晴れ、時々リボルバー
日本の空からリボルバーが降ってきた。
その後のドタバタ劇をお楽しみくださいませ。
ゆるふわ現代ファンタジー。
もしくは。
ゆるふわ現代SF。
そんな感じの物語です。
西暦2022年、令和4年、寅年。
言い方は色々とあるが、この年に起こった出来事を、人々は忘れる事は無いだろう。
日本の空からリボルバーが降って来た。それも100年以上昔の、ロシア製のナガンM1895。
とうの昔に忘れ去られた、この旧式のポンコツが何故?。
その始まりは、その年の春にロシアの大地から始まった。
共産国ロシア、ペレストロイカ以降は外貨が流れ込み、物価の上昇と共に貧富の差が広がる北の大国。
しかし、それ以前は東西冷戦の中心になった軍事大国であり、今なお西側諸国とは敵対関係にある。
当然、軍備は縮小する事も無く、新型を開発しては自軍に配備し、古くなった旧式は兵器市場に流される。
しかしここで、その流れにさえ乗れない武器も出て来る。
いわゆるジャンク品、第二次世界大戦以前に配備された古式銃に近い物だ。
共産国の強み、それは無駄を通り越した潤沢な予算と兵士の数にある。
ロシアの北にある、忘れ去られた補給基地。
兵士の数よりも、周りで飼われている家畜の数の方が多い、寂れた基地にもペレストロイカの波が押し寄せてきた。
『ロシア軍最高司令部より通達、基地内に保管されている武器の中で、以下のリストの物を破棄すること。
ナガンM1895とその弾薬、及びその付属品。
後日、手配された軍用トラックに積み込む事』
そう書かれた書簡とリストを見て、基地司令は溜息を一つ吐くと人員などの手配を始めた。
翌日、運転席より後ろは幌を纏った旧式の軍用トラックが基地の外に出る。
古い木箱に入った、銃と弾薬と付属品は、カタゴトと音を立てながら、地平線まで全てが草のロシアの大地を南へ進んだ。
ノロノロと土の道を進むトラックの運転手は、急に耳がツーンとなって戸惑った。
左手で鼻を摘んで、フッと息を溜める。
飛行機の耳抜きと同じやり方で鼓膜を元に戻すと、いきなりドーン!っと衝撃が身体を襲った。
急ブレーキを踏んでトラックを停めると左手でサイドブレーキを引き起こす!
慌てて外に出ると、足がフワリと宙に浮いた!
慌ててトラックにしがみ付くと、まるで宇宙遊泳の様に身体が真横に浮き出す!
近くでバリバリと木が倒れる音がすると、そのまま上に浮き出した!
その時、運転手は昔テレビで見た光景を思い出す。
「ま…まさか!…竜巻!!」
そう思った次の瞬間、トラックを掴んでいた指が風速に耐えきれずに手が滑る!
悲鳴と一緒に運転手が空に舞った次の瞬間、バリバリと音を立ててトラックの幌が千切れ出した!
骨組みごと、吸い込まれる様に空に消える幌は、まるで、風に流されるコンビニの袋の様に見える!
そしてトラックに乗っていた木箱も、一つまた一つと空に吸い上げられて行った。
竜巻、自然が行うそのエネルギーは人類が作った内燃機関を凌駕する。
上空八千メートルにまで上がった木箱は、竜巻の中でビリーヤードの様にお互いにぶつかると、中身を散乱させながら南へ南へと移動して行った。
今回の竜巻はダウンバーストと上昇気流、そして積乱雲が起こした偶然の産物ではあるが、スーパーセル並みのその規模は巻き上げた木箱を地上に落とす事なく移動を開始した。
もしもこの時、成層圏から見る事が出来たならば、太陽の光を反射してキラキラと輝きながら、竜巻の中で舞い踊る拳銃と弾と付属品が見えていた事だろう。
やがて竜巻は海を越えて日本の上空に来ると、太平洋高気圧とぶつかった。
日本に来るまでに、エネルギーをほぼ使い果たした竜巻は日本上空で掻き消えた。
置き土産を残して。
その日、日本の空から落ちて来たリボルバーの正確な数の記録は無い。
落ちたのが深夜の丑三つ時で、外を出歩く人が少ないのが幸いだった、が数名の人達の死亡記録は残っている。
コンビニ帰りに頭に当たった不幸な者。
車のフロントガラスに落ちて来て、事故で亡くなった者。
大半は家の屋根が壊れる程度で済んだのだが、その夜の警察への通報は終わる事なく未明まで続いた。
そして朝になって宝探しが始まる。
きっかけはSNSの投稿で。
いわく、拳銃拾った!
いわく、なんか弾っぽいの一杯落ちてる!
いわく、拳銃のホルスターっぽいの拾ったけど中身ねえわ、ハズレ?!
深夜に寝れない暇人達が投稿する度に、1人また1人と外に出て拳銃を探す人々。
それらは、公園の砂場で、畑の中で、学校の運動場で、比較的柔らかい土壌の場所で使える当たりを引いた人達。
アスファルトやコンクリートの上で壊れた状態で見つけた人達は、警察に通報したり、直接警察署に持って行ったり。
警察はそれらが来る度に書類作成に追われる事になる、初めは通報が来る度に鑑識が記録を取っていたのだが、数十件を超えた段階で匙を投げた。
「拾得物の届けだけ出しとけ…」
余りにも同じ様な写真の量に危機感を覚えたのが本音である。
もしも、間違えたら?
