あたたかな手
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森での調査が終わって森の外へ出ると、陽は既に傾いていた。
「日帰り調査の予定だったから、宿もとってないんだが…」
この森での乱闘は、10年以上も前に一度起きただけで、その後異変は起きていない。それでも国としては住民を守る義務があるため、何年かに一度、安全確認のための調査を行わなければならなかった。
義務ではないが、国民からの信頼を得るための行為であり、実際何かが起こる気配があるのなら、未然に防ぐ方が何倍も手早く済む。
そのため近衛兵の中から私が1人赴くことになった。
調査自体は特に問題もなかったが、今朝からどうも身体が重い…。休憩をとろうと途中横になったりもしたが、森で少女に出会い、しかもその気配に気づけなかったのには自分でも驚いた。
いつの間にこんなに疲れていたんだろう。
それでも街まで戻らなければ、このまま野宿するにも野営具がない。
馬屋へ行って、早く出発しないと…。
そんなことを考えていると、ふと人の姿が目に入り、さらに目が合った。
昼間森で出会った少女だ。
「あ・・・」彼女からふいに声が漏れる。驚き、困惑し、どうしたものかという表情を一瞬だけ浮かべた後、にこりと笑って声をかけてきた。
「こんばんは、今お帰りなのですね」
「あぁ、まぁ」
突然のことで何の用意もなかった私は、彼女と同じように当惑しながら答えた。
「すっかり暗くなってきましたね。あれから一日森で調査をされていたなんて、本当にお疲れ様でした」
彼女の言う通り、先ほどから刻一刻と陽は傾き、間もなく夜が訪れる。
それにしても、大した知り合いでもないけれど、事情を知った人に今日の労働を労われるのは何だか嬉しかった。そんなことを思っていたら、気づけば黙りこくってしまっていた。
そんな私を気遣ってか、彼女が続ける。
「今日はこの町に滞在されるのですか?」
「・・・・・」
出来ればそうしたいところだが、観光名所でもない田舎町で宿を探すのは大変だ。ないことの方が多い。日を跨ぐ調査の際は、予め領主の屋敷などに手紙を送り宿を手配してもらったり、知人の伝手で確保してもらったりする。
「…いや、宿もとっていないし、これから馬に乗って出発するところだ」
そう答えると、シャルロットは
「これからですか!?」
と驚きの声を上げた。この町で休むことを前提に話していたのなら、もしや、この町には宿があるのだろうか?
続けて彼女が問う。
「レオンハルト様、なんだか顔色が優れませんが、実はかなり疲れていませんか?」
図星を指されて、返事に詰まる。振り返ると、こんなにも宿の存在を考える辺り、潜在意識がかなり欲しているのだろう。
すると、彼女は自分の家に来ないかと提案してくれた。その言葉に光が射す心地を覚えた私はどうかしている。
どんなにキツくても、自分の事情で他人に甘えるわけにはいかない。ましてや騎士である私は、身分の差でどうとでも動かしてしまえるのだから。
そんなことを考えて、私は彼女の申し出を断った。
それでも、と一時の休憩を促されたので、それだけは厚意を受けることにした。
中はこじんまりとした様子で、その手狭さに何となく落ち着き心地良さを感じる。土で出来た壁や、木や煉瓦に囲まれ淡い緑や深緑を基調に彩られた部屋、ずっと親しみ使われている家具たちにホッと安らぐ心地がする。
そうして部屋を眺めていると、
「上着や荷物、お預かりしますね」
と少女が手を差し伸べてきた。
ふいをつかれ気後れしたことで、パッとしない返事を返す。
すると、「ちょっとよろしいですか?」と声をかけながら、彼女が手を伸ばしてきた。
予想外のことにたじろいでしまう私に、彼女が告げる。
「・・・熱がありますね」
あぁ…熱があったのか。今朝からどうにもおかしいと思っていたのは、そのせいだったのか。
王家に仕える近衛騎士たる者が、自分の体調管理も出来ていないとは、恥ずかしい…。
それを見ず知らずの娘に指摘されるのも、非常に情けない。
「熱・・・」
羞恥と不甲斐なさに苛まれて、呟くような一言だけが漏れ出た。その言葉を受けてかどうか、彼女が答える。
「なかなかな高熱ですよ。こんな状態で馬に乗ろうとしていたなんて、驚きです」
指摘されると、一気に眩暈がしてきた。自覚すると状況が肌身に伝わるようになるが、病気もその類らしい。
彼女はそんな私の様子を見て、上着や荷物など休むのに邪魔と思われるモノを私からテキパキと取り除くと、そのまま寝室と思われる場所へ連れて行った。
「こちらに横になっていてください」
「いや…そんな訳には…」
「横になっていてください」
シャルロットは強く念押ししてきた。頭もボーッとするので、大人しく従う。
片田舎の一人暮らしの女性の家でベッドを借りるなど、なんとも居た堪れない。こんな所で靴を脱いで横になるとは、本当に騎士として情け無い気持ちが溢れる。帰りたい。
でも身体は意に反し、ここで休むことを望んでいた。
精神と身体が乖離するとは、なんとも煩わしい。
そんなモヤモヤした気持ちで横になっていると、シャルロットが戻ってきた。手には桶と手拭いを持っている。
桶をベッドの横に置くと、手に持っていた手拭いを拡げて、私の頬に当てた。
きっと冷たいと思い身体が強張ったところへ、温かい布の感触が触れる。その感触に一瞬驚き、そして強張りが解ける。
身体の芯は熱いのに、温かな布が心地良い。
彼女はそのまま私の顔を綺麗に拭うと、今度は桶に入った手拭いを絞り、同じ動作を繰り返す。桶の中は冷たい水のようだ。
暑いような寒いような状態で冷や汗が出ていた体も、温かな手に触れて緩やかに解れていく。
その感触がどこか懐かしく、先ほどまでのモヤモヤとした想いも一緒に拭い去っていくようだった。
(あたたかいな・・・)
そんなことを思っていると、シャルロットの様子が次第にぎこちなくなってきた。どうしたのだろうと思っていると、
「あの、レオンハルト様、その…服を脱いでいただけますか…?」
と声をかけられた。なるほど。
「いや、さすがにこれ以上は自分でやる」
思えば顔も自分で拭けるのに、全て委ねてしまっていた。その事実に今さら気づき、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「さすがに全部拭いて差し上げるのは烏滸がましいので、背中だけでもと思いまして…」
「・・・・・」
ここですぐに断らなかった自分はどうかしている。今日一日のおかしな行動は、全部この熱のせいにしても許されるだろうか?
言い訳や恥ずかしさや、その他色んなことが頭を巡りながらも、身体の疲れや心地良い感触に気が引かれてしまい、結局何も言わないまま上着を脱いだ。
きっと赤面している顔を片手で隠し、何か言おうとするが何も出てこない。
シャルロットはそんな私の様子を見ても何も言うことはなく、そんな彼女を横目でチラリと見てみると、優しい顔で微笑んでいた。
その表情を見て、恥ずかしさや申し訳なさはどこかに消え、同時に童心に戻ったような、心に蝋燭の火が灯ったような気持ちになった。
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