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第5話 モブなのに、なぜか王子の目に留まる

ご覧いただきありがとうございます。

今回も、フィオナの〝モブ計画〟に大ピンチが訪れそうなお話です。

頑張れ! フィオナ! くじけるな!!

 週明けの朝、王立騎士学校の大講堂には定例の朝礼のため、全校生徒が集まっていた。

 講堂は明るい朝の光に満ちており、整列した生徒たちの制服の藍色が光に照らされて美しく輝いていた。通常の朝礼では私語も聞こえるものだが、今日は何か特別な雰囲気が漂っているのか、いつもより静かだった。


 壇上には校長を筆頭とする教官陣が並び、厳格な表情で生徒たちを見下ろしている。特にエリク教官の鋭い視線は、隻眼でありながらも騎士学校全体を見渡しているかのように感じられた。


 騎士学校生にとっては恒例の集会だったが、校長の通常の訓示が終わりに差し掛かった頃、突然の発表が告げられた。


「来週、第二王子ロラン殿下が本校を視察される。生徒諸君は最善の姿を見せ、王立騎士学校の誇りを示すよう努めるように」


 校長の声が厳かに響き渡ると、それまで静かだった講堂にざわめきが広がった。


「王子様が!?」

「第二王子って、あの知性派で有名な……」

「何を見せるんだろう?」


 生徒たちの間で興奮と緊張が入り混じった囁きが交わされ始めた。中には顔を紅潮させて王子に会えることを喜ぶ女子生徒の姿も見られる。


 フィオナの表情だけが、周囲の高揚感とは裏腹に暗く沈んでいた。


(なぜこんな時期に……まるで前世の悪夢のよう。一層ただの学生のフリを続けないと……)


 このところマークの事故以来、何かと注目が集まってしまいがちのフィオナは、「目立たないよう」と新たに決意をしていた。

 しかし、王族の視察となれば、学校全体が厳戒態勢となり、誰もが細かく観察される。そんな状況は、彼女にとって最も避けたいものだった。


 朝礼が終わっても、あちらこちらで生徒たちの興奮と緊張が漂っていた。廊下では「何を準備すべきか」「どんな服装が適切か」といった会話が飛び交う。それは教室に戻っても収まる気配はなかった。


 フィオナは一般科の教室に戻る途中、偶然魔法科のリリィと一緒になった。赤いショートヘアが人混みの中でも目立つリリィは、フィオナを見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


「フィオナ、大変よ! 王子様が来るなんて!」


 リリィの目は興奮で輝いていた。彼女の声には乙女心がありありと表れている。


「あなた、王族に会ったことがある?」


 リリィが興味津々に尋ねてきた。彼女の顔は期待と好奇心でいっぱいだった。


「お父様はあるけど、田舎育ちの私は……」


 フィオナは言葉を濁した。辺境の小貴族とはいえ男爵家である以上、王族との接点はなくはない。

 しかし、フィオナは前世の苦い記憶もあって、意識的に王族との付き合いは避けていた。


 古来、エルディア王国では、聖女は神の声を伝える存在であり、正当性の象徴として権力者たちの道具として使われてきた歴史がある。そのため、ある王族派が聖女を擁立すれば、反する別の王族派は聖女を暗殺してでも阻止しようとすることも少なくなかった。前世のセリアもまた、そうした政治的駆け引きの犠牲になりかけた記憶があった。


 思い出すだけで、フィオナの顔から血の気が引いた。


「大丈夫? 顔色が悪いよ」


 一緒に教室に戻っていたマークが心配そうにフィオナの顔をのぞき込んだ。彼の目には純粋な心配の色が浮かんでいた。


「大丈夫。朝礼でずっと立っていたから少し立ちくらみがしただけ……」


 フィオナは無理に笑顔を作って答えた。


「もう、フィオナったら昨日の夜も遅くまで勉強しているから、そうなるのよ」


 リリィがいつものお姉さんモードで小言を言った。彼女は手を腰に当て、まるで妹を叱る姉のような表情をしている。


「まぁ、そういうなよ。頑張り屋の証拠だよ」


 マークがフィオナのフォローをしてくれた。彼はここ最近、フィオナに対して特に優しい態度を取るようになっていた。あの事故以来、彼は何か感じるところがあったのかもしれない。


