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悪役令嬢は視える世界で自由な世界を作り上げる(プロローグ版)


「はぁ……」


(わたくし)は従者が入れた紅茶を一口飲み、溜息をついた。


「お嬢様、私の入れた紅茶を飲んですぐ溜息つくのは些か傷つくのですが…」


そんな私を見て従者ーアストーは抗議をする。


「あら?私は常々紅茶よりも珈琲の方が好みだと伝えていると思うのだけれど?それなのに毎回嫌がらせのように紅茶を入れるなんて……。

そんな主人に盾突く従者の入れた紅茶を溜息ひとつで我慢している私はむしろ褒められるべきではなくて?

……はぁ、私って本当に健気だわ」


先ほどとは違う種類の溜息をまたひとつ付く。


「……それに関しましてはいつも伝えていると思いますが…。そもそも学園に不要な私物の持ち込みは禁じられています。個人的なティーポットだけでもギリギリだと言うのにこの国ではマイナーな珈琲を楽しむための道具の持ち込みなど許されるわけがないでしょう」


「あら?学園が禁止しているからどうしたと言うのかしら?この公爵令嬢たる私に対して彼等が何か言えるのか見ものね」



そう言って口に手を当てて上品に笑う。


まあ、言ってきたとしてもお金をチラつかせれば一発。

お金の力って偉大ね。


「そんな事言ってまた婚約者であられる王太子殿下を困らせるのですか?」


そう言ってアストは困った顔をする。


「……別に私が好き好んで婚約者になったわけではないわ」


「またそんな事をお言いになって……。婚約者に決まった時は大変喜んでおられたではないですか?

それこそ跳ね上がった拍子に躓いてこけてしまうほどに」


アストは当時を思い出すかのように目を細めながら懐かしんでいたが、私がこけた所を思い出したのだろう、くくくっ。と忍び笑いをし始めた。


ーーーこいつ、泣かしてやる。


私は心の中でそう誓い、本日3度目の溜息を漏らす。




















『乙女のPrelude』


(わたし)()()……令和の日本で空前の大ヒットを記録した乙女ゲームの名前である。

ストーリーは剣と魔法の世界で平民として生きてきたヒロインが実は男爵家の実子である事が分かり学園に入学。

そこから高位貴族の令息達と仲を深めながら苦難を乗り越えて行くという、良くいえば王道。そうでなく言ってしまえばよくある二番煎じな物語である。


ならなぜこの乙女ゲームは大ヒットしたのか……。

美麗なスチル、人気声優の出演……等々たくさんの要因があるのだけれど、一番はなんと言ってもキャラひとりひとりのストーリー性の高さだろう。

ヒロインや攻略対象達はもちろんヒロインに仕えるメイドひとりでさえサブストーリーと呼ばれるものがあった。

だがサブストーリーと侮るなかれ。下手をすればそれがメインストーリーさえ食ってしまえる程の完成度を誇るものもある。プレイしている当時、ゲームとしてそれは大丈夫なのか?と心配になったのは余談だ。


まあそんな王道乙女ゲームにも勿論流行りの悪役令嬢は存在する。

その名前はクレイナ•ルースナー。

ピンクゴールドの髪に垂れ目な同色の瞳。背は女性としても低い方で、他の乙女ゲームなら完全にヒロインに抜擢されるべき容姿をしている。


何故そこだけ王道からズレたんだ…と思ったのは私だけではないはず。


しかしその見た目とは裏腹に性格は残忍にして傲慢。苛烈を極めた性格をしている。そして当然、平民出身のヒロインを良く思っていなく、婚約者である王太子と一緒にいる所を偶然目撃した事を境に彼女を虐めだすのだ。


そこからは王道通りに悪事を暴かれ婚約破棄され、悪役令嬢的には辛い辛いバッドエンドを迎えることになるのだが……今の私には他人事ではないのであまり思い出したくない。


何故他人事じゃないかって?


