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第十五話 静かなる決着(前編)

 傷ついた舞闘人形たちは、損傷が浅ければ、舞闘場内の再生槽に入れられる。

 舞闘場内の設備で再生が間に合わない場合は、外の医療施設か、あるいは生まれた研究所に送り返される。それももちろん、ロングレッグ氏かスポンサー企業か、どちらかが出資を惜しまなければの話だ。


 ベルフラワーの場合、観客の人気もあったし、スポンサーもしっかりした企業がついているので、その点では心配がなかった。

 けれど、元々生まれた研究所が閉鎖されていたせいで、少しばかり余計な時間がかかることになった。身体機能を凍結された彼女は、いくつかの場所をたらい回しにされた後、同系列企業の別の研究所(クークーフラワーの出身地らしい)に送られた。彼女が戻ってくるまでには、二週間かかるということだった。


 その間にも、もちろん舞闘場は平常通りに開かれる。そして、本興行で二勝を上げたベルフラワーは、注目株として早くも次の舞闘が決められた。

 彼女は戻ってきてすぐ、等級Aの舞闘人形を相手に本興行に出ることになる。普通ならば、再生処置の後は様子見のために前座興行を挟むのが慣例なのに、こんなスケジュールの組み方は明らかに性急だ。


 ロングレッグ氏は何かを勘づいているのか、それともただ彼女の舞闘が気に食わなくなってきたのか――どちらにしても彼は、彼女を廃棄場送りにするようなことはしないだろう。

 ただこうやって、厳しい舞闘を組み続けるだけだ。彼はきっと、彼のやり方で「楽しんで」いる。


 そして僕は、彼の楽しみを覆すために、次のベルフラワーの対戦相手である舞闘人形ジェントルノックの情報を集めるために駆け回っていた。

 組み合わせが早めに決まった分、じっくりと情報を集めることができたのは、不幸中の幸いと言うべきか。今度はただ約束のためではなく、ベルフラワーを勝たせるため――彼女の死ぬところを見ないために、僕は必死で情報をかき集めた。


 ジェントルノックは、等級Aのまま一年間を闘い抜いてきた、歴戦の舞闘人形だ。

 レディなのにジェントルマンみたいな名前は少しそぐわないように感じるけれど、彼女はその名前に沿ってか、いつも紳士のごとき男装で舞台に現れた。この舞闘場に女性のお客が入ってくるのは、彼女が出場する日くらいのものだ。


 彼女の闘い方は、ベルフラワーと少し似ている。素早い動きと、体に隠された鋭い刃。

 けれど、ジェントルノックの武器の隠し場所は、足ではない――彼女の胴体、人間ならば肋骨が収まるべき場所に、するりとカーブした伸縮自在の槍が格納されている。

 彼女は相手の攻撃を紙一重で避けながら、速度を緩めずに駆け抜け、すれ違いざまにその槍で相手を貫く。

 よしんばその鋭い肋骨の槍を逃れたとしても、良質なスポンサーを持つA等級人形の武器が、たった一つであるはずがない。彼女の両手から放たれた重金属の円盤が、静かに空中を舞い、すでに対戦相手の背後へと回りこんでいるだろう。


***


 舞闘場に戻ってきてすぐ、僕とベルフラワーは廃棄場で顔を合わせた。彼女はなぜか話しづらそうに口を歪めて、床をじろじろと眺めていた。


「……何だよ、一体。再生槽でどっかおかしくなっちゃったのか?」


 試しに突っかかってみると、彼女はムッと唇を尖らせた。


「おかしくなってなんかいないわ。体は直っても、私の心が傷ついてるの。あんな無様な闘い方しちゃって……」

「でも、君は勝っただろ。君の計画通りに事は進んでるんだから、それでいいじゃないか」


 僕はそう言いながら、今度は自分が床をじろじろ眺めはじめた。本当は、彼女が生きて帰ってきた事をもっと素直に喜びたかったのだけれど、そうするのは少し照れくさかった。


「……そうね。でも、無様な舞闘はやっぱり嬉しくないわ。おじさまが……」


 彼女の言いかけた言葉に、僕はどきりとした。


「君も『おじさま』のことなんか、気にしてるのか?」


 僕がそう問いかけると、ベルフラワーはきょとんとした顔で僕を見返した。


「えっと……気にしてるのかって言われても、よく分かんないのだけど。でも、物心ついてからずっと考えていた風に、今も考えてるわ。同じ規範に従って……これって、答えになってるかしら」


