表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

第1話 聖女、転生するけど今度こそ目立ちたくない

はじめまして、ゆうきちひろと申します。

本作『転生聖女ですが、目立つと殺されるので騎士学校ではモブです』は、「力を隠して生き延びたい元・聖女」と「正体を見抜いてしまった騎士候補生」の正体バレ寸前ラブコメ×学園×魔法ファンタジーです。


定期更新を目指しつつ、完結までしっかり書ききる予定です。

よろしければブックマークや感想をいただけると励みになります!

それでは、どうぞお楽しみください。

 約300年前、エルディア王国がまだ群雄割拠していた戦乱期。

 魔族によって操られたルカミール帝国が瘴気兵器を用いて周辺諸国を侵略し、闇の覇王と呼ばれる魔王ヴェリムを頂点とする魔王軍が地上に顕現した時代だった。魔王軍の圧倒的な武力と瘴気によって、多くの国と人々が命を落とし、世界は絶望の淵に立たされていた。

 そんな終末の時代に、ひとりの少女が現れる。人々はその少女を一途の願いを込めて「聖女」と呼んだ。

 

 漆黒の闇に囲まれた魔王城の中心部、王座の間。

 空気は淀み、重く、そこには命を絶つほどの瘴気が満ちあふれていた。常人であればものの数分で絶命してもおかしくない厳しい環境の中、剣士たちの剣と魔族の鋼鉄の爪がぶつかり合って生じる火花だけが、唯一の光として闇を照らしていた。

 

 そんな絶望的な状況の中で、ひとりの少女が静かに祈りを捧げていた。

 銀髪をなびかせ、純白のドレスに身を包んだ少女――彼女こそが人々から「聖女」と呼ばれた存在だった。


 少女の祈りが強まるにつれ、彼女の体から柔らかな光が広がり、周囲の瘴気を徐々に浄化していく。彼女の魔力の光は傷ついた剣士たちの傷を癒やし、彼らの力を回復させていった。

 しかし、その力も無尽蔵ではない。次第に少女の息は荒くなり、顔には疲労の色が濃くなっていく。それでも彼女は祈りを止めなかった。


「もう下がれ! これ以上は危険だ!」


 剣士のひとりが叫んだ。

 しかし、少女はその声を耳にしつつも、祈りの手を緩めなかった。

 魔王の圧倒的な魔力量の前では、聖女の力も通常の方法では太刀打ちできない。

 そして、そのことは少女自身が一番よく理解していた。


「もうこの方法しかないですね」


 少女は静かに目を閉じ、大きく息を吸うと自分に言い聞かせるように呟いた。

 それから目を開き、静かに詠唱を始めると、彼女の体が徐々に輝きだした。

 まるで夜空に瞬く星のように、しかしそれは次第に強さを増し、太陽の如き眩い光へと変わっていく。


「この身に宿る光よ、我が魂とともに我らの敵を封じたまえ!」


 そう詠唱した瞬間、少女を中心に光の疾風が吹き荒れ、王座の間を包んでいた漆黒の闇と瘴気を一蹴すると、魔王に向かって一気に収縮していく。

 魔王の断末魔の叫びが王座の間に響き渡る中、少女の体が一層輝きを増し、徐々にその輪郭が失われていった。


「もし生まれ変われることができたら……次は……穏やかに……生きたい」


 少女の頭にそんな思いが浮かんだかと思うと、真っ白な閃光とともに王座の間の天井が吹き飛び、満天の星空が広がって見えた。


「ああ、綺麗な星空……」


 聖女の最後の意識は魔王とその眷属の姿とともに消滅し、王座の間は永遠の静寂に包まれた。

 