それはもちろん……















「……さま。…………じょうさま。………………クレイナお嬢様!!」


今は私がそのクレイナ(悪役令嬢)だからである。

テンプレよ、こんなところで仕事してんじゃないよ。


私はチラッとアストに目線を向けるが、また直ぐに自らの思考へと戻って行った。






私が前世の記憶(令和の日本)を思い出したのは丁度王太子殿下との婚約が成立したと両親から聞いた時だった。

喜びのあまり普段なら絶対しない令嬢にあるまじき行為(跳ねて喜ぶ)をした結果、足を滑らせて頭を打ったのだ。


後はテンプレ通り。

前世の記憶から始まり、ここが乙女ゲームの世界である事、自分が王太子(攻略対象)から婚約破棄される悪役令嬢だという事、そのせいでお先真っ暗な未来しか待っていない事を芋づる式に思い出した。



そこで絶望した私は私は運命を回避しようと足掻く…………事はしなかった。


いや、別に記憶を思い出したNew私は王太子の事好きではなかったし、どちらかというと前世の記憶の影響で平民気質になったし、そもそも悪事を働かなかったらそんな悲惨な未来はないし。


もし前世で流行った小説のように性悪ヒロインが私を嵌めようとしてきてもでっち上げの証拠をどうにか出来るぐらいには時間はあるだろうし、悪役令嬢テンプレのハイスペックさが今の私にはある。

正直やっていない事を返り討ちにするぐらい赤子の手をひねるようなものだと直ぐ気づいたのだ。


そうなると次考える事は今世の人生いかに快適にするかということ。

生まれながら権力はあるし金もある。

美貌もこれまたテンプレ通り絶世がつくほどのものを持っている。


ならどうするか?

そう考え私が動いたのは両親をどうにかする事だった。

なぜゲームのクレイナがあそこまで歪んでしまったのか?それはひとえに愛情を欲したからだった。

公爵夫婦はそれぞれ仕事と社交で忙しく

気がつけば娘への接し方も、わからなくなってしまい、それが原因で夫婦関係も冷え切っていた。

ただそんな2人が1人娘を愛していないか、となれば否。である。

根拠はいろいろあるが、1番分かりやすいのでいえば、王太子の婚約者である。

あれを王家相手に無理矢理成立させてきたのだから方向はおかしいが愛情の深さはよく分かるだろう。







ビバ権力。







だが愛し方の分からない両親、愛され方の分からない娘。真意は伝わらない•分からない、そのお互いのすれ違いの末、元に戻らないところまでいってしまうのだが…



そこはさすが私、


そこら辺はクレイナのサブストーリーで知っていたのでサクッと解決しておいた。

何をしたかというと思いっきり甘えた。


え?それだけかって?愛し方が分からないのならこちらからそんなのいちいち気にしてられないくらい攻めて(愛情表現)しまえばいい。

娘が先に態度を示す事で向こうも動きやすくなるだろうしね。



結果、今ではお父様もお母様も私にメロメロである。そもそも、夫婦の不仲の原因になる私が既に良い子ちゃんになったのだから、当然夫婦仲も原作とは異なり良好な関係になるのは当たり前である。あと蛇足ではあるけれど、原作では存在しない弟まで作っちゃって…お盛んなのね…って思ってしまったわ。


そうして目下の悩みも解決した私は自分の欲望に忠実に生きてきたのである。


















「……お嬢様、流石に無視は傷つきます」


「無視ではないわ。少し考え事をしていただけよ」


「いえ、一度こちらを向いた後、すぐに視線を逸らしました。あれは一般でいう無視というものに間違いありません」


「女々しいわね。いくら顔が良くてもそんなのでは女性にもてなくってよ?……あら?」







コンコン。






アストの情けない話を適当に流しながら紅茶を飲んでいると部屋をノックする音が聞こえてきた。


因みに今私がいる部屋なのだが自室ではなく学園にあるとある一室である。

ある部活をする為に必要な部員と担当教論を脅し……こほん。お願いして名前を借りて使っている。


プライベートでも大いに使ってはいるが、きちんと部活の為の一室である。

当然部活に関わるであろう人物も訪ねてくるわけで。


私は目でアストに合図をし、扉を開けさせる。


「……失礼いたします」


そこには私の部活の()()()であろう若草色の髪と瞳をきた少女が何故か怯えながらも入ってきた。



「ようこそ。我が怪異相談部へ」


そんな彼女に私は満面の笑みを浮かべ出迎える。

すると彼女は私を見た途端真っ赤になり俯いてしまった。

うんうん。分かるわ。私って超絶美少女だからね。

性別超えて虜にしちゃっても仕方ないわ。


だからね?

そこの従者。そんな胡散臭そうな目で私を見ないでもらえるかしら?

