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第2話 魔力量E評価、演技成功!

ご覧いただきありがとうございます。

今回は冒頭からいきなり魔力全開!?のお話です。

 エルディア王国の辺境にある地方魔力測定所――小さな神殿風の建物の中で王立学校への入学に備えた魔力測定が行われていた。

 石造りの古い建物の中は、ほの暗く厳かな雰囲気が漂っていた。壁には「魔力は神の恵み」「力は義務を伴う」といった格言が刻まれた石版が掲げられ、床には魔法陣が描かれていた。その中央に一人ずつ生徒が立ち、魔力を測定するという儀式めいた光景が広がっていた。


 魔力測定を行う三人の魔法士の前には、フィオナをはじめ数人の少年、少女が緊張した面持ちで順番を待っていた。その多くは近隣の貴族の子女たちで、彼らはどこか自信に満ちた表情を浮かべていた。互いに声を潜めて会話をする者や、直前の確認のように魔法の手順を口ずさむ者もいた。


 対照的に、フィオナは静かに順番を待っていた。表面上は平静を装っているが、その胸の内では緊張が高まっていた。


(これが最初の試練ね。ここで目立たなければ、計画は順調に進むはず……)


 フィオナの前に並んでいた少年が測定を終え、満足げな表情で戻ってきた。どうやら良い結果が出たようだ。


「次は、リース男爵家のフィオナ嬢」


 測定官の呼びかけに、フィオナはゆっくりと前に進み出た。

 彼女の銀髪が暗い室内でほのかに光っているかのように見えた。


「さあ、お嬢さんの番だ。リラックスして、水晶に軽く触れてごらん」


 測定官たちの前に置かれた測定器――魔力を可視化する水晶玉をフィオナは凝視しながら、体の中から溢れ出す強大な魔力をグッとこらえるのを意識した。


(セラス、しっかりアシストするのよ)


 フィオナは精霊セラスに命じながら、恐る恐る水晶にそっと手を触れた。

 その瞬間、水晶の輝きが鮮やかになった。まるで内側から太陽の光が放たれるかのような、眩い光が室内に広がる。


「おや?」


 フィオナを担当する測定官が眉をひそめた。その表情には明らかに驚きの色が浮かんでいた。他の測定官たちも顔を見合わせ、何か異常があったことを悟った様子だった。


(魔力を隠す……最小限にする……Eランクに見えるように……)


 フィオナが力を込めて念じると、水晶の輝きがみるみる消えて静かになった。その変化の速さに測定官たちは再び驚きの表情を見せた。


「……Eランクですな。一瞬いけると思いましたが、ご期待に添えず申し訳ないね」


 他の少年、少女が軒並み上位ランクの測定結果となったことを気にしたのか、測定官が残念そうな顔をしながらフィオナに結果を告げた。測定官の眼差しには、わずかな疑念も混じっていたが、それほど深く詮索する様子はなかった。


「そ、そう……ですか」


 フィオナは表面上は落胆した表情を見せる。目を伏せ、肩を落とし、失望したように唇を噛む――それはまるで舞台役者のような完璧な演技だった。


 しかし内心では大喜びして気が抜けた瞬間――。

 フィオナが触れていた水晶が再び輝きだし、今度はさらに強い光を放って室内を七色の帯で彩った。まるで虹のような美しい光景が広がる。


「おお、これは——」


 満面の笑みで筆頭測定官の老魔法士が声を上げかけた。

 みるみる顔から血の気が引いていくのがフィオナ自身もわかるほどの絶望が押し寄せた。


「い、いやー!」


  ◇


 ベッドの上に横になってうなされていたフィオナは自分の声に驚いて突然目を覚ました。

 額には冷や汗が浮かび、呼吸は荒くなっていた。


「よかった、夢かぁ」


 ベットの上で上半身を起こしたフィオナは胸をなで下ろし、深呼吸をした。

 昨日、無事に魔力測定を終え、予定通りEランクという評価を受けたことが現実として認識できた。あのような失敗の夢を見たのは、それだけ彼女が緊張していた証拠だろう。


(もうこりごりだわ。あんな緊張、二度と味わいたくない)


