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最終話 闘争者たち

「ビット!」


 緊張が一気に解けて、地面に倒れそうになった僕を、ベルフワラーが駆け寄って支えてくれた。

 僕は満面の笑みを浮かべていたけれど、彼女は目の端に涙を浮かべていた。指を伸ばして拭ってやると、彼女は勝手に触らないでよ、はしたない、などと言って笑った。


 僕たちは、いくつもの計画を練っていた。きっと、ロングレッグ氏はその全部を盗み聞いていたのだろう。僕だって、ずっと彼の使用人をやっていたのだから、彼にそれくらいのことができるだろうと想像はしていた。

 さすがに、一言一句筒抜けだったのは予想以上だったけれど――とにかく、僕たちはあらゆる可能性を考え、最後の最後の手段だけは、絶対に二人以外の人間に知られないように気をつけていた。ケーキの皿に手紙を隠したり、読んだ後は相棒のシャダー・ブラシで証拠を隠滅したりして。


 そのやりとりの間も、ベルフラワーは自分で仕事をやり遂げる気でいたのだけれど、僕には少しだけ不安があった。彼女が、本当に「おじさま」を殺せるのかどうか。

 彼女を信じていなかったわけではなく、彼女自身にも認識できない無意識のところで、彼女は踏みとどまってしまうのではないかと思っていた。だから、念のためにとシュガーキューブを二人で分け持ち、いざという時の武器にするつもりだったのだ。

 そして、その「念のため」が、最後の最後で役に立ってくれた。


『……非常事態が発生致しました。安全が確認されるまで、観客の皆様はどうか席にお座りになって……』


 半ば放心状態だった僕は、耳に飛び込んできたアナウンスの声で現実に引き戻された。

 ロングレッグ氏は死んだ。けれど、彼の舞闘場はまだなくなってはいない。僕たちは、主人を殺した奴隷だった。これから、どうなるのか――少なくとも、ここに留まっていてはいけない気がした。


 アナウンスが終わる前に、僕はまだぼうっとしているベルフラワーの手をとって、舞台から駆け出した。彼女は手を引かれるままに走りながら、夢うつつの声で僕にささやいた。


「私、なんだか心が真っ白だわ。今まで見えていたものが、全部、流れて消えていってしまったみたい。怖いような、ドキドキするような……」


 どこか不安げな彼女の声を聞いて、僕はふと足を緩めた。


「もしかして……後悔してる?」


 その問いかけは、自分自身に向けたものでもあった。

 僕は、とんでもないことをやらかしてしまったのではないか。僕は、自分の全てだった世界をぶち壊しにしてしまったのだ。こんなに心許ない気分になったのは、生まれて初めてだった。


 けれど僕の問いかけに、ベルフラワーはフンと鼻を鳴らして失笑した。


「何言ってるの、ビット! 私、こんなに素敵な気分になったの、生まれて初めてよ。まるで、たった今生まれてきたみたいな気分。私、ずっと何かを目指しているようでいて、それが何なのかよく分かっていなかったけど……きっと、こういうものを目指していたんだわ」


 こういうものって、どういうものなのか――そう尋ねようとした僕は、行く手に現れた人影を見て、慌てて立ち止まった。


「……マネージャー?」


 立ちふさがったのは、マネージャーのドリッパーだった。彼は満面の笑みを浮かべていたけれど、その笑顔はどこかいつもの彼とは違っていて、不気味だった。


「ビット、おまえが何かやらかそうとしてるって話は聞いてたが……まさか、こんなことをやっちまうとはな。正直言って、感心したよ! 手ェ叩いて祝福してやりたい気分だぜ、なあ」


 言葉とは裏腹に、彼は懐から取り出した銀色の撃芯銃を握って、僕たちの前に銃口を突き出した。僕は息を飲みつつ、彼に向かって言った。


「僕は……あんたも、彼を殺したがってると思ってた」


 ドリッパーは、ケッケッと声を出して笑った。その乾いた笑い声は、ロングレッグ氏を思い出させた。


「そりゃ、俺だって殺したかったさ。だが、それをやっちまったら、この舞闘場はどうなる? この薄汚い舞闘場と、馬鹿げた人形どもの殺し合いが俺たちの食いぶちだ。あの爺さんが死ねば、それが全部崩れちまう。俺はもっと、穏便にこの舞闘場を乗っ取ってやるつもりだった。それまで、あの爺さんは生きてなきゃならなかったんだよ。おまえのおかげで、台無しになっちまった」