え?本性を知っていれば仕方ないって?煩いわね。


アストと目線でそんな会話を繰り広げながら依頼主である女生徒を私が座る正面へと座らせる。


そしてそれを見計らうように紅茶を2人分机へと並べた。





さて、ここでもうひとつ私に関して話しておきましょうか。

実は私にはこの世のものではないものが視える。

そのことに気付いたのは前世の記憶が蘇ってすぐのことだった。


ふと気を失ってから目覚めたベッドの横で気配を感じそちらの方に視線を向ければ、何処かで見たことのある、しかしこの世界には存在しない柴犬がいたのである。


青い首輪に何故か片耳だけが垂れている愛嬌のある顔…。その姿から前世で溺愛していたポチ太であることは直ぐに分かったわ。

前世で飼っている時にトラックにはねられて亡くなってしまったのだけれど、まさかポチ太が異世界転生しているなんて……と感動していたのだけど…。


しかし、その後周りの反応を見てみるとどうやらポチ太が視えるのは私だけらしい事だけがわかった。

おかげでその事を理解できるまで()のことを心配されて、医者を呼ばれかけたんだけれど。


それから、みるからにこの世の人間ではない顔色の存在だったり、手や足が足りなかったり多かったりするものが視えるようになった。記憶が戻る前はこんな事なかったことからこれは前世の(わたし)による独自の能力だと結論付けた。


基本的にはお互い不干渉ではあるものの何が強いメッセージを伝えたい時などは向こうから干渉をしてくる時があった。

ある程度は大体はそのメッセージに耳を傾けて権力やらハイスペックな能力を使ったら片がつくのだけれど、悪霊の類になるとやはりそうはならない事もあり、その時は守護霊化したポチ太や私独自に開発した《魔法》と《霊能力》を合わせた《霊魔法》で強制的に成仏してもらったわ。


その経験を生かして私は暇つぶ……こほん。良識ある若年者を助ける為に学園で怪異相談部という部活を始めたというのが始まり。


ちなみ心霊とつけなかったのはこの世界でも前世同様霊は不確定な存在でその存在を無闇矢鱈に口外し続ければ頭を疑われ、どこかの誰かみたいに医者に連れてかれそうになるわ。…全く遺憾だわ。


逆に怪異は前世とは意味合いが異なり、この世界では一定以上の魔力を有する動物……他のファンタジーの物語で言う所の魔物の事である。あと、ちょっとした霊障なんかもこちらに含まれたりする。


この世界では全ての動物が魔力を有してはいるんだけれど。どれも僅かしか保有していない。


ただ稀に通常ではありえない魔力を保有している存在が確認されている。そしてそういう魔物達を一括して怪異と呼んでいるのだ。


先ほど前世とは意味合いが違うと言ったけれど、人の脅威になり得る不確かな…けれど存在があると思われているという点においては同じかもしれない。



















「……あのぉ〜?」


「心配しないでくださいレディー。お嬢様がご自分の世界(残念な妄想)に入られるのはいつもの事なので」


「は、はい!」


いつまでも口を開かない私に恐る恐る女生徒が声をかけてきたのを無駄に良い笑顔で大丈夫だから気にするなと解説する。……むかつくぐらい顔が良いので女生徒の顔が真っ赤だ。


まあそれはそれとして…



「アストは今月分の給料は全カット」


「な。何故ですか!?」


私の決定にアストは食い下がってくる。

私はそれを……


「さて、失礼したわね。まず貴女のお名前を教えていただいても?」





無視した。




「ひどい!?」


「……えっと」


馬鹿(アスト)が何か言っているけれど、私はそれを無視して女生徒に続きを促した。

彼女は私とアストの顔を困惑気味に見ていたけれど、ここに来た目的を思い出したのか、それとも馬鹿はほっといた方が良いと気付いたのか話始めた。


「…私の名前はピリカ•フォンです。フォン伯爵の長女でございます」


ふむ。フォン伯爵の長女ね。あそこの領地は確か織物で有名だったはず。


持っている知識とフォン伯爵に関する事と、その長女である彼女の印象をすり合わせながら続きを促す。


「実は最近、不思議な事が頻発しているんです。

食事をしていれば食器がひとりでに動き地面に落ちたり、街に出かけようとすれば来て行くはずのお洋服が破れてしまったり…しかも何故かそれは彼と共にする時にだけ起こってしまっていて……」


「ふむ。彼、というのはレイベル伯爵の次男のことかしら?」


知識の中から必要なものを引っ張りだし、フォン嬢に質問をする。


「は、はい。…えっと、ルースナー様はリドリー様との事をご存知だったのですね。」


私が派閥も違えば階級下の自分達の婚約の事を知っていたのが驚きだったのか目を見開きながら聞いてきた。


まあどこで使えるか分からないからね。私は利用出来るものは利用するのが信条だし?この天才的頭脳のお陰でほぼ全ての貴族は網羅しているけれど。


しかし、ポルターガイストねぇ。

間違いなく()()()()()()()()()()()()()()()()()



年齢は10歳前後かしら?

