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第一話 終幕の鐘(前編)

 長い長い戦争が終わったのは、もう何十年も昔のことだ。

 荒れ果てた世界に生き残った人々は、再び娯楽を求めはじめた。そこに目をつけたのが、我らがロングレッグ氏だ。大陸有数の資産家であり、当時も今も人類最長寿記録の保持者である、偉大な老人、ヴィクター・ロングレッグ。

 彼はまだ汚染された荒野だったこの土地を訪れると、言い値でそれを買い取った。その広さ、孤立した環境、すべてが彼の望みにかなっていた。彼はさらに大金を費やして、土の浄化処理を行った。つまり、土を丸ごと掘り返して、他の土地と取り替えたのだ。

 処理が終わった平地に、彼は自らの名をとった娯楽施設、「ロングレッグ舞闘場(コロッセオ)」を建設した。新聞各社はこの巨大な劇場を、「長い戦争と分断により、もはや十九世紀の水準まで後退した人類文化を、再び黄金時代へと引き戻すための巨大なかがり火となるだろう」などともてはやした、らしい。

 何もかも、僕が生まれるずっと前の話だ。


 僕はそのロングレッグ舞闘場で下働きをしている、ただのガキだ。物心ついた時から、ずっとこの仕事をしてる。本当のところ、僕はこの舞闘場に買われた「所有物」なのだ。舞闘場がつぶれでもしないかぎり、外に出ることさえできない。残念ながら、つぶれる様子はしばらくなさそうだけど。

 「一週間のもうけで、国がひとつ買えちまうぐらいなんだぞ」と、舞闘場のマネージャーであるドリッパーはよく口にする。確かに、身なりのいいお客さんが絶え間なくやってくるし、人形たちの衣装ひとつにも湯水のように金を使って、さらに調度品を整える金もある。


 だけど舞闘場の主人であるロングレッグ氏自身は、金儲けにはさほど関心がないように見えた。なにしろ彼は、お金ならとっくに使い切れないほど持っているのだから。

 彼が望むものは、美しさだ。舞台の上に現れる、ほんの一瞬の、妥協のない、完全な美しさ。それを演出し、形にすることだけが、彼のすべてなのだ。美しい人形たち。美しい闘争。

 彼は、血の多く流れる舞台が好きだ。だから、昨夜の興行には、特に満足していたようだ。その分、僕の仕事は多くなるのだけど――

 壁や柱にこびりついた血をシャダー・ブラシでごしごし削ぎ落としながら、僕は決着の瞬間を思い出していた。


*****


「ベルフラワー。私は最初っから気に食わなかったんだよ……おまえの、気取った歩き方も。生意気な目付きも。回りくどい喋り方も」


 天窓から差し込む月光の下、土が敷かれた円形の舞台をぐるりと歩きながら、舞闘場の古強者”ランプシュガー”は言った。

 山嵐のように逆立つ黒髪が、微かな風に揺れる。短尺のワンピースを彩る硬化ガラス片が月光を反射して、彼女のぎらつく闘志を代弁しているようだった。


「それはそれは、ありがたく存じますわ」


 対するのは”ベルフラワー”、つい一ヶ月前に舞台に立ったばかりの、新品同様の舞闘人形だ。

 緩くウェーブのかかった長い金髪に、フリルとレースだらけでなんら防御効果のない、白のアンティークドレス――見た目だけなら、彼女はまるで裕福で懐古主義的な家に生まれた、無垢な少女そのものだ。けれど彼女の小さな手足は、すでに何体もの人形たちを打ちのめし、再生槽送りにしてきた。


 人形たちは舞闘の結果によって、EからAまでの等級(グラード)を与えられる。最低がE級、最高がA級。

  ベルフラワーは初舞台から一ヶ月というわずかな期間で、いくつもの華麗な舞闘をこなし、E級からB級まで一気に登りつめてしまった。そのことが、半年以上もB級で足止めを食っているランプシュガーには面白くないのだ。


「おまえとやるのはこれで二度目だな。だが、今夜は前座興行(プレルジオ)じゃない。制限なしだ。あの方のために、舞台を一面赤く塗ってみせよう」


 不敵に微笑みを浮かべ、ランプシュガーは両腕のモーターをグルンと空転させた。

 人形たちには、それぞれ固有の武器がある。彼女の武器はこの回転式の両腕、”ドッペルシュトルム”だ。肩から先の腕全体が削岩ドリルの複合体のようになっていて、それぞれの関節が個別に回転し、一振りすれば岩でも鉄骨でもたやすく砕くことができる。建設機械で有名なアイゼンハイム社が、技術の粋を集めて作り上げた傑作だ。


「それがあなたの血じゃないといいけど……」


 ベルフラワーは、血気にはやるランプシュガーを一瞥して肩をすくめた。


「おまえのそういう不遜なところは、嫌いじゃない。その鈍感さに敬意を表して、おまえの心核(クオーレ)は無傷で残しておいてやろう」


 ランプシュガーの挑発に少し乗せられたのか、ベルフラワーは口を尖らせて、スカートの下から右足をつっと前に伸ばした。

 ベルフラワーの武器は、その足に仕込まれている。医療用の精密なロボット・マニュピレータも手がける名門ギアーマン社が開発した、展開式多脚――通称”ジャックフット”。か細い少女の足の内側には、ヒュドラのように枝分かれした四本のさらなる足が隠れていて、それぞれが高周波で振動するナイフの頭を持っている。


「おしゃべりはこのくらいにしましょ。おじさまがお待ちかねよ」


 そう言って、ベルフラワーは舞台の上方に目をやった。視線の先にあるのは、ロングレッグ氏の特別観覧席。彼はそこで、自分の体より大きな生命維持装置につながれて、じっと舞台の上の人形たちを見つめている。使用人である僕も、その傍にいた。


「いいだろう……ランプシュガー、支度が整いました」


 ランプシュガーは今までと打って変わった丁寧な物腰で膝を折り、両手を広げて、深く一礼した。これは舞闘を始める前の儀式のようなものだ。両者が互いに礼を交わすことなくして、舞闘は始まらない。

 礼が終わると、観客から一斉に拍手が起こった。対抗するように、ベルフラワーも裾をつまんで一礼する。


「ベルフラワー、支度が整いました」


 両者の支度が整ったのが確認されると、次は始まりのファンファーレだ。観客席の頭上に配置された歯車仕掛けの楽隊が、アンティークの喇叭を口に当てる。もちろんそんなのはただのお飾りで、本当の音は舞台袖のスピーカーから出ているのだけれど――言わば、これも一つの儀式なのだ。人形たちと観客たち、この舞台と劇場すべてが、来たる熱狂に備えるための。

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