 癒やしと浄化の奇跡をもって世界を救った聖女――その名はセリア・ラ・フィーネ。

 彼女は最後の戦いで、自らの命と引き換えに魔王を封じ、人々に平和を取り戻した。

 その偉業は、今も多くの人々によって語り継がれている。

 伝説として、偶像として、理想として――。


  ◇


 エルディア王国の辺境に居を構える小貴族・リース男爵家。

 田園風景が広がるのどかな農村の片隅にある屋敷では、新しい命の誕生に湧いていた。

 春の爽やかな風が窓から差し込み、生まれたばかりの赤子の産声が晴れやかに響いていた。


「セリーヌ、よくがんばったね」


 当主のアデルバルト・リース男爵は我が子の誕生に破顔しながら、ベッドに横たわる妻をいたわった。

 アデルバルトは真面目で誠実な性格の持ち主であり、辺境の領地を任された小貴族ながら、領民からの信頼も厚かった。


「銀髪に青い瞳、あなたにそっくりよ」


 セリーヌ男爵夫人は疲れた表情にも喜びを浮かべながら、胸に抱く赤子を夫に見せて言った。彼女は優しい物腰の女性で、地元の薬草知識に長けた優れた薬師でもあり、周囲からの評判も良かった。


「優しい目元は君にもそっくりだよ」


 アデルバルトは愛おしそうに赤子を見つめ、そう言った。

 顔を見合わせた二人は、自然と微笑みを交わした。


「健やかに、何事もなく育ってほしいね」

「大丈夫よ。精霊に祝福される夢を何度も見たから」


 セリーヌは確信に満ちた表情で言った。


「だそうだ、よかったね。フィオナ」


 アデルバルトは赤子にそう呼びかけた。

 フィオナと呼ばれた赤子は、まるで自分の名前を理解したかのように、柔らかな笑みを浮かべた。

 その瞬間、窓から差し込む春の光が赤子を優しく包み込んだ。

 

 リース男爵夫妻に愛情をたっぷり注がれ、田舎の自然の中でのびのびと過ごしたフィオナは、特別な才能にこそ恵まれてはいなかったが、健やかでおっとりとした性格の普通の子としてすくすくと育っていった。

 明るい子ではあったが、騒がしいというよりは物静かで、時折何かを考え込むような表情を見せることもあった。

 それでも、両親や使用人たちに可愛がられ、辺境の小貴族の子女として何不自由なく美しく成長した。


 6歳の誕生日の夜、フィオナはリース男爵邸の庭で一人星空を眺めていた。

 夜風は穏やかで、庭に咲き誇る花々の甘い香りが漂っていた。空には数えきれないほどの星が瞬き、神秘的な光景を作り出していた。


「こんな穏やかな気持ちで綺麗な星空を眺めることができるなんて……」


 フィオナはふと呟いた。

 しかし、その言葉を口にした瞬間、彼女は何か違和感を覚えた。

 まるで自分ではない誰かの言葉が、自分の口から出てきたような奇妙な感覚――。


「あれ?」


 フィオナが首を傾げた。

 その瞬間。突然の激しい頭痛に見舞われた。


「頭が……痛い……!」


 頭を両手で抱え、フィオナは膝をつく。

 あまりの痛みに目の前が真っ白になった。

 そして、その脳裏には見覚えのないはずの光景が次々と流れ込んできた。


 ――辺境の農村に疫病が流行り、人々が次々と倒れていく。人々を助けたいという一心で祈り続ける少女の姿。やがて少女も疫病で倒れるが、その時、女神の加護が降り注ぎ、癒やしと光の魔法を自在に操る「聖女」として覚醒する。


 大きな神殿の中央に祭り上げられ、人々の賞賛を受ける少女。しかし、それは彼女自身の意思とは無関係に、王族や神殿によって利用される日々の始まりだった。魔族討伐の名の下、魔王を封印する核として、彼女は供物のように扱われていた。


