【第二章】第三十五部分
今どきドクターモノのコント以外では使われることのない道具であるが、かつえは子供の頃から医者の気分を味わうため、今でもたまに使っていた。当然、鏡の面は湾曲している。
「あら、何かキモいモノが、写ってますわね。」
危蝶が持っていたバタフライ仮面が額帯鏡に写し出されていた。蝶の胴体部分は鏡の性質上、太く投影されてしまう。醜く歪んだ胴体の蝶は、通称・蛾となる。
「蝶は蟲ではありません。でも、が、が、レディー・ガガはおぞましい蟲ですわ~!」
SNS炎上不可避の危蝶はそれどころではなく、発狂せんとばかりに、アタマを抱えて暴れ出した。
危蝶はソファーを持ち上げて、かつえの額帯鏡に投げつけた。その際に長い睫毛がポロリと落ちた。太くて長い付け睫だった。ソファーはかつえの前にいた信永を襲った。信永は即座に立ち上がって、避けたものの、かつえに当たって跳ね返り、足の部分が信永のオシリに突き刺さった。
「痛い、オレの穴がまた開いた!それに赤いほくろがそこにもあるぞ!」
危蝶の睫毛の下に、赤いほくろが隠れていたのである。
「あ~ら、斎藤さぁん。今のいい投げっぷりだったわよん。そのパワーがあれば、生徒会でも力仕事ができてお役に立つわよん。アタシ、すごく楽しみだわよん。斎藤さぁん、とっても素敵よん。うふっ。」
信永はシナを作って、流し目を危蝶に送った。
「こ、これが織田信永様の真の姿!?ま、ま、まさに、うつけ、それも大うつけ様ですわ!傀儡政権というウワサは本当だったんですの!ワタクシは世界に裏切られてましたわ~!うわ~ん!!」
危蝶は顔をぐしゃぐしゃにしながら生徒会室から逃走した。消えるのよりも早く脱走したのだった。
女子寮のスイートルームで危蝶は考えていた。
人生の途中まではお父様の言う通りにやってきた。それは物心がついた時までではない。自分で物事の本質を判断できるまで、それは知識に知恵が有機的に結び付くようになったということで、小学4年生の半ばまでだった。
10歳を超えた頃には、休み時間に騒ぐクラスメイトがひときわ子供に見えてきた。同時に先生の言うことが、まるで陳腐で、九九を習うように感じた。お父様の教えにもこの頃から反発するようになってきた。
それは自我の成立という言葉で表現することを知った。気付かないうちに自分が雲に包まれていたことをはっきりと認識した。急に視界が開けたワタクシは、数多くの書物を読み耽った。