 そう言って、彼は一度引き金を引いた。ガッという音とともに、重金属の弾丸が僕の足元に撃ち込まれ、床にひびを入れた。


「下手人の死体が必要なんだよ、ビット。マネージャーとしては、舞闘場が二度とこんな事件を起こさないってことを、管理局に示さなきゃならないんでな」


 ドリッパーは、ゆっくりと銃口を上に向け、僕の頭に狙いを付けた。と、僕がゴクリと唾を飲むより早く、ベルフラワーが僕の体を押しのけて、ドリッパーを睨みつけた。


「どけよ、人形」と、舌打ちするドリッパー。

「レディに対して、そんな口の聞き方する人の言うことなんか、一生聞いてあげないわ。ぶっ殺されたくなかったら、あなたの方から道を譲って下さる?」


 ベルフラワーはいつになくはしたない言い方で、ドリッパーに詰め寄った。彼は一瞬ひるんだものの、すぐにやれやれと首を横に振った。


「マネージャーの命令が聞けないってのか? まあ、いい……手負いとは言え、俺だって生身でおまえらとやり合うつもりはねえ。おい、衛士、こっちへ来い!」


 ドリッパーの声に応えて、衛士――もとはロングレッグ氏の警護をしていた二人の人形たちが、こちらへ駆け寄ってきた。

 彼らは、等級Aの人形から選抜されたエリートだ。いくらベルフラワーでも、手負いの状態では荷が重いのでは――などと僕が心配している間に、彼女は素早く右の義足を振るって、二人の人形を蹴り飛ばしていた。


「なッ……」


 困惑するドリッパーに向かって、ベルフラワーは素早く駆け寄ると、バシッと一発平手打ちを喰らわせた。

 ドリッパーは体ごと吹っ飛んで、勢いよく壁にぶつかり、気を失っていた。


 命令の主が倒れて衛士たちがうろたえている隙に、僕たちは舞闘場の入場口へと駆け出した。

 きっと、ロングレッグ氏がいなくなったことは、人形たち全体の刷り込みにも影響を与えているに違いない。これから、彼女たちがどうするのか――舞闘場がどうなるのか。それこそ、僕たちには分からないことだった。



 舞闘場の入場口には、人っ子一人いなかった。

 僕は、いつもそこを掃除しながら、外の景色を眺めていたことを思い出していた。

 外には、だだっ広い荒野がどこまでも広がっていた。それは恐ろしい風景だったけれど、それでも僕は、その向こうにあるものに憧れていた。


「ほら、また追っ手が来るわよ。走って、ビット!」


 ケラケラ笑いながら、踊るような足取りでベルフラワーは入場口に駆け込むと、透き通ったガラスの扉をグッと押し開けた。

 吹き込んできた夜の荒野の冷たい風に、僕は一瞬、立ちすくむ。

 と、先に扉を抜けたベルフラワーが、向こうから僕に手招きをしているのが見えた。

 僕は深呼吸をしてから、彼女と同じように扉を押し開けて、一歩を踏み出した。空気は冷たく澄んでいて、夜空は果てしなく広く、美しかった。


「さて……僕たち、これからどうしようか?」

「ねえ、あなた、自分で言ったことを忘れてしまったわけじゃないでしょ。遠くへ行くのよ。それから、新しい仕事を探さなくっちゃ」

「追っ手がずっとついてきそうな気がするよ。ドリッパーは、仕事に関しちゃしつこいんだ」

「そんなの、全然構いやしないわ。私は、誇り高い永世闘士(グラディアトリクス)なのよ。千切っては投げ、千切っては投げ……」


 ザッと砂を蹴りつけ、道ばたの雑草を眺めたりしながら、ベルフラワーはフフンと得意げに笑って――それから、ふっと顔をうつむけた。


「ブラックシューレイスが言っていたこと、今なら少しだけ分かる気がする。私たち、こうしてきっとずっと闘い続けていくの。荒野を二人で歩いたり、好きな場所へ行ったりするために。それが永世闘士ってことなんだわ」


 彼女の解釈を聞くまで、僕は永世闘士という言葉にいい印象がなかった。それはロングレッグ氏が人形たちを縛り付けていた幻想であり、ブラックシューレイスにかけられた呪いの言葉だった。

 けれど、彼女はその言葉に、自分なりの気高い意味を見つけ出したらしかった。


「あっ、痛……ちょっと喋り過ぎたみたい。ほっぺたが痛いわ」


 そう言われて、僕は彼女の左頬が、少し不自然な白さであることに気が付いた。応急処置として樹脂のようなもので埋められているけれど、ブラックシューレイスに削がれた傷はまだ塞がりきってはいないのだ。