 そして、自らの命と引き換えに魔王を封印して消えゆく瞬間に見た、あの綺麗な星空――。


「な、なんなのこれ?」


 フィオナは激しい頭痛も忘れ、自分に起きた出来事が理解できずにいた。

 まるで映像を見せられたかのような、鮮明な記憶。

 それは他人のものでありながら、どこか自分自身のものでもあるような、奇妙な感覚だった。


「あなたは思い出したのですね? 大聖女セリアとしての記憶を……」


 どこからともなく、柔らかく優しい声が聞こえてきた。

 フィオナは驚いて周囲を見回した。


「だれ? どこにいるの?」


 しかし、辺りには誰の姿も見えなかった。

 ただ、フィオナの周りにほのかな光が宙に漂っているように感じられた。


「私は……セラス。前世であなたに仕えていた精霊よ」


 光が淡く瞬きながら、そう答えた。


「精霊?」


 フィオナは困惑した表情で問いかけた。


「そう。あなたはルミア神に選ばれた癒やしと光の魔法を自在に操ることができる聖女セリア――そして、その生まれ変わり」


 セラスの言葉に、フィオナは本能的に激しく抵抗を感じた。

 そんなはずがない、そんなことはない――。


「違うわ。私はフィオナよ」


 フィオナの前に小さな光が現れて瞬いた。

 その光は優しく、穏やかで、フィオナの心を落ち着かせようとしているようだった。


「あなたの魂は特別なんです。この時代にも、あなたの聖女としての力が必要とされているのです」

「そんな……」


 フィオナは両手で頭を抱えかぶりを振った。

(自分が誰かの生まれ変わり? しかも「聖女」という特別な存在の?)

  そんなことをフィオナは受け入れられるはずがなかった。


 しかし、その時、フィオナの両手が淡く光り始めた。

 それは暖かく、優しい光だった。

 するとどういうわけか、さっきまでの激しい頭痛がスーッと治まっていった。

 自分の手から発せられた光で癒されたことに、フィオナは目を見開いた。


「私は……フィオナ。でも……確かに……セリアだった」


 今、自分の中に流れ込んだ記憶が偽りではないことを、フィオナは何故か確信していた。

 それは誰かに教えられたわけでもないが、自分自身の過去として認識できる感覚だった。


「あなたは再び聖女として覚醒したようですね」


 セラスの声は喜びに満ちているように聞こえた。

 しかし、フィオナの心は重かった。

 彼女は聖女セリアの記憶から、聖女として扱われることがどういうことを意味するのかを理解していた。自由を奪われ、他者のために生きることを強いられる存在。そして最終的には、命を捧げることすら求められる――。


「でも、聖女に戻るのは……嫌……」


 フィオナはそう呟くと、激しい動揺と疲労から、その場で意識を失った。


「お嬢様!」

「まぁ、大変!」


 フィオナの異変に気づいた使用人たちが慌ててフィオナの下に駆け寄ってきた。


「旦那様、大変です!」

「お嬢様がお庭で……」


  ◇


 窓から差し込む月明かりが、静かな寝室を照らしていた。

 ベッドに横たわるフィオナを、リース男爵夫妻が心配そうな表情で見守っていた。


「ほんと大丈夫かしら?」


 セリーヌがフィオナの頬に手を当て、心配そうな表情で夫に問いかけた。


「医官はどこも異常がないと言っていたから大丈夫だ」


 アデルバルトは妻を安心させようと言ったが、その声には心配が滲んでいた。


「そうね、きっと誕生日ではしゃぎすぎたのかしらね」


 セリーヌは自分自身を納得させるように言った。


「さぁ、今夜はゆっくり休ませてあげよう」


 そう言うと、男爵夫妻はフィオナを起こさないように静かに部屋を出て行った。彼らの足音が廊下で徐々に遠ざかっていく。


 男爵夫妻の足音が完全に聞こえなくなると、フィオナはゆっくりと目を開いた。彼女はずっと意識があり、両親の会話も聞いていたのだ。ただ、今は一人になりたい、静かに考えたいという思いから、目を閉じたままにしていた。


「前世では私は単なる道具だった。神殿に縛られ、王族に利用され、そして最後は魔王を封印するために命を奪われた」


 そう呟くとフィオナは表情を歪めた。

 聖女セリアとしての記憶が鮮明に蘇り、当時の感情も込み上げてきた。自分の意思ではなく、他者の期待や使命に縛られた日々。そして最後は、自分の命を犠牲にすることすら「当然」と思わされた絶望感。