「はいはい、朝からお熱いのね」


 リリィがからかうように言った。その目は細められ、意地悪な笑みを浮かべている。


「そんなんじゃないから」


 フィオナが真っ赤になって反論すると、リリィは軽く受け流しながら、乙女心全開で独りごちていた。


「私の王子様は、どんな素敵な方かしら? 聡明で博識、理知的な瞳の持ち主って噂よね。まさに理想の王子様……」


 リリィの目はすっかりハートマークになっていた。

 それを見るフィオナは内心で溜息をつきながらも、友人の無邪気な姿に微笑まずにはいられなかった。


  ◇


 第二王子の視察が決まった日から、王立騎士学校はその出迎えに向けて慌ただしく準備が進んでいた。

 廊下は掃除に掃除を重ね、床は磨き上げられて鏡のように光り、窓ガラスも拭き上げられて透明度が増していた。教室や訓練場も念入りに整えられ、庭園の植木は形を整え、花壇には色とりどりの花が咲き誇っていた。


 教官はもちろん、生徒たちも視察に向けての大掃除や視察を受ける実技科目の練習に大忙しで、学校全体がいつも以上の活気と緊張感に満ちあふれていた。


 廊下では生徒たちが小走りで行き交い、実技の練習に励む声や、掃除を指示する声が絶え間なく聞こえてくる。上級生は特に緊張した面持ちで、下級生に指示を出していた。


 フィオナは、当初、「なるべく目立たない係」を志願して裏方に徹しようとしていた。大掃除の担当は一般科の廊下と芝生の手入れ。少しでも人目につかない場所での作業を選んだのだ。


 しかし、昼食後、突然、演武を担当することになっていたエリク教官から呼び出しがかかった。


「リース、教官室に来るように!」


 教官室に足を踏み入れると、エリク教官が窓際に立ち、外の風景を眺めていた。彼の背中からは重責を負った厳格さが感じられた。


「呼び出して申し訳ないが、君に頼みたいことがある」


 エリク教官がゆっくりと振り返り、フィオナを見つめた。その隻眼には期待の色が浮かんでいた。


「君の基本動作はとても美しい。それは誰が見ても分かることだ。ぜひ王子視察の際の模範演武を担当してほしい」


 突然の指名にフィオナは頭がくらくらした。まさか自分が「模範」として選ばれるとは思ってもいなかった。むしろ避けるべく努力していたことだ。


「私なんかよりも、もっと上手な人がいるはずです。上級科にはもっと優秀な方が……」


 フィオナは全力で断りを入れた。その声には取り乱した様子が滲んでいた。


 しかし、エリク教官は再考する気配もなく、厳しい表情で「命令だ」と一言告げるのみだった。その目は議論の余地がないことを明確に示していた。


(どうして私が……これでは目立ってしまう……せっかく「モブ人生」を築き始めたのに……)


 途方に暮れるフィオナであった。空虚な目で窓外を見つめ、エリク教官の命令に対する対策を必死で考える。

 しかし、良い解決策は思い浮かばなかった。


  ◇


 王立騎士学校の訓練場の一角、夕暮れ時の静かな空間にフィオナとレオンの姿があった。

 斜めに差し込む夕日の光が、二人の影を長く伸ばしていた。訓練場には他の生徒はおらず、二人だけの空間となっていた。


 フィオナは模擬演武のパートナーとなったレオンから練習に呼び出されたのだった。模擬演武の当日、フィオナは一般科、レオンは上級科の代表として王子の前で演武を披露することになっていた。


(ただでさえ演武に出たくないのに、よりによって相手がレオン先輩だなんて……)