 フィオナは窓の外を見た。朝日が地平線から昇り始め、新しい一日の始まりを告げていた。小鳥のさえずりが聞こえ、新鮮な空気が窓から流れ込んでくる。


「フィオナお嬢様。お茶のご用意ができました」


 廊下からメイドの声が聞こえた。


「ありがとう。すぐに行くわ」


 フィオナはそう答えると、身支度を整え、紋章の入った封筒を手にテーブルに着席した。居間のテーブルには温かいハーブティーと軽い朝食が用意されていた。


 フィオナは王立騎士学校から届いた案内書を広げて読み始めた。封筒の封蝋には、剣と盾が交差した騎士学校の紋章が押されており、中から取り出した案内書は厳かな雰囲気を漂わせる高級紙に印刷されていた。


 案内書には、科目、制服、寮制度などの学校制度の説明が詳細に書かれていた。


『王立騎士学校は、エルディア王国の柱石たる騎士を養成する名門校である。上級科(Sランク〜Aランク)、魔法科(Bランク〜Cランク)、一般科(Dランク〜Eランク)の三科に分かれる。

上級科は将来の騎士団幹部、地方防衛軍指揮官を、魔法科は戦術魔導士を輩出してきた。一般科は基礎訓練が中心で、卒業後は地方防衛や農村医療に従事することが多い。

原則、寮生活が義務づけられており、生徒同士の連帯感を育み、騎士としての自律心を養うものである。』


 さらに読み進めると、開講式の日程、必要な持ち物、制服の詳細まで細かく記載されていた。特に一般科の生徒には、質素ながらも機能的な濃紺の制服が支給されるとのことだった。


(一般科なら目立たずに卒業できそう。農村医療というのも、私の適性に合っているかも)


 フィオナはそう呟くと、誰にも気づかれずに静かに生きようと改めて心に決めた。

 ハーブティーをゆっくりと飲み、朝食のパンケーキを口に運びながら、彼女は王都での新しい生活に思いを馳せた。不安もあったが、それ以上に「計画通りに進んでいる」という安堵感の方が大きかった。


  ◇


 出発の日がやってきた。

 朝靄に包まれたリース男爵家の中庭にはフィオナの見送りのために男爵夫妻、縁者、それに使用人たちが集まっていた。黄金に輝く朝日はフィオナの門出を祝っているように美しかったが、当のフィオナといえば、地味な目立たない服装に必要最小限の持ち物といった出で立ちであった。


 荷物は一つの小さなトランクにまとめられていて、一般的な貴族の子女が王都の学校に行くときに比べればかなり質素だった。ただ、中には慎重に選んだ本、日記帳、そして母親からの贈り物などが大切に収められていた。


「これは護身用よ。何かあったら……」


 セリーヌ男爵夫人がフィオナに小さなお守り袋を手渡した。それは青い布で作られた袋で、中に何か硬いものが入っているようだった。「必要になったときに開けなさい」と母は言う。


「ありがとう、お母様」


 フィオナはお守りを受け取り、大切そうに胸ポケットにしまった。


「しっかりと学んで、自分の道を見つけておいで」


 そういうとリース男爵は愛娘を大きな両腕で優しく抱きしめた。彼の声には暖かさと同時に、わずかな寂しさも混じっていた。


「はい、お父様、お母様」


 フィオナは両親に笑顔を見せた。


(これからも平穏な日々を、必ずつかみ取ってみせるわ)


 フィオナは内心そう誓っていた。他の人には見えない場所で、彼女の手のひらが一瞬だけ淡く光った。それは決意の証のようでもあり、セラスの存在を感じさせるものでもあった。


「フィオナお嬢様、お体に気をつけて」

「素敵なお友達ができますように」

「困ったことがあったら、すぐに手紙をくださいね」


 使用人たちも口々に見送りの言葉をフィオナにかけていた。彼らの表情には、本当の家族を見送るような愛情が溢れていた。


 フィオナはリース男爵家の人々に見送られて王都行きの馬車へと乗り込んだ。馬車は贅沢な造りではなかったが、十分に快適で、長旅に耐えられるようになっていた。


「みんな、行ってきまーす!」


 フィオナは馬車の窓から手を振った。彼女の笑顔は明るく、希望に満ちていた。しかしその瞳の奥には、これから始まる演技の日々への覚悟も垣間見えた。


 御者が手綱をさばくとフィオナを乗せた馬車はゆっくりと王都へ向かって動き始めた。車輪が砂利を踏む音が静かな朝の空気に響く。やがて馬車は男爵家の敷地を出て、王都への街道へと入っていった。