「しかし、あなたは確かに世界を、人々を救いました」


 フィオナの枕元が精霊の光がぼんやりと輝いた。

 セラスの声は静かに、しかし確かにフィオナの心に響いた。


「でも、今世は……私のために生きたい。誰にも見つからず、誰にも利用されず……」


 フィオナはセラスの言葉を聞きつつも、固く決意を述べた。

 その声は6歳とは思えない芯の強さを持っていた。


「それが聖女様のご意思なら……」


 精霊の光が瞬いた。

 セラスの声には少し残念そうな響きがあったが、それでもフィオナの意思を尊重する気持ちが表れていた。


「この力は隠す。私はただの……モブとして生きるわ」


 フィオナは身を起こし、決意を新たにしてセラスに告げた。


「聖女フィオナの名において命じる。この力を隠すことに全力を尽くしなさい」

「御心のままに」


 精霊は大きく輝くとフィオナの中にすーっと入って消えた。

 その瞬間、フィオナの体が一瞬だけ光に包まれたように見えた。

 これから自分が選ぶ道は、決して容易ではないだろう。

 しかし、フィオナの心には確固たる決意があった。


 「今度こそ、自分の意思で生きる」


  ◇


 それから十年が経過した。

 リース男爵家の書斎で当主のアデルバルト・リースが机の上の書類に目を通していた。彼の表情は少し疲れているようだったが、執務に集中していた。


 ドアがノックされ、「失礼します」という声の後に美しく成長したフィオナが入ってきた。16歳になった彼女は、すらりとした体つきに成長し、特徴的な銀髪と青い瞳が一層美しく輝いていた。

 しかし、その装いは極めて質素で、飾り気はほとんどなかった。


「お父様、お呼びでしょうか?」


 フィオナはやや緊張した面持ちで父親に尋ねた。彼女の声は穏やかで、しかし芯のある響きを持っていた。


「フィオナ、こちらに座りなさい」


 書類から顔を上げたアデルバルトは書斎机から立ち上がると、応接ソファにフィオナを手招きした。


「はい、お父様」


 フィオナがソファに座ると、アデルバルトは紋章が入った大きな封筒から書類を取りだした。書類には王立学校の印が押されている。


「先日受けた魔力測定の正式な結果が届いた」


 アデルバルトはそう言うと、「魔力測定の結果について」という書類を広げた。

 書類の『魔力測定結果:Eランク(最下位)』という文字を見て、フィオナの顔には安堵の表情が浮かんだ。

 しかし、父親には気づかれないよう、すぐに真剣な表情に戻した。


「残念だが、王立魔法学院への入学はできそうにない……」


 アデルバルトは力なくそう告げた。彼自身、娘のことを高く評価していただけに、この結果は意外だった様子だ。


(お父様、ごめんなさい。隠蔽魔法のせいなの……)


 フィオナは少し申し訳ない気持ちになった。本来であれば、彼女の魔力はSランク以上、通常の測定器では測定不能なほどの強さがあるはずだ。

 しかし、セラスの力を借りて魔力を隠し、わざとEランクの評価を得たのだった。


「そこでだ、私の母校でもある王立騎士学校にお願いして入学の許可が下りた」


 アデルバルトはそう言うと、もうひとつの紋章が入った封筒から「入学案内」と書かれた取りだして広げた。


「でも、私は剣の心得は……」


 思いがけない提案にフィオナは驚いて答えた。

 彼女は剣術の訓練など受けたことがなかった。というか、あえて避けてきた部分もあった。目立ちたくなかったからだ。


「心配はいらないよ。騎士学校とはいっても一般科だから、騎士養成というよりは貴族の教養を身に付けるつもりで通えばいい」


「え!?」


 フィオナは思わず驚きの声を上げる。


(でも、誰からも注目されないという意味では計画通りかしら? 一般科なら目立たずに過ごせるかもしれない……)


 内心でそう思ったフィオナは、少し考えたあと、ゆっくりと頷いた。


「わかりました、お父様」


 フィオナの笑顔を見て、アデルバルトは安堵の表情を浮かべた。娘が前向きに受け止めてくれたことに、彼は胸をなでおろした様子だった。

 それを見てフィオナもホッとした。

 これで彼女の「モブとして生きる」計画の第一歩が形になる。


 ふとフィオナは窓の外に目をやると、遠く王都の方向に不穏な雲がたなびいているように見えた。何か不吉な予感を感じたが、そのときはそれほど気とめることはなかった。


(王立騎士学校……そこでなら、きっと誰にも気づかれずに、ただの学生として過ごすわ)


 フィオナはそう心に誓ったのだった。

お読みいただきありがとうございました!

本作は全20話+エピローグの予定で、転生・恋愛・覚醒・バトルを盛り込みつつ、最後はきっちりハッピーエンドになります。


次回:騎士学校で目立たず過ごすはずのヒロイン、早くもピンチです。

よければお気に入り登録・評価・感想などいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