拳銃だけでは無く、弾やホルスターの持ち込みの余の多さに手が回らない。
「弾1発の鑑識してる間にどんどん案件が溜まって行ってます、処理が追い付きません…」
警察が書類に追われている頃、個人物販サイトにリボルバーが出ているとワイドショーが取り上げて、警察関係者が白目を剥いた。
テレビの中で、モザイクとボイスチェンジャーで年齢性別のわからない人物がインタビューを受けていた。
「ええ、銃本体は拾ったんですけど弾が無くて」
「お金が無いもんで、ダメ元で出したら数万円で落札してくれました」
悪びれもせずそう答える人物に、何処で手に入れたのか訪ねると。
「バス釣りにいったら藪の中に落ちてたんですよ」
場所は言えない、そう答えると。
「弾とかも出てますよ、オークションサイトで」
勿論、闇サイトでの話だと答えるとインタビューは終わった。
その後、警察が放送したテレビ局に任意で事情聴取した所。
「報道のソースは答えられない」
そう返答した番組プロデューサーに令状を取ってキッチリ署内で取り調べた結果、思った以上に隠れて所持している事が判明した翌日、事件は起きた。
よくある日常の風景になりつつあるイジメ問題、滑り止めで入った高校でスポーツや学業で日の目を見無い底辺の吹き溜まり。
気の弱い生徒に集団で殴り蹴り、最後にカンパと称して現金を脅し取る不良共。
いつものように財布代わりにしている生徒を体育館裏に連れ込み。
「カンパ、出しな」
ニヤニヤと馬鹿にした笑い顔が恐怖に引き攣ったのは、目の前に銃口を突き付けられた後だった。
カチッ!っと撃鉄を起こす音がした後に数秒の静寂が訪れる。
リボルバーの引き金は酷く重い、撃鉄を起こしたしたシングルアクションでも、他のリボルバーの倍はある。
元は騎兵が馬上で使用する際に、安全性を考えて重くしてあるのだが慣れないとガク引き。
引く時に手首が動いて狙いが定まらない状態になる。
タァン!っと7・62㎜ナガン弾の乾いた音が辺りに響くと、ニヤニヤ笑いの屑の悲鳴が聞こえる。
「痛え!痛えよぉ!」
肩に当たった弾は威力で言えば32口径の小型拳銃と同じエネルギーがあり。
軍用弾の弾頭は貫通して体育館の壁にめり込んだ。
それを見てカンパのお溢れに期待していた不良共が、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。
通報を受けた警察が見たものは、地面に倒れて疼くまり、肩から血を流している生徒と。
両手にリボルバーを持ったまま呆然としている生徒。
「銃を捨てろ!」
金属製の盾とサスマタを持った警官に囲まれて、我に帰った生徒がリボルバーを放り出すとガリガリとアスファルトに削られながら離れる。
「確保おおお!」
サスマタに腕や胴を抑えられた生徒は手錠を掛けられるとパトカーに押し込まれる。
しかし、この事件は氷山の一角に過ぎなかった。
コンビニ強盗をリボルバーで追い払った店員。
タクシー強盗を返り討ちにした運転手
電車の中で暴れるチンピラを大人しくさせた会社員
リボルバーを使った事件は増えた、しかしその反面市民を食い物にする事件は減って行った。
カモだと思ったら返り討ち合うのである、強盗や脅迫などの事件は減り、暴力団は事務所を畳んだ。
負債者から集金しようとして、反撃に会い撃たれるケースが日に日に増えていく。
手足に使われていた三次構成団体は、端金でいつ撃たれるわからないなら農業でもやる方がマシだと消えて行った。
警察も頭を抱えていた、事件の多さに手が回らない。
もう不法所持程度では逮捕まで手が回ら無い、発砲事件や傷害を優先して書類送検しても裁判所で処理が追い付かない。
自衛として使われた案件は、簡易裁判で罰金で済ませてリボルバーは没収、強盗などの凶悪犯だけ刑務所に送られた。
既に刑務所も飽和状態で受け入れ出来ず、軽犯罪者は民間の刑務所に委託する案も出て、後は国会の承認を待つだけなのだが。
「今から作らないと間に合わないって言ってるじゃ無いですか!」
何処に作るかで揉めていた。
結局は首都圏では無く、人口比率の少ない県で、受け入れる犯罪者の数に合わせて補助金を出す事で落ち着いた。
北海道の北の果てや、四国にある離島などが選ばれて、高い二重の塀に囲まれた学校の様な建物が建てられ、特に離島の施設は別名アルカトラズと呼ばれる事になる。
全てが落ち着いた頃、気象庁の予報に新しい単語が増える事となった。
「明日の天気は晴れ、時々リボルバー」
お出かけの際は頭にヘルメットを忘れずにお出かけください。
今回、初めて応募の様なお祭りに参加させて頂きました。
自分は古いタイプの木と鉄と火薬の匂いのする銃が大好きでして。
ナガンって何?。
そう思われた方々が興味を持って頂けたら幸いです。