 フィオナはますます憂鬱になっていた。レオンは彼女の正体に対して鋭い洞察力を持っているようで、一緒に演武をすれば、その実力の片鱗を見せてしまう危険性があった。


 レオンは静かに木刀を構え、フィオナに向き合った。彼の凛とした姿勢からは、騎士としての真摯さと誇りが感じられた。


「基本の型から始めよう。僕の動きに合わせて」


 レオンの動きは完璧だった。流れるような優雅さと力強さを兼ね備え、一つ一つの所作に無駄がない。まさに上級科の首席たる実力の持ち主だった。


 フィオナはそれに合わせて動くが、わざと下手に見せようと努力した。足を少しもつれさせ、剣筋を不正確にし、リズムを崩そうとする。


 しかし、前世での実践経験で身体に染み付いた動きは隠し切れなかった。不思議と二人の呼吸が合ってしまい、フィオナはますます辞退したい気持ちに駆られた。


 数回の型を繰り返した後、レオンが突然木刀を下ろした。彼の鋭い灰色の瞳がフィオナをじっと見つめる。


「もっと自然に動いていい。力を抑えているだろう?」


 レオンの声は穏やかだったが、その目は鋭く、フィオナの芝居を見抜いているようだった。


「私はただのEランクです。これ以上は上手くはできません……」


 フィオナは視線を逸らし、ひたすら実力を隠そうと葛藤していた。彼女の声は小さく、震えていた。


「目を見ればわかる。君は何か隠しているんじゃないか?」


 レオンがしつこく迫ってきた。彼の表情には単なる疑いではなく、何か深い関心が込められているようだった。


 フィオナは表面上聞こえなかったフリをして、再び木刀を構えた。

 しかし、内心では様々な感情が渦巻いていた。


(……あなたこそ、何者なの? ただの上級生? それともまたしても私を縛る存在?)


 フィオナの中ではレオンに対する警戒心が一層強まるのだった。同時に、彼の中に何か懐かしいものを感じる不思議な感覚も否定できなかった。


「すみません、もう一度、練習をお願いします」


 フィオナは素直に謝り、練習を再開した。レオンは一瞬考えるような表情を見せたが、すぐに木刀を構え直した。


 夕暮れの訓練場に、二人の木刀が打ち合う音だけが響いていた。


  ◇


 第二王子視察の当日となった。

 早朝から王立騎士学校は異様な緊張感に包まれていた。普段は生徒の賑やかな声で満ちる校舎も、今日は厳粛な空気が支配していた。制服を正した生徒たちが静かに集合場所へと向かい、教官たちも普段以上に厳格な表情で指示を出していた。


 王立騎士学校の中央広場には、左右に儀典兵と旗持ちが整然と並び、赤と金の王国旗が微風にそよいでいた。空は晴れ渡り、まるで王族の来訪を祝福するかのような美しい青空が広がっていた。


 そんな厳かな雰囲気の中、ついにロラン王子が従者を伴って歩いてきた。


 ロラン王子は二十代前半と思われる若さながら、落ち着いた風格を漂わせていた。灰金色の髪は風になびき、青みがかった瞳は知性に満ちている。王族の衣装は華美ではなく、むしろ質素とも言えるほど洗練されており、その手元には常に携帯しているという書物が覗いていた。


 聡明で穏やかな印象で、王族らしからぬ親しみやすさがある人物であったが、王族と初めて接する生徒も多く、整列する生徒たちには緊張感が漂っていた。


 フィオナも目立たないような控える立ち位置を確保して、意識的に存在感を消すことに注力していた。列の後方、なるべく視界に入らない場所に立ち、目線を下げ、息をひそめるようにしていた。


 王子が近づいてくると、校長が深々と頭を下げて出迎えた。


「ロラン殿下、本日は王立騎士学校にお越しいただき、光栄に存じます」


「こちらこそ、貴校の教育に関心を持っておりました。よろしくお願いします」


 王子の声は柔らかいながらも、芯のある響きを持っていた。生徒たちの間から小さな感嘆の声が漏れる。

 簡単な挨拶の後、ロラン王子は生徒たちを前に短いスピーチを行った。


「諸君の成長が王国の未来を支えることになります。どうか誇りを持って学んでほしい。私も諸君の活躍に期待しています」


 その言葉には真摯さがあり、形式的な挨拶ではなく、本当に若者たちの成長を願う気持ちが込められているようだった。


「では、さっそく生徒たちの演武をご覧に入れます」


 校長が打ち合わせ通り視察日程を進めた。


「それは楽しみです」


 ロラン王子は、書物を片手に優しい微笑みを浮かべた。その表情には本当に楽しみにしている気持ちと、同時に何か探し求めているような色も混じっていた。


(早く終わって、いつもの平穏な日常に戻りますように……)


 フィオナは心底そう願うのであった。彼女の手には微かな汗が滲み、唇は緊張で乾いていた。


  ◇


 王立騎士学校の訓練場には、豪華な装飾で飾られた観覧席が作られていた。赤い布で覆われた特別席と、一般生徒向けの簡素な木製ベンチが、整然と並べられている。


 ロラン王子は観覧席の中央に座り、その両脇には解説を担当する教官たちが控えていた。一般の生徒も観覧席に座り、模擬演武の開始を今か今かと待ち構えていた。彼らの間には、期待と興奮の囁きが飛び交っていた。


