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序文

〜ヴィクター・ロングレッグ回想録より〜


 すべての始まりは、小さなペニー・アーケードだった。

 裸の電球がちらついて、安い音楽とピンボールの音が響く、昔ながらのアーケードだ。

 私はそこの自動人形劇場で下働きをしていた。寂れて、薄汚れた劇場だった。


 演目はたったの二つ。女のダンサー人形が踊る「剣の舞」と、男の剣闘士と虎が闘う「コロッセオ」。

 どの人形も本物のように精巧で、動きもよく出来ていたが、客はさっぱり入らなかった。

 人の代わりにロボットが戦争に行く時代に、ただ人形が動くというだけで金を払う奴はいなかったんだ。


 ある時、私は劇場の主人に相談して、演目の一切を再プログラムさせてもらえることになった。

 私は人目をひく方法を考えた。それは、あらゆる人間を惹きつけるものでなくてはならない。

 それは何か? この世で最も美しいもの。つまり、暴力だ。そして女。


 私はまず剣闘士の人形を舞台から降ろし、ダンサーに剣を持たせて、虎と戦わせる演目を作った。

 ダンサーは艶かしく身をくねらせ、襲いかかる牙をかわし、虎の腹の下へもぐり込んで、最後は虎を打ち倒す。

 客が一人やってきた。男の、下卑た客だ。笑いながら、卑猥な悪態をついて出て行った。


 次の日は関節に水溶性インクを入れたチューブを通して、人形たちが赤い血を流すように細工した。

 動きは今までとほぼ同じ。だが、虎の牙がダンサーの肌をかすめ、切っ先が虎の顎を突くたびに、舞台に真っ赤なしぶきが飛ぶ。

 客が二人やってきた。女たちが、目を細めながらも、最後までじっくり見ていった。


 最後に、私は予備のダンサー人形を倉庫から持ち出して、それを虎と置き換えた。

 二体の人形は舞台を駆け回り、剣を重ね、肌に触れ、互いの血に濡れながら、最後は二人とも息絶える。

 プログラムが終わる頃、劇場には小さな人だかりができていた。

 これだ。これこそ、人の求めるものだ。


 私は人形を何体も発注して、それぞれに上等な服を着せてやった。

 下品な出し物であればあるほど、品格を保つ努力をしなければならない。

 美しいものでなければならないのだ。それが、残酷で不道徳な人形劇を「芸術」にしてくれる。

 後ろめたさのない暴力。罪のない陵辱。夢のない夢。それが芸術だ。


 莫大な借金をして劇場を人形ごと買い取った私は、軒先に赤い垂れ幕をかけた。

 金糸の豪奢な縁取りをされたその幕には、大きな字でこう書かれていた。

 ――女剣闘士(グラディアトリクス)

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