「医務室……じゃなくて、医者、ってやつに行かなくっちゃ」

「いいわよ、後回しで。再生槽なしでも、ちょっとずつは回復するんだから。それに、お金がないんでしょう? 私、知ってるのよ。外で生きていくには、お金が必要なの!」


 自慢げに胸を張るベルフラワーに、僕はそんなの誰でも知ってるよ、とは言えなかった。楽しそうなところに、水を差すのも悪いだろう。


「あ……そう言や、シャダー・ブラシを忘れてきちまった。大事な相棒だったんだ」


 話を逸らすためにそんなことを言うと、彼女はふっと目を細めて、優しい表情で笑った。


「心配しないで。きっと、ブラシはブラシでやってくわ」



***


 そのうち道の向こうから、走ってくる車の灯りが見えた。

 話にも聞き、映像でも見ていたけれど、走っているところを直に見るのは初めてだった。回転するタイヤが砂を弾き飛ばしていく姿は、勇ましくて、綺麗だった。


 僕たちが手を振ると、運転手は車を止めて窓から身を乗り出した。


「何だぁ、ガキ共! こんなとこで……浮浪児か?」


 髭面の運転手は鼻にツンと来るハッカの臭いを漂わせながら、前歯の数本抜けた口を歪めて、シシシと笑った。

 ガラは悪そうだけれど、少なくとも、舞闘場の追っ手ではなさそうだ。僕はベルフラワーがさっと後ろに隠れるのを目で追いながら、肩をすくめた。


「まあ、そんなとこかな……」


 僕の言葉に、運転手の男はハッと鼻を鳴らした。


「馬鹿ぁ言うなよ、こんな荒野のど真ん中でよ。街は反対側だぜ。事情は知らんが、戻るんなら乗せてってやるが」


 僕は振り返って、ベルフラワーと目を合わせた。彼女は首を横に振り、僕はうなづいた。きっと、彼が戻ろうとしている「街」は、僕たちが逃げてきた舞闘場の方向にある。そちらへ戻ることはできない。


「このまま行った先に、街はあるかい?」


 なるべく何でもない口調で僕が尋ねると、男は顔をしかめて首を横に振った。


「ねえよ、少なくとも二百キロはねえ。悪いこた言わねえから、乗ってけよ。金取ろうってんじゃねえんだからよ」


 僕はムッと唸ってから、もう一度質問を変えて彼に尋ねた。


「それじゃ、金を出したらこっちに向かってくれるかい。僕ら、あっちには戻れないんだ」


 前方と背後を交互に指差しながら、僕は言った。男は渋い顔をして、腕を組んだ。


「ガキがどれだけ出せるってんだよ? 俺ぁここまで長々運転してきて、今から家に帰るとこだぜ。嫁が腹空かして待ってんだぜ」


 苛立たしげにハンドルを指で叩きながら、男は言った。僕は慌てて帽子を脱いで、裏地に縫い込んで隠していたへそくりを引っ張り出した。


「これで、間に合わないかい」


 古い1ドル紙幣。ずっと、外に出たら使おうと思っていた。

 永遠に得られない自由の象徴……とうとう本当に使う時が来ちまったわけだ。1ドルってのが、今のレートでどれくらいかはわからないけど。

 僕は万感の思いを込めてそれを男の前に突き出した。けれど男は、僕の小さな宝物をちらりと見ただけで、ハッと鼻で笑った。


「それじゃ、俺の晩飯代にもならねぇよ。いいから、街に帰んな、家出坊主ども!」


 ガクリとうなだれる僕の横から、ベルフラワーがタッと踏み出してきた。


「ちょっと、待って! これ見て!」


 彼女が手のひらに乗せて差し出したのは、叙任式のために彼女が身に付けていた、金色のティアラだった。


「これ、あげるわ。これと、これも。何なら、このドレスだって今脱いでさしあげるわ」


 ベルフラワーはそんなことを言いながら、イヤリングを外して運転手の手の中に押し込んだ。僕は慌てて彼女を車から引き離し、肩をつかんだ。


「何言ってんだよ、まったく……裸で街に行くつもりなのかよ?」

「何言ってるの、もう……裸で街に行くのはあなたでしょ。私はあなたの服を着るの!」


 僕たちが言い争っていると、運転手が不意にヒャッと妙な声を出すのが聞こえた。


「こりゃ、結構な……おい、おい、本物だろうな? いや、本物だな、これは……噛んでみりゃ分かるんだ」


 唾を飛ばしながら、男は奥歯でガリッと金のティアラを噛み締めた。きっとベルフラワーはもう、返すと言われてもそれを受け取らないだろう。


「……それじゃ、乗せてってくれるのね?」


 ベルフラワーがおずおずと問いかけると、運転手はヒュッと口笛を吹いた。


「ようがす、ようがす。これだけもらえりゃ、どこへでも連れてってやるぜ」

「でも、お嫁さんが待ってるんじゃ……?」


 僕が言いかけた質問を、男は地面にペッと唾を吐いて打ち切らせた。


「そんなもん、犬にでも食わしとけ!」


 運転手の景気のいい答えを聞いて、僕たちは、顔を見合わせた。それから、少し車から離れて、ひそひそ声で話し始めた。


「……信じていいと思う? 私はいいと思うけど」

「奴隷商人に、僕たちを売っ払うつもりかもしれないぜ」

「大丈夫よ、怪しい動きを見せたら、その時は……」


 と、左脚のジャックフットをちらつかせるベルフラワー。頼もしいことこの上ないけれど、さすがに何でもかんでも力づくで解決しようとするのは、レディとしていかがなものだろう。


「話は付いたかね、坊ちゃん方?」


 さっきまでとは随分態度が違うな、と思いつつ、僕は振り返ってうなづいた。

 男はシシシと笑って、ハンドルの下側に刺さったキーを回して、休ませていたエンジンを稼働させた。ドルンと音がして、空気に油の臭いと、心地よい振動が広がるのを感じた。


「どこへでも、か……それじゃ、どこへ行きましょうか、グラディアトリクス様」


 僕が笑いながら包帯付きの右手を差し出すと、彼女は顔をパッと輝かせて、自分の右手を優しく重ねた。


「いずこへなりとも、あなたの望むところへ。協力者様」



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