7回鳴くカラス
山に囲まれた小さな村に七太という男の子がいた。七太の父ちゃんと母ちゃんは畑に出て朝から晩まで働いた。その間、まだ幼い七太は山に住むじいちゃんに預けられた。朝になればじいちゃんが七太のことを迎えにくる。じいちゃんは小さな山小屋で鶏を飼って一人で住んでいた。
「七太、行こうか」
じいちゃんは手を差し出した。じいちゃんには腕が1本しかない。七太は父ちゃん母ちゃんと離れるのが寂しくて毎日泣いた。じいちゃんはそんな七太を片手でおぶって歩いた。
「七太は寂しがりの泣き虫じゃなぁ」
じいちゃんはそう言って笑った。じいちゃんの家に着くといつも1羽のカラスが屋根に止まっていた。七太は泣き止んでじっとカラスを見上げる。するとカラスは2人に向かってのどを太くさせ、身体いっぱいに鳴いた。
「カァカァカァカァカァカァカァ」
「ひぃふぅみぃよぅいつむぅなぁ」
七太は小さな指を折りながら鳴き声を数えた。
「今日もちゃんと7つ鳴いた」
するとじいちゃんはよいしょと七太を担ぎ直してカラスを見上げた。
「カラスの鳴く回数には意味があってな。1回鳴いたら挨拶で、3回鳴いたら腹いっぱい、5回鳴いたら用心せい。7回鳴くのは親分が仲間を呼ぶ時じゃ。鳴七はカラスの親分じゃからの」
じいちゃんはカラスに『鳴七』と名前をつけて友達みたいに呼んでいた。
「親分? おいら、こいつ以外のカラスは見たことないぞ」
「ああ、今は鳴七1羽だけじゃ」
「なんじゃ、こいつもおいらと同じ寂しがりの泣き虫じゃな」
七太は鳴七に向かって「カァ」と1回鳴いた。すると鳴七は全く興味のないようにぷいと顔を背けて林の奥へ飛んでいってしまった。
「かわいくない奴め」
そう言いながらじいちゃんの背を降りるとカラスがいなくなって安心したのかじいちゃんの飼っている鶏たちが寄ってきた。鶏のエサをやりは七太の仕事だった。
「なぁ、じいちゃん、鳴七はじいちゃんの鶏を襲わないんか?」
「ああ、襲わないな。なんでじゃろうな」
じいちゃんは笑って言った。
それからも七太は毎日じいちゃんの背でわんわん泣いて、鳴七が鳴くと涙を止めて鳴いた数を数えた。鳴七は必ず7度鳴く。それより少ないことも多いこともない。そして七太が鳴七に「カァ」と挨拶しても鳴七はこたえることはなかった。
「生意気なやつじゃ」
七太が不満気にくちびるを突き出すとじいちゃんはそれをいつも笑って見ていた。じいちゃんの家は何もなくて遊び相手は鶏くらいだった。じいちゃんは片手で器用に鶏の世話をした。放し飼いにされている鶏たちは逃げることもなくじいちゃんによく懐いていた。
父ちゃんと母ちゃんは1人で暮らすじいちゃんを心配して一緒に住もうと言ったがじいちゃんはそれを断った。
「鶏たちはわしがおらんと生きていけんからなぁ」
じいちゃんはそう言って笑っていた。
ある日、じいちゃんの家に着くと鳴七が鶏小屋に向かってガァガァとにごった声で泣いていた。
「カァカァカァカァカァカァ」
「ひぃふぅみぃよぅいつむぅ……あれ? 6回だ」
鳴七の鳴き声が1回足りないだけなのになんだかいつもとちがう嫌な感じがした。じいちゃんは七太を背から下ろす。七太は不安になった。いつも笑っているじいちゃんが笑っていない。
「七太。ここを動くんじゃねぇぞ」
じいちゃんが低い声でそう言うと落ちていた長い枝を持って鶏小屋に入っていった。
「カァカァカァカァカァカァ」
鳴七が怒ったように6回鳴き、1人残された七太は怖くて心細くて震えていた。
するとしばらくしてじいちゃんが鶏小屋から出てきた。枝には大きな蛇がぐるぐると巻き付いている。お腹は卵の形にぽっこり膨らんでいた。
「やられたのは卵だけだ」
じいちゃんが言った。蛇を見た鳴七は翼をはたばた動かしながらさらに激しくガァガァ鳴いた。蛇は赤い舌をチロチロ出しながらじいちゃんの様子をうかがっていた。
「もうここにはくるでねぇぞ」
じいちゃんは蛇にそう言うと少し離れた茂みの奥に蛇を逃した。七太は戻ってきたじいちゃんの腕にしがみついた。
「じいちゃん平気か?」
「ああ、こっちが悪さしなけりゃ襲うこともない、あれは大人しい蛇じゃ」
「でも鶏の卵とられたんじゃろ? やっつけなくてよかったんか?」
するとじいちゃんはいつもの笑顔を浮かべた。
「わしらも鶏の卵をもらうじゃろう? 人間も蛇も同じじゃよ」
屋根の上では鳴七がまだ興奮してガァガァ声を上げていた。
「鳴七、もう大丈夫じゃよ」
すると鳴七は鳴くのをやめて用心深く辺りの様子を確かめていた。
「なぁ、じいちゃん、鳴七は蛇がいるって教えてくれたんか?」
「ああ、わしらを仲間と思って守ろうとしたのかもしれんな」
「仲間?」
「昔、食い物に困った年があってな、山にも食べ物がなかったんじゃろう。鳴七の群れは村の作物に手を出したんじゃ。すると怒った村人が鳴七に石を当ててな。わしはその手当てをしてやったんじゃ。じゃがなぁ、鳴七が怪我をして動けなかった間に鳴七の仲間はオオタカに襲われてしまったんじゃよ」
「そんな」
七太は悩んだ。もし父ちゃんと母ちゃんが作る作物を取られたら七太だって石を投げたくなるくらい頭にくるだろう。でも1羽になって家族をなくした鳴七も可哀想だと思った。じいちゃんは悩む七太の頭をごつごつした大きな手で撫でた。
「みんな必死に生きておるだけじゃよ」
そこに落ち着きを取り戻した鳴七の声が響く。
「カァカァカァカァカァカァカァ」
「ひぃふぅみぃよぅいつむぅなぁ……」
力強いその鳴き声はいつもと同じ7回だった。鳴七は心なしか得意げに胸を張って鳴いていた。
「鳴七はおいらと違って寂しがりなんかじゃねぇんだな。おいらも誰かを守る強い男になりてぇ」
七太が言うとじいちゃんはしわだらけの顔をもっとしわくちゃにして笑った。
「そりゃあ立派なことだ」
頭の上でバサッと翼を開く音が聞こえた。七太は鳴七に向かって叫ぶ。
「鳴七、ありがとな」
すると鳴七は「カァ」と一度だけ鳴いて飛び去っていった。
お読み頂きありがとうございます。
本当にカラスは鳴き声の数でコミュニケーションを取るそうです。賢いですね〜!