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第11話 噂の真相は、聖女?

ご覧いただきありがとうございます。

今回は、フィオナが噂で持ちきりになってしまうお話です。

 夕日が王立騎士学校の窓から差し込み、教官室内を橙色に染め上げていた。長い影が床に伸び、静かな緊張感が漂う中、マルレイン教官とエリク教官がフィオナについて真剣な表情で話し合っていた。

 

 マルレインはデスクに広げた古文書と、自らの記録を照らし合わせながら、金色の眼鏡を上げて言った。

 

「回復魔法に光の魔法……300年の記録と完全に一致します」

 

 日頃は慎重なマルレインも学者としての興奮を抑えきれず、頬を紅潮させながら話した。彼女の金髪が夕陽に照らされ、まるで彼女自身が聖女のような輝きを放っていた。

 

「だが、フィオナ・リースは魔力Eランク判定だ。どうやったら高位の魔法を使えるのか……」

 

 エリクは窓辺に立ち、他の生徒たちと会話するフィオナの姿を見ながら、冷静に実務的な懸念を呈した。彼の隻眼には鋭い観察力が宿り、銀髪は夕日に照らされて一瞬だけ柔らかな印象を与えた。

 

「意図的に隠している可能性が高いわ。問題は、なぜ隠すのか……」

 

 マルレインが小さなため息とともに答える。彼女は学者として真実を追究したい気持ちと、一人の教師として生徒を守りたい気持ちの間で揺れているようだった。

 

「王家や神殿が動き出せば、彼女の平穏は終わる」

 

 エリクが保護者的視点から言った。彼の声には、過去の何かを思い出すような、かすかな苦みが混じっていた。

 

 二人の会話から浮かび上がる「聖女の特徴」は、徐々にフィオナの姿と重なっていく。驚異的な回復能力、光の魔法の使用、異常なほどの魔力制御――それらはすべて伝説の聖女セリアと一致していた。

 

「あの子の魔力波動が異常なのは最初から感じていました」


 マルレインが言った。


「でも、あれだけの才能を持つ少女が、なぜ最下位のランクに甘んじているのでしょう」

「恐れているんだろう」


 エリクは窓から離れ、マルレインの机に近づいた。


「聖女という称号が、彼女にとって祝福ではなく、呪いだとしたら……」

「呪い?」

「ああ。歴史上の聖女たちの末路を考えてみろ」

 

 マルレインは唇を噛んだ。歴史書には記されない聖女たちの真実の運命について、彼女は十分すぎるほど知っていた。


  ◇

 

 王立騎士学校の校長室。普段であれば厳かな雰囲気の部屋に、今日は異例の訪問者がいた。深い青色の衣装に身を包み、知的な雰囲気を漂わせる第二王子ロラン・エルグレアが、応接用の椅子に優雅に腰掛けていた。

 

 学校側関係者として校長と共にマルレイン教官が同席していた。公式訪問とは異なる私的な会談の雰囲気の中、灰金色の髪をなびかせた王子は、フィオナについての情報を求めていた。

 

「あの日、確かに〝光〟を感じた。聖女の可能性を探りたい」

 

 ロラン王子が視察時に見たフィオナの演武での出来事を話した。彼の声は穏やかでありながら、芯のある響きを持っていた。常に本を持ち歩くという王子の手には今日も一冊の書物があり、そのページの間に細い栞が挟まれていた。

 

「殿下、まだ確証はございません。生徒を不用意に不安にさせるようなことは……」

 

 校長が「学校の名誉」と「生徒の保護」との間で葛藤しながら、慎重に答えた。彼の額には細かい汗が浮かび、王族の前での緊張が見て取れた。

 

「強制はしない。彼女の意思は尊重する」


 ロラン王子は穏やかに言った。


「ただ、もし彼女が本当に聖女なら、それは単なる個人の問題ではない。国家の安全にも関わる重大事なのだ」

 

 ロラン王子は知的で冷静な分析に従って発言しており、言葉の一つ一つが重みを持っていた。

 

「彼女が隠す理由……何か恐れているのかもしれません」

 

 マルレインが冷静に学術的視点から答えた。


「歴史上の聖女の記録を調べると、彼女たちの多くは若くして力を使い果たすか、あるいは政争の道具として……」

 

 言葉を濁すマルレインに、ロラン王子は理解を示すように頷いた。

 

「だからこそ、我々は彼女を保護する必要がある。彼女の意思を尊重しながらも、適切な指導と保護を提供したい」

 

 王子の言葉には誠実さが感じられたが、マルレインの心には不安が残った。王族の「保護」とは、時に「軟禁」を意味することもあるのだから。


  ◇

 

 王立騎士学校の一般科の教室。明るい陽光が窓から差し込み、木製の机に座る生徒たちの顔を照らしていた。今日は魔法科と合同で魔法理論の授業が行われていた。

 

