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第十三話 時計の針は止まらない(前編)

 そして、僕たちの「二人」での舞闘が始まった。ベルフラワーはすでに一度、ランプシュガーを相手に本興行で勝っているので、必要な勝利は、残り四つ。月曜日の朝、彼女の次の対戦相手が決まった。B等級舞闘人形のペンデュラムクロックだ。


 ペンデュラムクロックは、半年前にこの舞闘場にやってきた人形である。けれど、彼女はまだ一度しか舞闘に出場していない。そして、そのたった一度の舞闘で、彼女は等級Eから等級Bまで登り詰めた――という情報が、コンピュータ上の目録には載っていたのだけれど。僕はなぜかこの人形について、全く覚えがなかった。僕は、ほとんどすべての舞闘をロングレッグ氏の横で見ていたはずなのに。しかも、一夜でそこまで等級が上がったということは、よっぽど印象的な舞闘をしたに違いない。

 不思議に思いつつ、僕は人形たちの噂話に耳を傾け、使用人たちにそれとなく尋ねたりして、彼女に関する情報を集めはじめた。自分が持っていないものは、どこかから持ってこなくてはいけないのだから。


 それらしいことを最初に聞いたのは、ドリッパーと僕に次いで三番目に古株の使用人、クレインという男からだった。彼は両腕をごてごてした作業用のマシン・アームにすげ替えられていて、舞闘場の力仕事全般を任されている。

 三十分の昼休憩中、僕の右隣でマーマレードのサンドイッチを頬張っていた彼が、ふとこんなことを口にしたのだ。


「ビット、今週の木曜はおまえ、忙しくなりそうだな」


 意味が分からず目をパチクリさせる僕に、クレインはヘッヘッと笑って続けた。


「本興行にあいつが出るだろ……ほら、ペンドラだか、ペンデラだかって奴がよ。おまえ、あいつを覚えてないってのか?」


 ――まったくその通りなんだけど。普段は口数の少ないクレインがわざわざこうやって話題に出すからには、それほど特別な舞闘だったのだろうか。僕が首を傾げていると、やや離れた席に座っていたドリッパーがひょいと口を挟んだ。


「こいつは、あの週丸ごと寝込んでただろう。おまえのせいだったのに、忘れるのはあんまりじゃないか、クレイン?」


 そう聞いて、僕はようやく「あの週」のことを思い出していた。だいぶ前のことになるけれど、不要になった看板を解体していたクレインが、手を滑らせて大きな木片を空中に放り投げてしまったことがあった。その木片は運悪く僕の頭に命中し、僕は一週間休むことになったのだった。どうやら、ペンデュラムクロックの舞闘は、ちょうどその頃に行われたらしい。

 一方のクレインはまだピンとこないらしく、つまらなそうにクイと首を傾げた。


「そうだったか……なんかぶつけちまったんだったかな。とにかく、あの舞闘の後は、舞台がひでえざまになっちまってよ。ああ、そうだ! おまえがぶっ倒れてたおかげで、俺たちが片付ける羽目になったんだな。げぇ、食事中に思い出しちまったよ。おまえ、よくあんな仕事を毎日できるもんだ。おまえも頭のどっか、壊れてるんじゃないかね……俺のせいじゃないといいが」


 きっと、肉片や何かが飛び散っていたのだろう。壊れてるってのは心外だけど、まあ、ここで育ってない奴とはちょっと感覚が違うのかもしれない。

 クレインは口直しにと、再利用品の樹脂カップに入った薄い麦汁を飲み干した。頑強な体格のわりに、繊細なところがあるものだ。


「でも、そんなに強いのかい、そいつ。ペンデュラム? 一度っきりしか舞闘に出てないのに……」


 僕は自分の食事を手早く片付けつつ、それとなく話を促してみた。すると、クレインはヘッと鼻で笑った。


「どうして一度っきりしか出てないか、考えてみろよ。あれは前座興行だったんだぜ。殺しがご法度の試合で、あいつは相手をミンチにしちまった。それでしばらく、舞台から降ろされたってわけだ」


 僕は口に含んでいた乾いたパンを、ごくりと飲み込んだ。それが本当なら、よっぽど荒っぽい性格なのだろうか。人形が舞闘のルールを無視するなんて、ベルフラワーのような「規格外品」でさえ、ざらにあることじゃない。それとも昔のラズベリジャムみたいに、理性がぶっ壊れているのか。


「でも、廃棄場送りにはならなかったわけ?」


 僕が言うと、クレインの代わりにドリッパーが答えた。


「そうだな、その点についちゃ俺とロングレッグ氏でちょっと話し合ったよ。スポンサーの都合もあるが、最終的には情状酌量ってことだろうな。まあ、俺の口添えのおかげってところだ。客の受けは悪かったが……」

「情状酌量?」


 僕のしつこい問いかけに怪訝な顔をしつつ、彼は食べかけのパンを皿の上に放って、肩をすくめた。


「なんだ、やけに気にするな? まあ、いいだろう。つまり、ペンデュラムクロックは意図してルールを犯したわけではない。彼女はただ、持てる力を発揮しただけさ。しかし、その力というのが少々過剰だったんだな。手加減のしようがなかった」

「……爆弾とか?」

「どんな仕掛けかは、俺もはっきりとは知らん。スポンサーの企業秘密だそうだ。客席の誰も、分かっちゃいなかっただろうな。舞闘が始まって、しばらくしたら……突然、ブーン! 相手が破裂しちまった。それを見たロングレッグ氏は、あいつをすぐ等級Bに上げることにしたのさ。そんな危なっかしい奴、本興行にしか出せないだろう?」


***


 その日の夕方、僕は聞いた話をそのままベルフラワーに伝えた。彼女は両腕を胸の前に組んで、フーンとうなづいた。


「あんまり確かな情報じゃないけど……僕に分かるのはこれくらいかな」


 やや不安な顔で肩をすくめる僕の背中を、ベルフラワーはパシッと叩いた。痛い。


「まあ、そんなところでしょう。分かってることは、不用意に近づいてはいけないってこと。それから、コントロールがフニャフニャだってことね」


 フニャフニャという表現が適切かどうかは分からなかったけれど、だいたいその通りだろう。僕がうなづくと、ベルフラワーはフムと唸って、組んだ自分の肘を人差し指でトントンとノックし始めた。


「私も、姿はチラッと見たことがあるわ。ペンデュラムクロック……見たところ、ただの気弱な女の子みたいだったけれど。よっぽど危なっかしい武器でも隠してるのかしら。大砲とか。口から? うーん、見えない武器……」

「シュガープラムの腕とかペタルの頭みたいに、自動制御の武器なのかもしれない」


 僕が付け加えると、彼女はパチンと指を鳴らして、それかもね、と言った。


「不気味だけれど、隙はあるはずだわ。自分の武器も制御できないなんて、みっともなくって悲しくならないのかしら。私、そんな子には負けないと思うわ」


 フフン、と不敵に鼻で笑う彼女に、僕は釘を刺しておく。


「とにかく……油断はしないでくれよ。何が起きるか分からないんだから」


 ベルフラワーは目をパチクリさせて、フッと鼻で笑った。


「あら、まあ、誰が誰に言ってるの? 情報を教えてくれと言ったけど、舞闘の助言をしてくれなんて、言っていないわよ。これは、私の舞闘だもの」


 自信たっぷりの彼女に、僕は一抹の不安を感じつつも、反論はできなかった。彼女の言う通り、最後に闘うのは彼女自身なのだから――と、そう思っていた。

 けれど後になって、僕はそこで引き下がったことを後悔しなくてはならなかった。

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