髪や目の色が彼女と同色な事、顔立ちも何処となく似ているわね。………ふむ。


「分かったわ。依頼は受けましょう。

また何か分かり次第お伝えするので本日は変えられて結構よ」


「ほ、本当ですか?ありがとうございます」


私が依頼を受けるとは思わなかったのか驚きと嬉しさを滲ませながら彼女はお礼を言い部屋から出て行った。



さて。


「アスト、出かけるわ。準備なさい」


「分かりました。お嬢様」



ふわりと後ろ髪を手で払いながら立ち上がるとアストは承諾の言葉と共に腰を下った。




ふん。やれば出来るじゃない。











































「やあ、クレイじゃないか?どうしたんだい?」


私が依頼の為に学園内を移動していると本校舎の方から歩いてきている男性が声をかけてきた。


「あら、殿下。ご機嫌よう」


私は声をかけてきたのが自分の婚約者である事を認識すると挨拶と共にカーテシーをする。


「そう畏まらなくても大丈夫だよ?僕たちは2人でこれから支え合う婚約者じゃないか」


そう言って彼は誰もが見惚れるであろう笑顔を私に向けてきた。



スレイ•ウィリアー王太子殿下。

この国の第一王子であり、王太子。そして(クレイナ)の婚約者でもある『乙女のPrelude』のメイン攻略対象者だ。


金色の髪に同じく金色の瞳。優しい表情と物腰、そこからは想像出来ない文武両道な完璧超人。

ゲームでは完璧超人だからこその闇を抱え、そこをヒロイン御自慢の癒やし力で解決。ついでにクレイナという障害をも2人で乗り越え結ばれるというのがスレイルートになっている。


人気投票でも堂々の1位に輝くなど、押しも押されもせぬメインヒーローなのだ。


この世界では邪魔者(ゲームのクレイナ)はいないけれど、私の部分どうするのかしら?




「そういう訳にはいきません。お嬢様と殿下は婚約者であってまだ伴侶とはなっていませんから」


そんな事を考えていた為初動の遅れた私よりも先にアストが殿下へと言葉を返す。




「おや?僕は従者の君ではなく、クレイに話しかけたのだけどな?」






「このように分かりきっている事、お嬢様がお答えする程でもありません。なれば従者である私が答えるべきかと愚考致しました。」






「そうか。けれどそれを決めるのもクレイだと思うんだけどな?

さてクレイ、どうしたんだい?もし時間が空いてるようならデートでもどうだろうか?」







「お嬢様は今ご依頼の為、動かれておいでです。殿下とデートしている時間はありません」







「……そうか。なら僕も依頼に付き合おう。僕も部員なのだからその資格はあるよね?」







「……くっ!」




正論を突きつけられアストは悔しそうに口を閉じる。

あと私を挟んで頭の上で議論を交わすのはやめてほしい…。



殿下とアストは何故か仲が悪い。

良いのか悪いのか分からないが身分の壁を超え、私の存在を置き去りにして、いつも口喧嘩をしているのだ。

殿下とは8歳で婚約してからの仲だ。何度か私のこのような暇つぶ……もういいや。暇潰しにも付き合っているということで私が霊なる存在が見える事も表向きは理解している。

なので部を作る時人集めを最小にする為に殿下に名前を借りたのだが…というか噂を聞きつけ向こうからやってきたのだけれど。


それ以来前にもまして部活(暇潰し)に付き合ってくれるようになったのだ。

今年入学しているはずのヒロインを放り出して。


……あとアスト、危うく忘れる所だったけれど、貴方それ普通に不敬罪よ?























さて、私達3人は裏庭に隠れている。裏庭といってもじめじめした印象はない。それどころか専属に雇っている庭師のおかげで派手過ぎず、けれど素敵な花壇が設置されるなど、貴族に気を遣って心身をすり減らしている平民にとって心休まる場所になっているのだ。


そしてもうひとつの利用方法は………





「なるほどね。しかしその予想が正しいともう学園内だけの問題ではないね」


殿下には隠れて待っている間に事の経緯を話した。私が観た彼、そしてその正体に対する私の予想は除いてだが。


「そうですわね。けれどそこからは私が立ち入る話ではないですわ。……と、どうやら来たようですわね」



カツカツ、と足音がする方へと意識を向ければ1組の男女の姿が、女性は茶髪の少し勝気気味な…ネクタイピンがないから平民女性ね。男性の方は…ふむ。やはりというか、待ち人であるレイベル•リドリーね。


