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第十二話 グラディアトリクス(後編)

「そうでしょう、やっぱりね!」


 僕が失敗したことを告げると、ベルフラワーはなぜか妙に嬉しそうな声でフフンと笑った。


「何がそんなに楽しいんだよ、ったく」


 顔をしかめる僕を見て、彼女はハッと口もとに手をやった。


「おっと、ごめんなさい。はしたなかったわね。でも、やっぱり私はお互いに役割を分担するべきだと思っていたのよ。私は誇りある舞闘人形で、あなたは使いっ走りの子供なんだから、それぞれに相応しいやり方をすべきだわ」


 確かにその通りではあるけれど、ずいぶんこちらを下に見た言い草だ。さらに不機嫌になった僕は、ぶっきらぼうに真意を尋ねる。


「……つまり、どうするつもりだ?」


 彼女は得意げに両腕を組んで、ニヤリと笑った。


「舞闘のない日だからって、私もお菓子ばっかり食べていたわけじゃないのよ。ちゃんと考えていたの。私がおじ……いえ、『彼』に近づくためには、どうすればいいか。あなたにできなければ、私がやるしかないのだから」


 確かに、その通りではある――けれど、ロングレッグ氏は舞闘の時以外、めったに自分の部屋から降りてくることはない。

 舞闘の時でさえ、彼専用の観覧席に入れるのは僕一人で、その出入り口は警備のために等級Aから選抜された人形二人が守りを固めている。いくらベルフラワーとは言え、彼らを力づくで排除するのは難しいだろう。


「でも、どうやって? 言っとくけど、舞闘中に舞台から攻撃するってのは無理だと思うね。流れ弾が入ってこないように、シールドかなんかが張られてるんだ」


 そんなことは常識だ、と言いたげにベルフラワーはツンと顎を反らせた。


「そういうことじゃないわ。私、思い出したのよ。私たち舞闘人形が、あの人と直接顔を合わせる唯一の機会。私たちにとって、後にも、先にも、一度だけの機会よ」


 彼女が言わんとしていることを理解して、僕は思わず、あっと声を上げた。彼女はシィッと人差し指を唇に当てつつ、うなづいた。


「静かに……そう、『永世闘士(グラディアトリクス)』よ。本興行で五連勝して、永世闘士の称号を授かるとき……その儀式のために、彼は必ず観覧席から降りてきて、舞台に上がらなくてはいけない。そして、ひざまづいた人形の頭にそっと手を乗せるの。クークーがいつも、うっとりした目で話していたわ。自分も、いつかその儀式を受けるはずだ、って……」


 ベルフラワーはふと遠い目になって、誰かを探すように周囲を見回した。そして、僕しかいないことを確かめて、ガッカリしたような、ホッとしたような、微妙な表情を浮かべた。彼女が探していた相手は、もうこの舞闘場にはいない。この世のどこにもいない。僕は遠くへ行ってしまったベルフラワーを呼び戻すように、エヘンと咳払いをした。


「……それじゃ、君はこのまま本興行で勝ち続けて、その儀式に辿り着く気なんだな」


 ベルフラワーはじっと僕の目を見て、うなづいた。


「うん。そのために、あなたにも協力してもらう。あなたは、いっつも観覧席から舞闘を見ているんでしょ。私以外の人形たちのことも、きっと詳しいのよね」

「たぶん、君よりは。つまり、対戦相手の情報を調べて、君に教えればいいんだな?」


 僕がそう答えると、彼女は両手をグッと握って、よくできました、と言った。


「その通りよ。さあ、これでやるべきことは決まったわ。きっとやり遂げましょうよ、ね!」


 彼女はニッと笑って、右手を差し出した。僕がぎこちなく握り返すと、彼女は腕がちぎれそうな強い力でブンと一振りしてすぐに手を放し、さっさと駆け去って行った。彼女の手は、僕よりもずっと細く、骨張っていたけれど、不思議と暖かかった。


 僕はゆっくりと廃棄場を後にしながら、「やるべきこと」を反芻した。

 本興行で、彼女を勝たせる。そして、彼女はロングレッグ氏を殺す。

 それから――それから、僕たちは、どうなるのだろう。その先に待ち受けていることが、いいことか悪いことか、僕にはまだ、想像もつかなかった。

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