父の思うこと
ルーカスとの初対面からアルシェリーナは生活に毎日花が広がっていた。
通う学園の行き道には儚げな小花、授業中窓外を見ると陽光にキラキラ光る可憐な花、昼休憩時の隠れたベンチの側にはひっそりと咲く寡黙な花、帰り道には夕暮れのオレンジに染められる凛とした花。
それはアルシェリーナの視覚から脳内に映されたときに発生する。
それは決して妖精の不思議な粉の仕業ではない。
人はそれを頭に花畑と呼んでいる現象だ。
アルシェリーナは毎日ウキウキ浮かれていた。
ルーカスにはあれから2度会う機会を設けてもらった。
その度に小さなその体をギュッと抱きしめ、プルプルほわほわの頬をスリスリと堪能する。
ルーカスは容姿も可愛らしいが、その小さな体も可愛らしい。
特に短いズボンからぷわんと見えるあ・し!
あぁ可愛い!
そして口から発せられる毒舌!
そのギャップが堪らない!
今日も就寝前にベッドで微睡みながらルーカスの姿を思い浮かべては自分の体をギュッと抱きしめる。
「ルーカス様おやすみなさい、いい夢を」
最近の彼女の日課であった。
アルシェリーナの新しい扉は殊の外彼女の生活に根付いてしまった。
一方、ルーカスとアルシェリーナの初対面の後、娘の口からラクサスは自身の父親マイケルの真実を知り驚愕した。
ラガン夫人たちは薄々気付いてるのでは?と思っていたようだがラクサスは全く気付いていなかった。
偶に見るマイケルは酒で顔を真っ赤にしてエスカリーナに悪態を吐く姿だったから、もしアルシェリーナの言う通りマイケルが愛子であるならば夫婦揃って国一番の劇団の看板俳優も真っ青な演技派であった。
それほどに夫妻はラクサスに隠し通していた。
アルシェリーナはこの秘密を父だけでなく家族と共有する事を選んだ、それはルーカスからアルシェリーナに一任されていた。
母も兄も父同様口をポカンと空けてショタ正義のアルシェリーナを見ていた。
むしろ愛子よりも娘(妹)のいきなり芽生えた扉の方に呆気に取られていた。
そんな中突如母ミナリーゼが声を上げる!
「あっ!あ~あ~これ?コレの事かしら?」
「母上いきなりどうされました?」
突然の声にダイサスが問うとミナリーゼが夫を見ながら続ける。
「お義母様が亡くなる時に将来理解不能な事が起こったら侍女を訪ねるようにと言ってましたわよね!」
「あっ!そうだった母上は確かにそう言っていたな、ではその遺言がこれの事なのだろうか?」
ミナリーゼが頷くとラクサスがアルシェリーナ達にも共有した。
それは祖母エスカリーナが今際の際に残した言葉だという。
その次の日早速ラクサスはエスカリーナ亡き後、引退した侍女の元を訪ねた。
侍女は長年の功績によりエスカリーナの遺言で王都の端に建てられた屋敷と生涯年金を受け取りひっそりと生活していた。
彼女から渡されたのはエスカリーナの日記であった。
「やっと肩の荷が下りましたわ」
そう言った侍女は昔、母の側で幼いラクサスを暖かく見守ってくれていた頃の微笑みと同じだった。
◇◇◇
エスカリーナの日記には様々な事が記してあった。
日記というよりもマイケル大好き記録表とでも呼ぶような代物だった。
アルシェリーナの扉は祖母譲りだと察せられる。
その日記を読んだドルチェ家の反応はそれぞれであった、ラクサスはがっくり、ミナリーゼはキラキラと目を輝かせ、ダイサスはドン引き、アルシェリーナは⋯。
「これは!私の教本だわ!」
と飛び上がって喜んだ。
エスカリーナのこの本により色々と不明な点が明らかにもなる。
エスカリーナの初恋がマイケルであった事
愛子になったマイケルの窮地を助ける為に王宮にマイケルの為に離宮を建てたこと
(普段マイケルは王宮にいたそうだ)
マイケルの婚約者がショタ姿のマイケルを受け入れなかった事
だから妖精の粉でマイケルの秘密を忘れさせた事
結婚後は毎日2時間だけ(大人の姿)ドルチェ家に帰ってきていた事
主にドュバン家の差配はエスカリーナが日々行っていた事
ドュバン家の身代は全く傾いていなかった事
その為に貯まりに貯まったお金を不自然にならないように王家に渡す為、叙爵した事。
迷ったがラクサスに真実を伝えるのはマイケルの死後にしようと決めた事
ルーカスが次の愛子に選ばれてしまった事
此等の事がマイケルが如何に可愛いかを書き留めながらついでの様に記してあった。
全てを読み終えたラクサスはガックリと肩を落とした。
それもそのはず困窮していると思っていたドルチェ家は全く困窮しておらず隠し財産まで保有していたし、ミナリーゼが選ばれたのも表向き困窮したドュバン家を立て直す為であったが本当はマイケルの秘密がバレても狼狽える事が無い豪胆な性格を買われた事にも驚いた。
そして何よりラクサスが脱力したのは、サイラスがエスカリーナをマイケルに譲る為の交換条件が、ラクサスの命名権であった事だった。
ラクサスの名前は前国王サイラスが命名したものだった。
何故それが交換条件だったのかはサイラスが亡くなっているので彼の真意は解らぬが⋯。
畏れ多い事ではあるがラクサスはマイケルに付けて欲しかったと詮無い事を考え年甲斐も無く寂しく思うのであった。




