第十七話 二人でお茶を(前編)
とうとう等級Aへと格上げされ、四番目の本興行の対戦相手が決まったとき、ベルフラワーは急に、今度は自分自身で相手のことを調べたいと言い出した。
その相手の名前は、アプリコットティ――最強の人形であるブラックシューレイスと対等に闘える、唯一の舞闘人形だと言われている。
実際、彼女はブラックシューレイスと三度闘い、一度は敗北したもののかろうじて生き延び、一度は接戦の末に、時間切れの引き分け。そして、前回の舞闘ではとうとう彼女を打ち倒し、永世闘士への道を阻んだ。
もっともブラックシューレイスの敗北については、いつも八百長の噂がつきまとうのだけれど――とにかく、アプリコットティが紛れもなく一級品の人形であることは間違いない。
「あの人とは一度、前座興行で闘ったことがあるの。だから、私の方が、きっとよく知ってると思うわ」
その舞闘は、僕も覚えていた。
バッタのような逆関節の足を持つアプリコットティは、舞台から周囲の柱、壁まで自在に跳び回り、掌底の一撃でベルフラワーを失神させたのだ。
彼女は今時の人形には珍しく、刃物や飛び道具を一切用いず、己の身一つを武器にしている。スポンサーは老舗の義体メーカーで、彼女がその体で勝ち続けるほど、企業の評判も上がるというわけだ。
「それに、なんだかあなたの情報ばかり当てにしていると、私自身が闘ってるって感じがしないの。人の言うなりなんて、レディとしてよろしいことではないわ」
ベルフラワーはそう言って、ツンと唇を尖らせた。
そもそも、この舞闘場で闘っていること自体が、本当はロングレッグ氏の言うなりになっているのだけれど――あまりヘンなことを言って、彼女を混乱させても仕方がない。僕は溜め息をついて、うなづいた。
「分かったよ。それじゃ、君は君で調べて、僕は僕で情報を集めておくってことにしよう。でも、調べるったって、何をどうするつもりなんだ?」
そう尋ねると、ベルフラワーは誇らしげに両手を腰に当てて、胸を張った。
「もちろん、直接話してみるのよ。こそこそ話を聞くなんて、レディらしくないわ」
――僕は、レディじゃないからどうでもいいけれど。何となく不安を感じつつ、僕は廃棄場から去って行く彼女を見送った。
***
その日の午後、僕はいつものシャダー・ブラシを手に、人形たちの居住棟近くを掃除していた。
彼女たちが住む居住棟そのものには、使用人は入ることができない――掃除やその他の片付けなどは、人形たちのうちの数人が当番制でやっているらしい。
昼食が終わってしばらくしてからだったので、午後三時頃だっただろうか。居住棟二階から外へ張り出したテラスから、ふと、覚えのある声が聞こえてきた。
「つまり、その……お話をしようと思って。舞闘の前に」
ベルフラワーの声だ。
ということは、続けて聞こえてきたカポカポという足音は、アプリコットティのものだろう。
彼女の朗らかな笑い声と、椅子を引く音が聞こえた。僕はベルフラワーの言葉を思い出しつつ、こそこそと話を盗み聞くことにした。掃除はほとんど終わっていたところなのだし、どうせこんなところ、人形たち以外は誰も通りゃしないのだ。
「いいよ、もちろん! あたしも、ちょっと気になってたんだよね。ベルフラワー……あたしとの前座興行から、ずいぶん成長したみたいじゃない?」
アプリコットティの声には、屈託がないというか、血なまぐさい舞闘場には似つかわしくないような、明るい響きがあった。それを言えば、似つかわしい少女などいるわけがないのだけれど――ブラックシューレイスは別にして。
「それは、どうも……ありがとう。うふふ……」
ベルフラワーは、どうやら照れているらしい。アプリコットティは舞闘場へ来てまだ二年目くらいのはずだけれど、実力と実績から来る余裕なのか、彼女の声はベルフラワーよりもずっと年上のように聞こえた。
