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第九話 涙は落ちた小鳥のために(前編)

 クークーフラワーとブラックシューレイスによる本興行は、多くの観客と、そして僕の記憶に強く残る舞闘になった。


 組み合わせが発表された時点で、二人に大きな力の差があることは、誰もが分かっていただろう。ブラックシューレイスは、これまでに何度も本興行で四連勝しながら、ギリギリのところで永世闘士への昇格を逃してきた、言わば「無冠の女帝」だ。舞闘場の中で最強の人形を挙げろと言われれば、観客のほとんどが彼女の名前を挙げるだろう。

 それほどまでに、彼女の強さは他の人形を圧倒していた。彼女が永世闘士に辿り着けないのは、ロングレッグ氏かスポンサーが、彼女を長く舞闘場に留めておきたいと考えて「八百長」を仕組んだのではないか、などと噂されることさえある。

 そして彼女は、誰よりも多くの対戦相手を再生不可能な状態に追い込んだ。つまり――殺した。それは人形として、名誉でこそあれ、何ら恥になるようなことではない。けれど、僕は彼女がどこか苦手だった。作られた疑似生物である人形たちは、皆どこか歪ではあるにしろ、それなりの人間性のようなものを垣間見せるのに、彼女はそういうものを欠片ほども見せたことがなかった。


 一方、対戦相手として選ばれたクークーフラワーは、一年近く燻っていた等級Cから、時間切れの判定勝ちで等級Bに上がって来たばかり。どちらが勝つかは、火を見るより明らかだった。彼女は、本興行に出演することさえ初めてだったのだ。



 ブラックシューレイスの華々しい勝利を見るためか、それとも対戦相手の無惨な死を見るためか、その日はお客がいつもの倍近く入った。前座興行が終わり、彼女が舞台に姿を現した瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が舞闘場に響いた。

 彼女はいつものように、喪服メーカーから貸し出された、真っ黒なベルベットのドレスを着ていた。彼女のトレードマークでもあるそのドレスは、地面に引きずるほど裾が長い。それは元々、「どれだけ引きずっても汚れが付かない」という新素材を宣伝したいメーカーの思惑があったらしいのだけれど、結果として、彼女の神秘的なイメージを作り上げるのに一役買っている。


 うつむきがちに舞台の中心へと歩み出た彼女は、黒い口紅を塗った唇を真っ直ぐに引き絞ったまま、さっと裾をつまんで持ち上げ、深く一礼した。長く真っ直ぐな黒髪がはらりと垂れて、まるでドレスと同化したように見えた。

 彼女の下げた頭がぴたりと静止した瞬間、騒がしかった観客たちまでもが一斉に声を落とし、舞闘場全体が静寂に包まれた。


「ブラックシューレイス……仕度が整いました」


 彼女の少しかすれた声が、静かな舞台に響いた。顔を上げた彼女は、わずかに眉根を上げて、憂いのある表情を浮かべていた。舞闘をする時、彼女は必ずそんな顔をしていた。けれど、その闘い方を見る限り、彼女が本当に何かを悲しんだり憂えたりしているとは考えにくい。舞闘の後、彼女のドレスはいつも、染み込んだ血で二倍の重さになっていた。


 遅れて舞台に入ってきたクークーフラワーは、すっかり相手の空気に呑まれて、萎縮しているように見えた。しかし舞台に立つと、彼女は胸の内の恐怖を振り切るようにかぶりを振って、毅然と敵を睨みつけた。彼女が見せたなけなしの勇気を、ブラックシューレイスはただ冷たい目で眺めていた。


「クークーフラワー、仕度が整いました」


 クークーが礼をするのを見計らって、ラッパの音が鳴り響いた。彼女は早めに頭を上げ、音が途切れる瞬間の動きを見逃すまいと、じっと相手の姿を見つめた。

 彼女の武器は、ふくらはぎの内部に仕込まれた高周波ブレードだ。ベルフラワーの展開式多脚、いわゆるジャックフットの旧型モデルで、刃が一本しかない代わりに、大きくて威力がある。問題はベルフラワーと同様、近づかなければ攻撃が出来ないことだ。相手の隙をついて、なんとか接近する必要があった。


 そして、ラッパの音が途絶え――ブラックシューレイスが動いた。けれど次の瞬間、クークーは早くも相手の姿を見失っていた。ブラックシューレイスは長いドレスの裾と長い髪の毛を振り乱して、彼女の視界を黒一色に塗りつぶしてしまったのだ。それは一瞬のことだったけれど、ただでさえ気を張っていたクークーの出ばなをくじくには十分だった。


 夜を飛ぶカラスのごとく、長い髪とドレスをなびかせながら、ブラックシューレイスは舞台の上を自在に跳び回った。重たく動きにくそうな服装とは裏腹に、彼女は風のように身軽だった。クークーがようやく彼女の姿を捉えたと思った時には、すでに彼女の背後に回り込み、袖から覗く白い手首を伸ばそうとしていた。か弱く見えるその手こそ、今まで数多くの人形たちにとどめを刺してきた、彼女の最大の武器なのだ。


 危うく思われた一瞬、クークーは危険を察知して、地面を蹴って空中へと飛んだ。カッコウ鳥(クークー)の名に相応しく、彼女の背中には、短い時間ながら空を飛ぶためのフロート・ユニットが搭載されているのだ。とどめを刺し損ねたブラックシューレイスの白い手は、空へ逃げた対戦相手を招き寄せるように、空中へと差し伸べられた。

 この時点で、クークーは自分の勝利をあきらめたように見えた。彼女たち舞闘人形は、本来、傷や死を恐れることはない――けれど、捨て身の相討ちばかりでは勝負にならないからと、ロングレッグ氏は彼女たちに、「死」に対する最低限の恐怖だけを心の底に残しておいた。そして今、クークーの心の中で、そのほんのわずかな恐怖が、不屈の闘争心を上回りつつあった。彼女はもはや勝利ではなく、「死」以外の敗北を求めていた。


 彼女はブラックシューレイスがどれだけ跳躍しても届かない高さまで昇って、荒い息をしながら眼下を見下ろしていた。モニターに映る彼女の足は、震えていた。その姿を見て、ロングレッグ氏がフッと小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。彼は、彼女の臆病な闘いが気に食わないようだった。先週の前座興行で、クークーが時間切れで勝利した時もそうだった。


 まさか――彼は、気に食わない闘い方をしたクークーへの罰として、勝ち目のない舞闘を組ませたのだろうか?

 でも、その気になれば、彼はいつでも人形を廃棄場送りにすることができるはず。それとも、ただ廃棄場送りにするだけでは飽き足らず、観客たちの前で無惨な死を晒させることが、彼の下す最大の罰なのだろうか。

 じっと顔を動かさず、舞台を見つめるロングレッグ氏の静かな眼差しからは、その答えは見つけられそうになかった。

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