ちなみに平民と貴族はネクタイピンの有無で分けられている。

この学園では平等を掲げられているけれど、どうしてもそれは理想だけになっている所は多々ある。

学園内では教師の目を気にして何もしなくても学園外で何かしら平民の生徒に手を挙げるという事が実際に起こっている。

このような行為は学園外で起こっている為、どうしても学園からは注意がし難い。

なので学園は苦肉の策としてどちらがどちらか分かるようネクタイピンで両者を分け、貴族に反感を持たれる行為をしない様、平民に注意的な意味を持たせる為にこのような事をしている。

貴族も平民には持てない特別な意味のある物としてこの制度を好意的に受け取っている。


……全くもってお山の大将だこと。





さて話が逸れたわね。

2人は着いて早々に抱き合って睦言らしい言葉を重ねているけれど……これが通常の貴族令嬢ならば顔を真っ赤にしているところね。私は前世の記憶があるからだいじょ…「お嬢様、顔が真っ赤になられておられるようですけれど、大丈夫でしょうか?」



………………っふん!


ゴリ!



「痛!?」


私は無言で余計な事をのたまわったアストの足を踏み抜いた。



「っ誰だ!?」


その声でリドリー•レイベルがこちらに気付いたように声を荒げる。





……何ですか?私が悪いんですか?

声を上げたアストが悪いんではなくて??


・・・・・・ええ。ええ、分かりましたよ。私が感情のまま踏み抜いたのが悪かったですわ。

だから2人ともそんな目で見ないでくださいませ。


分かっていますわ。どうにかしますとも!









「………………………にゃあ」








・・絶対顔が私史上1番真っ赤になっているわ。


「なんだ、猫か」


そうリドリー•レイベルが声を出すと、2人は興が冷めたのか裏庭を去って行った。


そして私の両脇といえば……


「ぷぷっ…」


「……ふっ」





許しませんわ……リドリー•レイベル…貴方だけは絶対に許しません。

私を怒らせた事、必ず後悔させてやりますわ!!!



「お嬢様、それは逆恨みというやつでは?」





だまらっしゃい!!!































あの悲惨で酷い事件から一週間。

本日は第一学期終業を記念してのダンスパーティーが学園のホールで開催されていた。



私は婚約者の務めとして殿下の横で笑顔を振り撒いている。

この人ヒロインの元に行かないけど大丈夫なのかしら?

このままでは他の(攻略対象)にヒロインを取られてしまうと思うのだけれど…。


そう思い私はヒロインの方へと視線を向ける。

そこには控えめに微笑むヒロインと殿()()()()の攻略対象者が彼女を囲っていた。


相変わらずあそこは派手ね。…でも気の所為かしら?本来なら喜んでいはずのヒロインの笑顔が心なしか引き攣って見えるのは…。


「クレイ、君が周りに興味津々なお転婆なのは知っているけれど、僕といる時は()()()()()()()()()()()


殿下はそう言いながら私の顎を優しく自分の方へ向けた。


……うわ、流石攻略対象だわ。美形が過ぎる。


「可愛い僕のクレイ。僕の心を掴んで離さないくせに他に目を向ける罪深い君には後でお仕置きが必要だね」

その言葉を耳元で囁かれゾクっとした。え?え?殿下ってこんなヤンデレチックだっけ?




ぐい




「……へ?」


唐突に後ろに体を引っ張られた。




ぽふ。



「……あ。アスト」


アストは私と目を合わせるとニコッと笑い、表情を引き締め殿下へ向き直った。


「従者君、また君かい?」


「殿下、流石にやり過ぎかと思いますが?」


「…………。そうだね。今回こういう場だ。

クレイが可愛すぎて少しやり過ぎてしまったようだ。

…クレイ、ごめんね」


そう言いながら殿下は私の左腕に腕を伸ばす。


「…反省しているのであれば少しの間離れていては?……そうですね。あちらの輪に入るのは如何です?未来の側近候補様達がお揃いですよ?」


アストは私の肩を離さないままヒロインの方へと視線だけを向ける。



「あちらには僕の居場所はなくてね。まあクレイがいる僕にとっては作ろうとさえ思えないけど、ね?」


そう言って私にウインクをする。


2人のやり取りを見てか、殿下のウインクか、はたまた両方か、周囲の淑女様達からは絶えず黄色い悲鳴が聞こえる。


どうこの場を乗り越えようかと考えていると反対側から






「君との婚約は破棄させていただく!」






一応言ってはおくけれど。

これは私にではない。

本来この言葉を私に向ける人は今私を見ながら和やかに笑っている。

……いや、殿下少しは声をする方へ興味を持ってくださいませ。


え?君程興味を持てる人はこの世にいない?

