番外編「グラディアトリーチェス」
<場内セキュリティシステム 映像記録データ
設置ナンバー:13(舞闘場 永世闘士殿堂)
閲覧者:V.L
録画日時:21XX/XX/XX/01:10>
暗く、冷たい空気に満たされた部屋。静寂の中に、コッ、コッと一つの足音が響いてくる。足音の主は、背骨の曲がった一人の女である。彼女は右手にランプ型の携帯用電灯をぶら下げ、左手で杖をついている。顔は黒い頭巾で隠されていて、カメラには映っていない。
「さあ、おまえたち……点検の時間だよ。ちゃんと静かに眠ってるかい?」
しわがれた声で独り言をしながら、女は見た目よりもしっかりとした足取りで、部屋を端から回っていく。彼女のぶら下げた灯りで、部屋の内部が徐々に照らし出されていく。部屋の中には、いくつもの長方形のガラスケースが並べられている。
「まずはおまえからだ、ブラウンシュガー……おお、いつ見ても綺麗な、小麦色の肌だね」
女は一つのガラスケースに歩み寄って、灯りを近づける。透き通ったケースの中には、宝石の埋まった金の飾りを髪に刺し、ゆったりとした白と赤茶のドレスで着飾った少女が、横に寝そべっている。まぶたを閉じた少女の顔には、出来の悪い蝋人形のような、感情のこもらない、不自然にかしこまった笑いが貼り付いている。
「衣装を脱がされたり、宝石を盗まれたりしていないだろうね? いつでも綺麗にしていなくっちゃ……栄えある最初の永世闘士だものね、おまえは。よし、よし……あの頃は、おまえの長い足にみんな見とれていたっけ。私はずいぶん羨ましかったものさ……昔の話だね」
ガラスケースに向かって一方的に話しかけてから、女はクスクスと笑う。そして、腰に下げたポーチからクリーム色のきめ細かい布を取り出して、ガラスに積もったホコリを簡単に拭き取ると、彼女は次のガラスケースへと進む。
「おや、ヘイゼルナッツお嬢ちゃんじゃないか。あら、あら、誰がおまえのところに噛みかけのガムなんかくっつけたんだろうね……お客様じゃなきゃ、ぶっ殺してやるところだよ」
ハァと溜め息をつきながら、女はポーチから手のひら大の携帯用シャダー・ブラシを取り出して、ガラスの表面にこびりついたガムを剥がしていく。
「おまえが来たばっかりの頃は、よくそんな風に、他の人形にいじめられていたっけね。だけど、希代の頑固者よ、おまえはどれだけ打たれても決して折れなかった。そうして、おまえにぶつかっていく者はみんな、いつしか自分が折れてしまった。廃棄場があんなに賑わったのは、あの頃だけさ。おまえを誇りに思うよ、ヘイゼルナッツ」
綺麗になったケースをポンと叩いて、女は部屋の壁に沿って、さらに奥へと歩いていく。並んだケースにちらちらと灯りを向けては、取り付けられた体調維持装置をのぞき込んで、異常な値が表示されていないか、電源が落ちていないかを確かめながら。
そして彼女は、一つのケースの前でふと立ちどまる。
「おっと、おまえのことをすっかり忘れていたよ、ブルーバード。幸せの鳥……お客たちはみんな、おまえを見たがった。舞台の上で踊るおまえを……」
懐かしげに話しながら、女はガラスの奥で横たわる少女の顔をまじまじと眺める。少女は青いベルベットのドレスを着て、両手を頭上に掲げた姿勢のまま、静かに目を閉じている。
「おまえを追いかけて、何人の男たちが命を落としただろう。そういう話をするたびに、おまえは困った顔で苦笑いしたね。おまえは、追いすがる相手をかわして逃げるのが得意だった。それでも、誰もおまえを恨んだりはしなかったよ。なぜだと思う?」
女は無言で横たわる少女に向かって問いかける。答えがないことを確かめるように、女はしばらくじっと黙って耳を澄ませた後、フゥと溜め息をつく。
「……飛び回るおまえが、あんまり綺麗だったからさ。だけど、そんなおまえが今はこうしてガラスの籠の中にいるのは、なんだか皮肉な感じがするね。もちろん、おまえにとっては幸せなのだけど……」
女はしばらくぼうっとその場に立ち尽くす。力なく垂れた手から電灯が滑り落ち、カツンと音を立てて、灯りは消える。暗闇で、女は虚ろな声で独り言を続ける。
「いつか、おまえたち皆がまた目を覚まして、一緒にテーブルを囲む日がやってくるはずさ。『おじさま』はそう言ったよ。いつか……いつか……」
女はゆっくりと身を屈めて、暗闇に転がった電灯を拾い上げる。
「その時まで、私も……しっかりしていなくちゃ、ね……」
女は注意深く電灯に指を這わせて、手探りでスイッチを入れる。ぼうっと広がった灯りが、女の顔を照らし出す。腐った林檎のようにしなびた皮膚。経年劣化によって溶け崩れた頬の肉。輝きが失せ、白く濁った瞳。骨格だけは生まれた時のまま、不自然に少女の形を残している。
「しっかりおし、プレイリーローズ。おまえは、誇り高い永世闘士じゃないか。ほら、みんなが待ってるよ!」
そう自分に言い聞かせて、女は杖で床をカツンと打ち据える。
「そうだ、ちゃんと仕事を続けていれば、その日はやってくるんだよ。そうして、私も役目を終えて、おまえたちみたいに、ぐっすり眠れる夜が来る……いつか、いつか……」
一歩一歩、確かめるように歩きながら、女はまた自分の考えに囚われたのか、ぶつぶつと言葉にならない呟きを始める。
「いつ……?」
女の呟きはだんだん小さくなり、か細くなって消えていく。部屋には静寂と杖の音、足音だけが響き続ける。