 講壇に立つマルレイン教官には、通常の授業を装いながら、フィオナを意図的に試すことが指示されていた。彼女は生徒たちの様子を見渡し、特にフィオナの反応に注意を払っていた。

 

「今日は聖女の歴史について学びましょう」


 マルレインは穏やかに言った。


「聖女の力は〝浄化〟と〝回復〟と言われています。その源泉はなんですか?」

 

 マルレインはフィオナを見て尋ねた。教室内の空気が一瞬だけ緊張する。

 

「……わかりません」

 

 フィオナはそう答えると、マルレインとの視線を意識的に外した。彼女の手元の本を見つめる瞳には、知っていることを隠す苦悩が浮かんでいた。

 

 フィオナには当然知っているのに、答えられないという葛藤があった。前世の記憶によれば、聖女の力の源は「魂の純度」と「慈愛の深さ」にあることを彼女は知っていた。しかし、その知識を口にすれば、自分の正体を明かすことになってしまう。

 

「〝魂の純度〟と古文書にはあります。とても興味深いですね」

 

 マルレインが答えを言った。彼女の視線はフィオナの反応を観察していた。

 

「初めて知りました」

 

 無知なフリをするフィオナ。彼女は精一杯平静を装うが、頬が微かに赤くなっているのがわかった。

 一緒に授業を受けていたミレイナ・クロッツが、黒髪を掻き上げながら小さく呟いた。

 

「彼女、答えられるのに……」 

 

 ミレイナがフィオナに鋭い視線を向けていた。その琥珀色の瞳には、単なる敵愾心ではなく、何かを見抜いた者特有の確信が宿っていた。


  ◇

 

 王立騎士学校の至る所でフィオナに関する噂話が広まっていた。教室の廊下や中庭のベンチ、そして今、食堂の片隅でも。

 食堂の白い柱の陰から、数人の女子学生たちがフィオナを遠く眺めながらひそひそ話をしている。彼女は友人のリリィとマークと共に、いつもの席で昼食をとっていた。

 

「あの子、瀕死の怪我を治したんだって! 森の中で負傷した上級生を一瞬で……」

 

 茶色の巻き毛の少女が興奮した様子で言った。

 

「聖女の力を持ってるって本当? マルレイン先生の授業でも質問されてたよね」

 

 別の女子学生が、憧れと羨望の混じった眼差しでフィオナを見つめながら言った。

 

「でもEランクだよね? 変じゃない? 聖女なら最高ランクのSじゃないと……」

 

 最初は単なる好奇心からくる噂だったが、伝言ゲームのように広がるにつれ、好奇心は畏怖へと変わり始めていた。それに従い、フィオナを避ける学生も現れ、彼女の周りには目に見えない壁が少しずつ形成されていくようだった。

 

「おやおや、人の噂話はそんなに楽しいのかい?」

 

 女子学生の話に、上級生のカイル・フェルナンドが軽い調子で割り込んできた。彼の栗色の髪は午後の陽光に輝き、金色の瞳には茶目っ気が宿っていた。

 

「あっ、カイル先輩……」

「そ、そんなつもりは……」

 

 女子学生たちが懸命に弁明した。カイルの人気は学内でも随一で、彼の注意に動揺を隠せない様子だった。

 

「噂は噂さ」


 カイルは微笑みながら言った。


「でもね、相手の気持ちを考えずにそうやって話を広げると、時に取り返しのつかないことになるんだ」

 

 カイルはフィオナを噂話から守るように笑顔で牽制し、女子学生たちに軽く手を振ると、何事もなかったかのように立ち去った。彼の優しい牽制に、女子学生たちは反論できなかった。


  ◇

 

 王立騎士学校の応接室。重厚な木製の家具と厳かな雰囲気の中、神殿からの使者としてやってきた高官と、学校側の校長とエリク教官が対峙していた。

 

 神殿高官は絢爛な衣装に身を包み、厳格な表情で学校側の説明を聞いていた。彼の胸元には光の神・ルミアの聖印が輝き、部屋の中で最も光り輝いて見えた。

 

「聖女が現れたなら、神の意志により神殿に迎えるべきです」

 

 神殿高官は威厳のある態度を示しながら、聖女は神殿に所有権があると主張していた。彼の言葉は命令というよりも、既定の事実を述べるかのようだった。

 

「まだ確証はありません。単なる噂に過ぎず……」

 

 校長は権威に従うべき立場でありながらも、生徒を守りたい一心で擁護していた。彼の手には薄い汗が浮かび、声には誠実な懸念が込められていた。

 

「ならば、神殿で正式な〝聖女試験〟を受けていただきましょう」

 

 神殿高官が高圧的に言った。彼の目には、議論の余地などないという確信が宿っていた。

 