そ、そんな事言われても!別にそこまで…嬉しくはありません、から…。


……何ですか?その目は??

アストも何かしら??文句でもあるの?


え?ツンデレするなら最後までしてくださいって?

だまらっしゃい!!


……え?後そういうのは僕だけにしてほしいって?

も、もううるさいわよ!!




と、そんな風に私達が茶番を繰り広げているうちにもうひとつの茶番(婚約破棄騒動)もヒートアップし始めていた。


「リドリー様!な、何故その様な事を!?」


渦中の人物達は私がここ最近(一方的に)接している人物達だった。


「何故だと!お前がヤアダ嬢に嫌がらせをしているのを俺が知らないとでも思ったのか!?」


「リドリー様ぁ。ヤアダ、ピリカ様に虐められてとても怖かったですぅ〜」


「そうか。しかしもう大丈夫だ!俺がこの悪魔のような女から救ってやる!」


「リドリー様ぁ!素敵ですぅ〜」





……うん。情報としては知っていたけれど、あれ(ビッチ)の喋り方イラッとしますわね。


「そんな……私は…私は誓って何もやっておりません!」


「黙れ!」


そういうとリドリー•レイベルは手を振り上げた。

恐らくその手でフォン嬢の頬を叩くためだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






私は表情を引き締めて一歩前へ進む。


「……行くのかい?」


殿下がこの場でにそぐわない穏やかな表情で私に問いかける。

私はその問いに対してひとつ頷く。


「僕はお嬢様がどんな事をしようと味方です」


「僕()、だね?良い間違わないでくれないかな?」


アストの言葉にすぐ様殿下が修正を加える。




いつものやり取り。



いつもの空気。



2人の()()()がクレイナ•ルースナーという少女の背中を押してくれる。


いつか訪れるかもしれない破滅を呼ぶ人達。けれど今は最高の仲間達に感謝をし、私はその茶番に役者として舞台の上に登場した。


























「その手を下ろしなさい!」


私の声は思いの外ホール内に響き渡った。


誰もが舞台の主役から新しく舞台に上がった私へと目を向け、私が誰か認識すれば皆、声にならない声を上げて黙り込んでしまった。


2人の主役さえも。


それでもどこの世界でも空気を読めない者は存在するものである。


「な〜にぃ?アンタバカなの〜空気読みなさいよ〜?

リドリー様もぉ、何か言ってやってくださぁい〜」



……ヤアダ嬢、盛大なブーメランをありがとう。


今貴方の隣の頼れる彼は顔面蒼白よ?


周りの空気も固まってしまったわ。



ついでにいえば私の後ろからもものすごい圧をふたつほど感じるわ。

…うん。まだ何もしてないけど彼女は終了ね。


けれど、ここで引き下がる訳にはいかないわ。

そうね、少なくともリドリー•レイベル。お前だけはもうちょっと苦しめる!