「さて、でも今日はあなたがあたしに話を聞きにきたんだよね。それってつまり、敵情視察って感じ?」
アプリコットティの鋭い指摘を、ベルフラワーは素直に肯定した。
「そうよ。私、あなたを倒さなくちゃいけないの。だから、あなたの弱点を探りにきたのよ」
――そんな間抜けな「敵情視察」があるだろうか。僕は内心、彼女の調査を当てにはすまいと心に決めていた。もとより、大して期待はしていなかったけれど。
「アッハハ、正直だなあ。正直者は好きなんだ。金の斧と銀の斧、どっちがいいか……ってお話、知ってる?」
ベルフラワーは首を横に振ったようだった。僕から姿は見えなかったけれど、髪の毛がパサパサ音を立てるのが聞こえた。すると、アプリコットティは子供に聞かせるような優しい声で、説明を始めた。
「湖に鉄の斧を落としちゃうんだ。キコリって人が……変な名前だね。斧なんか持って、何をしてたのかな。分かんないね。分かんないことは、考えないことにしよう。さて、すると湖から、妖精が出てくる……妖精は知ってるでしょ」
「もちろん! 私、よく妖精みたいだって言われますもの」
ベルフラワーが、自信たっぷりにうなづく顔が目に浮かぶ。僕は溜め息をつきつつ、アプリコットティの笑い声に耳を澄ます。
「アハ! 確かに、よく宣伝でも使われる言葉だからね。とにかく、その湖の妖精が、二本の斧を手にもって現れるんだ。あなたが落としたのは、こっちの銀のやつ? それとも金のやつ? ってね」
「どっちも違うわ。妖精は嘘つきね。嘘つきは嫌いだわ」
一体、何の話をしているやら――もう舞闘とは関係なさそうだとは思いつつ、僕は興味本位でその場に留まって、二人の話を聞いていた。
「そうだね、あたしも嫌い。でも、妖精は嘘つきじゃなかったんだ。キコリさんを試していたんだよ。キコリさんが正直に、どっちも違います、と言うと、妖精はご褒美に両方あげちゃうんだ」
「つまり……妖精はいい子なのね?」
分かったような分からないような微妙な声で、ベルフラワーが尋ねる。
「たぶんね。お話の大事なところはね、つまり、正直者は得をするってことさ。だから、あたしはなるべく正直に答えるつもり。あたしの闘い方は、この足で絶え間なく跳び回って、隙を作らないようにするんだ。だから弱点は、着地の瞬間かな。フワフワ浮いてるわけじゃないから、どうしても地面や壁に足をつく瞬間があるんだよね」
下で聞いていた僕は、思わず寄りかかっていたシャダー・ブラシを倒してしまうところだった。
まさか、本当にベルフラワーのやり方で弱点を聞き出せるとは。それとも、この話自体が罠なのだろうか――アプリコットティが、そこまでズル賢い人形だとも思えないけれど。
「まあ、ありがとう! それじゃお返しに、私の弱点も教えてあげる。えっと、私の弱点はね……」
頼むから、やめてくれ――とテラスをよじ上ってベルフラワーに懇願しにいくところだったけれど、どうやらその必要はなさそうだった。
「私の弱点は……ごめんなさい、考えてみたのだけれど、思い付かなかったわ。私、弱点がないみたいなの」
声を聞く限り、ベルフラワーはどうやら冗談ではなく、本気で言っているらしかった。これまでの舞闘もけっこう綱渡りだっただろうに、どうしてそんなに自信たっぷりに言えるのか。そんな彼女に、アプリコットティはまた甲高い笑い声を上げた。
「アッハハ、やっぱり面白い子だな。きっと今度は、いい舞闘ができるね。おっと、話してばかりじゃ紅茶が冷めちゃう」
そう言うと、アプリコットティはテーブルに置いたティーカップを持ち上げたらしく、カチャカチャと食器の音が聞こえた。対するベルフラワーも、黙っているところからすると、同じことをしているに違いない。