 訓練場の中央には、この日、模擬演武を担当するフィオナとレオンの姿があった。二人は正装の剣術着を身につけ、王子に向かって深々と礼をした。


 フィオナの銀髪は控えめに後ろで結ばれ、青い瞳は緊張で揺れていた。レオンは凛とした表情で、完璧な姿勢を保っていた。


 二人の模擬演武が始まった。

 最初は基本の型から、徐々に複雑な動きへと移行していく。木刀が空気を切る音と、足さばきの軽い音だけが訓練場に響く。


 しかし、ロラン王子は先ほどの「楽しみにしている」という言葉とは裏腹に、手元の書物に目を落とし、模擬演武にはさして関心を示していないようであった。彼の視線は本の行間を追い、時折メモを取る仕草をしていた。


 訓練場の中央では、フィオナが目立たないように必死に押さえた動きをしていた。彼女は力を入れすぎず、かといって下手すぎず、まさに「Eランク相応」の実力を演じようとしていた。


 だが、演武が進むにつれ、レオンの動きが徐々に変化し始めた。彼の木刀はより鋭く、より速く、フィオナの反応を試すかのようになっていく。


「素の動きを見せて」


 レオンが小声でフィオナに言った。彼の灰色の瞳には挑戦的な光があった。


「できません……」


 フィオナは緊張した表情でそう返した。彼女の声は震え、額に冷や汗が浮かんでいた。


 すると、レオンの剣がフィオナの実力を引き出すような動きを始めた。通常の型を外れ、予測不能な角度から繰り出される一撃一撃は、本能的な反応を引き出すよう計算されていた。


 フィオナは、その動きを押さえようとすればするほど、かえって自然な動きが出てしまう。彼女の体は前世の戦闘経験を思い出し、流れるような優雅さと精密さで応じ始めた。


 二人の演武は次第に美しい舞のようになっていった。木刀が交差する度に、力強さの中にも洗練された美しさが垣間見える。それはもはやEランクの学生のものではなく、熟練の剣技だった。


 観客の誰もがフィオナとレオンの力強くも美しい演武に魅入られていった。最初は私語もあった観覧席も、今や水を打ったように静まり返っていた。


 その雰囲気を感じたのか、それまで手にした書物に目を落としていたロラン王子も、ふと顔を上げた。彼の青みがかった瞳がフィオナとレオンの演武に釘付けとなる。


 王子はゆっくりと本を閉じ、演武を見つめる目は次第に真剣さを増していった。特にフィオナの動きに、彼の視線は集中していた。


 息を呑むような美しい演武が終わると、観客の誰もが拍手をすることさえ忘れ、訓練場は不思議な静寂に包まれた。その静寂は、ありふれた学生演武を超えた何かを目撃したという共通認識から生まれていた。


 ロラン王子も当初は微動だにしなかったが、すぐに何かを感じ取ったような表情をして立ち上がり、フィオナとレオンに対して拍手を送った。それが合図となり、訓練場は観客席の教官や生徒の割れんばかりの拍手の渦に包まれた。