「生徒の意思は尊重されるべきでは?」

 

 エリクは内心警戒しながらも、冷静に反論した。彼の立ち姿は堂々としており、元騎士団副団長としての威厳を漂わせていた。


「聖女は個人の意思より、神と国家の財産です」

 

 神殿高官は有無を言わせず、そう告げた。彼の口調には断固たる決意があり、300年続く神殿の権威が背後に感じられた。

 

 応接室の窓からは、訓練場で授業を受けるフィオナの姿が見えた。彼女はただの生徒として、懸命に剣術の練習に励んでいる。その穏やかな日常が、もうすぐ終わろうとしていることも知らずに。


  ◇

 

 図書館は午後の静けさに包まれていた。書架が迷路のように並ぶ奥の一角で、フィオナは古い魔法書に目を通していた。その静寂を破るように、レオンが彼女の席に近づいてきた。

 

「お邪魔するよ」

 

 レオンは周囲に誰もいないことを確認し、フィオナの向かいの椅子に座った。

 

「レオン先輩、何かご用ですか?」


 フィオナは本から顔を上げた。

 

「動きが早まっている。王宮と神殿、両方からの使者が来た」

 

 レオンが状況を伝えた。彼の表情には任務と個人的感情に揺れる葛藤が浮かんでいた。「聖女監視官」としての役目と、フィオナへの感情の間で彼は板挟みになっているようだった。

 

 誰もいない図書館の片隅に緊張感が走った。フィオナの手が小さく震え、本のページを握りしめた。

 

「……やっぱり、来たんですね」

 

 諦めの表情をするフィオナ。彼女の青い瞳には、長い間恐れていたものが現実になったという絶望が浮かんでいた。

 

「逃げる考えはないのか?」

 

 レオンが尋ねた。彼の声には公式の監視官としての厳しさはなく、一人の人間としての懸念だけがあった。

 

「どこに行っても、見つかるだけです。前世でも……」

 

 フィオナは言葉に詰まった。彼女は一瞬、自分が何を言おうとしたのか気づき、唇を閉ざした。

 

「前世?」

 

 レオンが鋭く反応した。彼の灰色の瞳が、一瞬だけ驚きで見開かれた。

 

 フィオナは慌てて言い直した。


「ごめんなさい、何でもないです。ただの言い間違い……」

 

 しかし、レオンの眼差しはすでに変わっていた。彼は何かを見つけた猟犬のように、フィオナの表情を注視していた。

 

「いつか、話してくれないか?」

 

 フィオナは答えられなかった。彼女の秘密は、想像以上に深かった。


  ◇

 

 放課後の練習場。西日が差し込み、木製の床に長い影を落としていた。生徒たちが次々と下校していく中、フィオナはエリク教官から呼び出されていた。

 

 エリクは周囲に人がいないことを確認し、片隅に立つフィオナに尋ねた。

 

「リース、正直に答えなさい。君は力を隠しているね?」

 

 エリクの声は低く、しかし明確だった。それは疑問というよりも、確信に満ちた問いかけだった。

 

「……」

 

 フィオナは言葉に詰まった。彼女の銀髪が西日に照らされ、まるで光を放つように見えた。

 

「無理に答えなくていい。だが、覚えておいて欲しい。神殿は明日、君を呼び出すことになる」

 

 エリクの表情には、フィオナについて確信を持つとともに「守りたい」という決意が伺えた。彼の隻眼には過去の傷を思わせる苦みと、それでも前に進もうとする強さが混在していた。

 

「どうして教えてくれるんですか?」

 

 不思議に思い、フィオナが尋ねた。彼女の声には恐れと希望が混じっていた。

 

「昔、守れなかった人がいる。だから、今度は違う選択をしたいと思っただけだ」

 

 エリクは遠い昔を思い出すようにそう答えた。彼の言葉には重みがあり、数十年の時を経た後悔と、それを埋め合わせようとする決意が感じられた。

 

「『聖女試験』は厳しい。だが、君ならきっと……」

 

 エリクは言葉を切った。そして、フィオナの肩に一瞬だけ手を置き、そのまま立ち去った。

 

 残されたフィオナは、西日に染まる練習場に一人立ち尽くしていた。明日、彼女の運命は大きく変わるかもしれない。しかし今は、この静寂の中で自分の決断を固める時だった。

 

 彼女が本当に怖れているのは、自分の力が明らかになることではなく、再び「道具」として扱われることだった。前世の記憶が鮮明に蘇る。あの時は、聖女という称号が彼女から全てを奪った。

 今度こそは、違う道を歩みたい——。

お付き合いありがとうございました。

いよいよ王室と神殿も聖女の確保に動き出してきました。

絶体絶命に陥るフィオナ、騎士学校の面々が守ろうとしてくれていることが唯一の救いです。

次回もお楽しみに!

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