「レイベル様?私どうやら馬鹿らしいの。折角発言をしたくて出てきたのに馬鹿な私はどうすればよろしいのかしら?」


頬に手を当て困った様に顔を傾ける。

どうかしら?今の私は愛くるしさ100倍よ。

それなのに震えが大きくなるなんて酷いわ。


「そんなの決まってぇ…リドリー様ぁ?……きゃあ!?」


リドリー•レイベルは小馬鹿にする様に喋っていたヤアダ嬢の頭を掴んで強制的に頭を下げさせ自らも頭を下げた。


「ルースナー公爵令嬢様!申し訳ありません!ヤアダ嬢は平民ゆえ、まだ礼儀を習得していないのです!どうぞお許しを!!」



「…礼儀?はて?僕にはそれ以前の問題のように思えたけれど?」


そう言って微笑みを携えて私の左隣に殿下が並ぶ


「そうですね。まあ仕方ありません。馬鹿につける薬はないと言いますし、ね。ただそれで許すかどうかは別ですが」


そう言って軽蔑した目でヤアダ嬢を見ながらアストは私の右隣に並ぶ。


「まあ、殿下!これは私の問題ですのよ?殿下にお手を煩わせるのは悪いわ。アストも迷惑をかけてごめんなさい」


私が両隣を申し訳なさそうに見やると


「僕の可愛い婚約者を侮辱する輩を僕が許す訳ないだろう?だからもう既にこれは僕の問題でもある」


「お嬢様を馬鹿にする不届き者は容赦はするな、と旦那様から仰せつかっております。ですので私にはこの場に立つ資格は十分にあります」


そう言って引く気のない2人を見てそっと溜息。

その後顔を上げ、改めて私は問いかける。


「先程、フォン嬢が虐めをしているとの事でしたが、それは事実かしら?」


私の言葉にリドリー•レイベルははっと顔を上げ必死に弁明していく。


「勿論です!ルースナー公爵令嬢様!この女は私の愛するヤアダ嬢を間違いなく虐め……ひぃ!?」



……おっといけないわ。私の小さな個人的な恨みのせいでついつい彼の声を聞いているとイラッとしてそれが顔に出てしまったみたいね。


「貴方方の言い分は理解しました。それではフォン嬢?それ真なのかしら?」


私は突然の事態に呆然としているフォン嬢へと語りかける。その言葉に意識を戻したのか急ぎ言葉を紡ぐ。


「そ、そんな事は誓ってしておりません!

どうか……どうか信じてください!」


彼女はまるで神に祈る様に手を組み涙ながらに訴える。


「…ふむ。なるほど。しかし両者の言い分がこうも違っていれば私には真実が皆目検討もつきません。なれば別室にて話を聞くべきかしら?」


この場だけの彼女を私が救ってしまうのは簡単だ。

しかしそれでは彼女も彼女を見守ってきた彼も決してこの先救われない。ならば方法はひとつ。


「お待ちください!」


……彼女(ヒロイン)だけのヒーローに登場してもらうしかないわよね?


「…ライトネル様?」


フォン嬢は先程までとは別種の驚きで件のヒーローの名前を呼ぶ。


私は振り向き事態を進展させる。


「何かしら?ライトネル様?」


名乗り出てきた人物はロンド•ライトネル。

ライトネル辺境伯の次男でフォン嬢()の幼馴染にしてお互いがお互いの初恋相手だ。


その彼はフォン嬢に優しい視線を向けた後、残念なカップルに強い視線を向け口を開く。


「そこのヤアダ嬢の虐めが自作自演である証拠をお持ちしました!」


その一言で会場中がどよめく。

ついでに私も口元を持っていた扇子で隠し、驚いた表情を()()


「まあ、それは一体どういうものでしょうか?」


私の問いにライトネルは持っていた白の布の切れ端を掲げる。それは見るに制服の布のようで赤黒いシミが付いていた。

おそらく血であろう。


「これはヤアダ嬢が証言している切り刻まれた制服の切れ端です!そしてこれは彼女の血痕。彼女の指が一時期怪我していたという情報もあります!恐らく自分自身で切り刻んだんでしょう!」


「そ、そんなの知らない!それにもしアンタの言う通りだったとしても私が指を怪我した時に偶然「それだけでなく!」……っ!?」


ライトネルはヤアダ嬢の言葉を遮り自身の台詞を紡ぐ。



……しかしヤアダ嬢は焦りのあまりあの甘ったるい語尾伸ばす喋り方忘れてるわね。



「彼女の言っている虐め現場を自作自演している現場を複数の人達が目撃している!

それに先程ヤアダ嬢が言っていたその当時の事は国の専門機関に出せば血痕と魔力残骸から当時の事は克明に分かるだろう!」


「で、でもそんなのたかがいち令嬢の為に国が動いてくれるわけ「僕の方から手配をかけておこう」……へ?」


またしても彼女の台詞は遮られた。哀れ。


そして遮った張本人は和やかな表情で


「騎士達よ、鑑定結果が分かるまで彼女達を拘束しておいてくれ。もしライトネルが言っている事が本当なら名誉毀損。名誉を重んじる貴族にとっては重罪だ。

それまではこれ以上証拠隠滅の機会を許してはいけないよ?」



はっ!!