「見事な演武でした」


 王子の言葉は単なる賛辞を超えた、何か深い認識を含んでいるように聞こえた。


  ◇


 演武を終えたフィオナとレオンは来賓や観客に丁寧なお辞儀をした後、訓練場後方に退場していった。二人とも緊張から解放され、ホッとした表情を見せていた。


「ありがとう、助かったよ」


 レオンがフィオナに向けて微笑んだ。それは彼がこれまで見せたことのない、柔らかな表情だった。


「私こそ……ご迷惑をおかけしました」


 フィオナは目を逸らし、小さな声で返した。彼女の心の中は複雑な感情で満ちていた。演武自体は成功したものの、本来の実力を見せすぎたという後悔もあった。


 そこにロラン王子が従者が遅れるのも構わず、人混みを縫って近づいてきた。彼の表情には好奇心と、何か大切なものを見つけたような喜びが浮かんでいた。


 フィオナは王子の接近に気づき、身を硬くした。逃げ出したい気持ちを抑え、礼儀正しく立ち尽くす。


「リースさんと言いましたね。とても美しい演武でした」


 ロラン王子がフィオナに話しかけた。彼の声には純粋な感嘆と同時に、何か探るような響きもあった。


「……恐縮です」


 フィオナは恥ずかしそうに一礼した。彼女の心臓は早鐘を打ち、手は微かに震えていた。

 ロラン王子はさらに近づき、周囲に聞こえないよう声を落とした。


「あなたの中に、微かな光を感じます」


 ロラン王子が耳元でフィオナだけに届く声で告げた。その瞳は真摯で、嘘や冗談ではないことが伝わってくる。

 フィオナの体に電撃が走ったかのように、彼女は硬直した。「光」という言葉は、聖女の力を示す表現に他ならなかった。


「……何のことでしょうか?」


 フィオナが動揺しながら答える。彼女の声は震え、青い瞳には恐怖の色が浮かんでいた。


 ロラン王子はその反応を見て、さらに確信を深めたかのような表情を見せる。しかし、彼は穏やかな微笑みを浮かべ、フィオナを怯えさせないよう配慮しているようだった。


「いつか、お話しする機会があればと思います。焦る必要はありません」


 そう言い残すと、ロラン王子は微笑みながら立ち去った。彼の後ろ姿は優雅で、しかし威厳に満ちていた。

 フィオナはその場に立ち尽くしたまま、震える手で胸元を押さえた。


(見抜かれた……? でも、王子は敵なの? 味方なの?)


 彼女の心は不安と疑問で一杯だった。


  ◇


 同じ日の夜、王都の中心部にそびえる大神殿。

 とある神殿の一室に神殿高官がいた。室内は神殿らしい荘厳な装飾が施されていた。壁には古の聖女を描いた壁画が広がり、床には精巧な魔法陣が刻まれている。


 高官は白と金の公式ローブを身にまとい、窓際に立っていた。彼の厳かな雰囲気が燭台の瞬く光と相まって「光の神官」としての威厳を一層醸し出していた。


 窓からは王立騎士学校の遠景が見え、高官はその方向を物思いに沈むように見つめていた。


 そこへ王宮から火急の使者が訪ねてきた。使者は息を切らせながらも、礼儀正しく一礼した。


「申し訳ありません、夜分に参上いたしました。王子様より緊急の伝言がございます」


 王族直々の依頼に緊張した面持ちの使者が告げた。


「ロラン王子から? 何事か」


 高官は窓から離れ、使者に向き直った。その表情には権威と同時に、好奇心も浮かんでいた。


「王子が……〝光を感じた〟と」


 使者の言葉に、高官の目が見開かれた。


「次の聖女が現れたと? 300年ぶりにか?」


 高官は驚きを隠そうともせずそう尋ねた。彼の声には興奮と同時に、警戒の色も混じっていた。


「まだ確証はありませんが、王立騎士学校の生徒に、聖女の兆候を示す者がいるようです。調査が必要だと王子が……」


 使者が返答する。


「聖女となれば、神殿の管理下に置かねばなりませんね。300年前の大聖女セリアのように」


 高官は厳しい表情でそう告げるのだった。彼の眼差しには、権力を手にする機会への期待と、古来からの宗教的権威を守る決意が混在していた。


「王子はその点について、別のお考えをお持ちのようで――」


 使者が言いかけたが、高官に遮られた。


「聖女は神の声を伝える存在だ。世俗の権力者の下に置くわけにはいかない」


 高官の声には譲歩の余地がないことが明確に表れていた。彼は再び窓に向かい、暗闇の中に浮かぶ騎士学校の灯りを見つめた。


「調査を進めよう。もし本当に聖女が現れたのであれば……」


 彼の言葉は希望と野心に満ちていた。聖女の出現は、彼にとっても、神殿にとっても、大きな力の源となる可能性を秘めていたからだ。


 一方、王立騎士学校の女子寮では、フィオナが窓辺に座り、同じ夜空を見上げていた。彼女の瞳には不安と決意が交錯していた。


(隠れ続けなければ……でも、どこまで隠れられるのだろう)


 フィオナの心に、かつてない危機感が忍び寄っていた。

お付き合いありがとうございました。

とうとう聖女の天敵ともいえる王族と神殿のどちらにも目を付けられたフィオナ。

果たしてこの絶体絶命のピンチを切り抜けて、夢の“モブ生活”を送られる日は来るんでしょうか?

次回もお楽しみに!

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