして幾日か過ぎた頃に国王が一人の貴婦人と共にルーカスの軟禁された部屋へと訪った。
祖父は憔悴しきった顔で親友が亡くなったのだとルーカスに告げた。
それがルーカスの前の愛子であるマイケルの死であると説明され自分のこれからを教えられたのだった。
愛子になってからルーカスは妖精達が見え会話が出来るようになっていたから大凡の事は妖精達から聞いていた。
彼らはこの国が大好きだという。
だけど皆自分達に気付いてくれない、話しかけても誰も耳を傾けてくれない。
だから友達が欲しくてその時に一番気に入った子を愛する事にしたのだという。
10歳のルーカスには何故それが自分だったのか妖精に訊ねたが彼らからの答えは「なんとなく」だった。
まさに妖精の気まぐれである。
自分のこれからの不安を妖精にぶつけたけれど
「ごめんね、でも君が生きてる間、僕等の友達になってくれるならこの国を僕達は守るから。それで許してよ~」
と懇願された。
どうして自分がとは思ったが、一度愛子に選ばれたらルーカスが死ぬまで解除されないことを知り、もうその後はルーカスはやけっぱちになった。
離宮のこの部屋に軟禁されて一生このままの姿でいなければならないのだと絶望して物に当たった。
部屋の中は見るも無残に散らかった。
刃物などの危険物は一つも見つけることが出来なくて鋏すらない状況では当たったところで、精々が枕の羽を飛ばすくらいだった。
人に当たりたくても来るのは父と祖父、一人の侍女と喪服に身を包んだ貴婦人だけだった。
それでも彼らが来るたびに悪態を吐いた。
父と祖父と侍女は悪態を吐かれても然程態度を変えることもなく淡々とルーカスを見るだけだったが、貴婦人は違った。
「馬鹿!間抜け!お前らの平和の為に僕はこんなになったんだぞ!敬え!跪け!」
何時もの悪態を放ちふぅーふぅーと興奮するルーカスを彼女はギュッと抱きしめて頬にスリスリしてくる。
そして頭を撫でてルーカスの瞳を覗き込み涙ぐむ。
瞳を除く時、彼女はルーカスではない違う誰かを見てるのだと気付いたのはだいぶ後になってからだった。
半年ほどその状態のまま離宮で生活していたが、ある日祖父が部屋に訪ったその日は何時もと違った。
離宮の別の部屋に連れて行かれた。
その部屋は壁紙はかなり古かったが家具は全て新品で、今迄のマリアの宮で与えられていた部屋よりも遥かに豪奢な部屋だった。
その部屋の壁に2つの本棚が並べられていた。
その一つの本棚の下の段、丁度ルーカスの胸の位置に当たる所に少し厚めの本の背表紙があった。
祖父はそれを指差して「押してみろ」と告げた。
果たしてルーカスが祖父の言う通りにすると、もう片方の本棚が横にスルスルと開いてそこに通路が現れた。
幼いながらも隠し通路だと察したルーカスが祖父を見上げると彼はニヤッと笑い「秘密基地に連れて行こう」そう言って頭を撫でてくれた。
通路は大人が二人は優に通れるほど広く灯りも灯されていたから、少しも怖くなかったし秘密基地というワードがルーカスを刺激して祖父と手を繋ぎワクワクと期待に胸を膨らませ歩いた。
連れて行かれた先には秘密基地などではなく普通の豪奢な部屋でかなり落胆した。
“嘘つき”
置かれたソファに座るように言われて最初に思ったのはそれだった。
すると祖父が手ずからティーセットを持ち出しルーカスに茶を振る舞ってくれた。
懐から少し形の変わった袋を取り出し、ソーサーに開けると中から崩れたクッキーが飛び出した。
周りに飛び交う妖精が「サイラスが作ってたー」と燥ぐ。
「お祖父様が?」
「おぉ妖精から聞いたか!そうじゃ味はマイケルが保証する」
名前しか知らない前の愛子に保証されても同仕様もないが、クッキーはとても美味しかった。
お茶を飲み菓子を頬張りながら、祖父は愛子に選ばれたルーカスを労った。
そして感謝の気持ちを口にした、だがその際本音もチラリと覗かせた。
「妖精達が国を安寧へと導いてくれる。誠にこの国は幸運だ、だがその代償は途轍もなく⋯⋯不憫だ。ルーカスお前に全てを背負わせてしまう。許してくれ」
祖父の旋毛をルーカスはその時初めて見た。
いつの間にかルーカスは泣いていたのだろう、祖父は胸元からハンカチを出して優しく拭ってくれた。
そうしていたら急にスルスルと壁が開き始めた。
そこに呆然と立っていたのはラガン親子だった。