  ◇


 王都への道は思ったより長く感じられた。馬車の窓から見える景色は、最初は見慣れた田園風景だったが、やがて交通量が増え、道行く人々の服装も華やかになり、王都に近づいていることを感じさせた。


 フィオナは時折小さな集落を通過する際、そこに住む人々の生活を垣間見ては物思いにふけった。前世の記憶の中には、辺境の村で疫病と戦った日々がある。自分の力で人々を救いたいという気持ちは、今でもフィオナの中に息づいていた。

 しかし同時に、その「使命感」が自分を縛り、最終的に命すら奪われた痛みの記憶もある。フィオナは両方の感情を抱えながら、しかし「目立たない人生」を選ぶ決意を新たにしていた。


「フィオナお嬢様、まもなく王都です」


 御者の声に馬車の中でウトウトしていたフィオナは目を覚ました。車窓に身を乗り出すと、遠くに大きな城壁と、その中に建ち並ぶ白い建物群が見えてきた。フィオナは思わず声をあげそうになるほど圧倒された。


 馬車の窓から見える王都は想像以上に壮大だった。白い建物が幾何学的に並び、中央付近には神殿の尖塔が天を突く勢いで立ち上がっていた。


 城壁を通過すると、さらに驚かされた。王都の通りにはたくさんの人々や馬車が往来しており、色とりどりの衣服を着た商人、貴族、職人、そして彼らを守る衛兵たちで溢れていた。道端には露店が並び、香辛料や焼きたてのパンの香りが漂っていた。フィオナが思わずお祭りでもあっているのかしらとさえ思うほどの賑やかな街並みだった。


「こんなに人がいるなんて……」


 フィオナは小声で呟いた。前世での荒廃した王都の記憶とこれまで辺境の静かな男爵領でしか生活したことがなかった彼女にとって、この喧騒と活気は新鮮そのものだった。


 馬車が目指す王立騎士学校に近づくと、周囲の景色が変わり始めた。住宅街や商店街から、広々とした公園や整然とした官庁街へと移り変わる。そして遂に、丘の上に騎士学校の全容が見えてきた。


 高い塔、石造りの校舎、広大な訓練場を持つ荘厳な姿が眼下に広がっていった。壁には王国の紋章が掲げられ、門前では制服を着た生徒たちが行きかっていた。


 馬車は最後の登り坂を上がり、騎士学校の正門前で止まった。


「到着しましたよ、お嬢様」


 御者が馬車のドアを開け、フィオナが降りるのを手伝った。


「ありがとう。お父様とお母様によろしく伝えてね」


 騎士学校の正門前で、御者にそう伝言をすると、フィオナはこれから通うことになる騎士学校を前にして大きく深呼吸をした。彼女の周りでは、他の新入生と思われる若者たちが次々と到着し、中には家族に付き添われている者もいた。


(ここで三年間、誰にも気づかれず、平凡に過ごそう)


 フィオナは手を胸に当てた。母からもらったお守りの感触が、彼女に勇気を与えた。


(この広い学校の片隅で、空気のように生きよう)


 そして思いを新たにするのだった。

 ただ、フィオナの意図とは裏腹に、彼女の美しい銀髪と際立つ容姿は、すでに周囲の目を惹いていた。


「ねぇ、あそこに立っている銀髪の子、綺麗な子だね」

「あのドレス、地味だけど品があるよね」

「どこの家の令嬢なんだろう?」


 そんなフィオナの埋もれようとする意識とは反対に早くもそんな囁き声が聞こえていた。

 そしてフィオナ自身も誰かに見られているような違和感を感じずにいられなかった。


 その視線の先にいるのは、正門の傍らで佇む一人の少年だった。黒髪に灰色の瞳を持ち、上級科の制服らしい銀の刺繍入りの制服を身につけていた。彼は一瞬フィオナに目を向けると、まるで何か気付いたように瞳を細めた。しかし、フィオナが彼の方を見る前に、少年はすぐに視線を外して学校の中へと姿を消した。


 フィオナはそんな人物の存在にも気づかず、ただ新しい生活への一歩を踏み出すことだけに集中していた。

お付き合いありがとうございました。

フィオナの〝モブ計画〟、本当にうまくいくんでしょうか……。

次回もお楽しみに!

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