 そう言って、首を傾げるベルフラワー。その規範というのはつまり、ロングレッグ氏が彼女に刷り込んだ規範のことだ。

 確かに、それは舞闘人形として当たり前のことなのだけれど。人形としては規格外の心を持つ彼女なら、違った答えが返ってくるのではと、僕は変な期待を持っていたのかもしれない。


「でも……君は、彼を殺すんだろ?」


 僕の言葉に、ベルフラワーは慌ててシィッと人差し指を立てた。


「やめてよ、そんな大声で……もちろん、そのつもりよ。それが、私に与えられた大事な仕事だもの」


 僕は、彼女の計画に協力し始めてから、自分がいつの間にか彼をはっきり「敵」として見るようになっていることに気がついていた。そうでなければ、彼を殺すという決意が揺らいでしまうからだ。

 けれど、彼女は違う。彼女は一方で「おじさま」の気を損ねないようにと考え、もう一方では確実に「おじさま」の息の根を止めるべく計画を進めている。

 その二つは矛盾しているようだけれど、きっと彼女の中ではそれが共存しているのだろう。時々、忘れてしまいそうになるけれど――彼女は、僕とは違う。彼女の心は、人間の心ではないのだ。


 考えを吹き流すようにフーッと溜め息をついて、僕は近くの壁に寄りかかった。


「それで『仕事』が終わったら、君、その後はどうする気なのさ?」


 そう尋ねると、またベルフラワーはきょとんとした顔をして、それからムッと顔をしかめた。


「ちょっと、あなた、何なのかしら。そんなに矢継ぎ早に、私が困るような質問をしないで頂戴」


 僕としては、そんなに困るような事を聞いたつもりもなかったのだけれど。彼女はウーンと唸りながら、悩ましげに両腕を組んだ。


「あんまり先の事なんて、考えたことがないのよ。目の前のやるべきことだけで、心が一杯になってしまうもの。きっと、そういう仕組みの心なんだわ、私たち……そんな風に作られたのね。時々は、先の事も考えようとするのだけど……明日のお茶菓子の品揃えはどうかしら、とか。でも、すぐに通り過ぎていっちゃうの。風みたいに……」


 彼女が口にしたその言葉は、その意味することとは無関係に、なんとなく僕の心に残った。

 風みたいに、通り過ぎていくもの。それは、きっと自由なものだ。風みたいに、外の世界を吹き過ぎていけたら、きっと気持ちいいだろう。『自由』なんて言葉は、僕にとって一番縁遠い言葉だったはずなのに。


 彼女に協力すると決めてから、僕はその先にあるものについて深く考えてこなかった。けれど、この瞬間、僕は急にそのことが待ち遠しく感じていた。ロングレッグ氏を殺せば、僕たちは彼に預けていた人として唯一の財産を、再び取り戻すことになるだろう。


「風みたいに……か」

「え?」


 三度きょとんとしたベルフラワーの顔を見て、僕は自分が頭の中の考えを口に出していた事に気付いた。僕は赤面しつつ、エヘンと咳払いをしてごまかした。


「とにかくさ、特に予定がないんなら……舞闘場の外へ出てみたらどうかな。もう、ここにいる必要はないんだし、新しい仕事を探さなきゃいけないだろ。いっそ、もっと遠くへ旅に出てみようよ。もちろん、君が構わなけりゃ、だけど」


 僕の提案に、彼女は今日初めてすんなり納得した表情を浮かべ、肩をすくめた。


「あなたがそうしたいんなら、そうしてみてもいいと思うわ。私は、全然予定が空っぽだもの……でも、まずは次の舞闘のお話をしなくっちゃね。調べてあるの?」

「もちろん」


 僕はニッと笑ってうなづいた。


「それじゃ、作戦会議を始めましょう。私の方も、ちょっとしたニュースがあるの……」

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