騎士達の素晴らしい返事の後2人は連れ去られていった。


ちなみに先程まで愛し合っていた2人は


「待ってください!殿下!!私はこの毒婦に騙されたのです!私も被害者なのです!!」


「はぁ?何で自分だけ逃げようとしてんの!?信じられない!!それより殿下!私を好きにしていいですよぉ?なのでここから助けてくださぁい」


と罵倒し合っていた。


「レイベル君、君は決して被害者ではないよ?レディーに手を上げようとした時点で加害者だ。

それとヤアダ嬢。好きにしていいなら僕は君を極刑にしよう。その言葉を僕に言って良いのはクレイだけだし。その言葉で僕を喜ばすのもクレイだけだよ」


そんな殿下の言葉で騒がしかった2人は項垂れ連れて行かれてしまった。





「ピリカ嬢」


そんな主役級2人が退場した後、先程とは違い、優しい声でライトネルがもう1人の主役(ヒロイン)へと声を掛ける。


「ライトネル様…どうして……?」


「…昔のようにロンドと言って欲しい」


そうライトネルはヒロインの元へ歩いて行き、片膝をついた。


「そして俺と結婚をしてほしい。子供の頃に出会った時から君の無邪気な笑顔に惹かれていた。もう君の表情(笑顔)は曇らせない!どうか、俺と共に歩んでほしい!」


「…ロンド、様………………………はい、喜んで!」


涙ながらに答えたヒロインの問いに周りの客達は鳴り止まない拍手で祝福を送った。




……そして彼もまた、嬉しそうに微笑んでいる姿を私は見つめていた。



















































「鑑定の結果ヤアダ嬢は自作自演という事が判明したよ。彼女はこのまま名誉毀損の罪で幽閉。レイベルは廃嫡になった」


私の部屋で紅茶を飲みながら殿下はあの後の事を話してくれた。


「……そうですか」


それに関しては予想通りなので私としても特に珍しい返事はしない。


「しかし、それはそれとして、そろそろ教えてもらえないだろうか?」


「何をですか?」


殿下の質問に紅茶を持ったまま首を傾げる。


「くっ…。あざとい!?」


「本当ですね…」


殿下はなにやら勝手にダメージを受け、ついでに何故かアストもダメージを負っている。

2人は意見があったのかお互い目を合わせて首を振っている。


……なに?貴方達実は仲良しなの??


「……君には一体何が視えていたのか?そしてライトネルを引っ張ってきた理由。最後にあの証拠に関してだよ。あの証拠、君が用意したのだろう?」


やれやれと首を振りながら殿下は先程の疑問を口にする。



ふむ。態度は引っかかるが今回は殿下が協力してくれたからこそスムーズに事が進んだのも確か…。ならば答えるのも道理かもね。


「その質問の答えですが、まず私が視えたのは彼女の兄だった方です。彼女の兄は死しても妹の事が心配だったのでしょう。彼女を守るような気配を感じました」


そう、私が最初に視たのは彼女に心配そうに寄り添っていた彼女と似た容姿の少年だった。

彼はリドリー・レイベルの浮気を知り、妹から離れるようにあのポルターガイストを起こしたのだ。


「次の質問ですが、彼の兄である霊の生前を調べるうちに幼馴染である彼の存在を()()()()知っただけですわ」


彼の存在は本当にたまたまだったが、ヒーローになり得る存在を探していたのでそういう意味では嬉しい誤算だった。

一応フォン嬢はアレを愛そうとしていたようだし、その気持ちを完全に断ち切らすには劇的なヒーローが必要だったのだ。しかもポッとでの者ではなく彼女と馴染みが深い者が。

そういう意味で今回は本当にツいていた。


「そして最後の質問の答えですが。あれは確かに私が見つけたものですが、厳密に言うと彼がヤアダ嬢の蛮行を一部始終見ていた時に偶然落ちた布切れの場所を覚えていて、教えてもらっただけですわ」


これはもう言葉通り。彼のファイプレーとしか言いようがありません。


「「はぁ…」」


私が話し終えると2人同時に溜息を吐いた。


……本当に仲がよろしいようで。


「……本当に君にはもっと僕を頼って欲しかったのだけれど。それでも解決してしまうんだから、仕方ない姫君だ」


と、殿下が苦笑混じりに喋れば


「達、ですけどね。殿下。

けれどもっと頼って欲しいのは本当です。お嬢様、今後はどんな場所でも私を引き連れて行ってください」


真剣な表情でアストは語る。


それに対して私は


「善処するわ」


と、笑顔で答えた。
























乙女ゲームは既に始まっている。

それなのに攻略対象は本来断罪される筈の私の元にまだ2人も残っている。


え?1人じゃないのかって?


あら?伝えてなかった?


………ふむ。


実は私の従者も隠れキャラだったりするのだ。


けれどそれってそんなに大事なことなのかしら?


乙女ゲームからかなり引き離れたこの世界においてそれはそんなに重要な事でないでしょう?








(わたし)(わたくし)である限り、既存の乙女ゲームはもうとっくに破綻しているのだから。









                ーーFin

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