表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RINと友達(2005)  作者: 瑞城弥生
5/6

「リン」


 そう呼ばれた気がした。

 眠い目を擦りながらディスプレーに視線を移す。


『RIN?』


 ディスプレイにそう書いてあるんだけど、その言葉は直接頭に響いていた。


『アナタハドコニイルノ』

「白い部屋。少女がいる」


 とっさに口をでた言葉が、英語に変換されて画面に打ち出されていく。


『ワカッタ。イマイクカラ、マッテイテ』


 助けに来てくれるのだろうか。

 でも、そんな事が出来るのは、知っている限り一人しか居ない。

 北山郁美だ。間違いない。


「あら」


 ユキが、振り返ってこっちを見た。でも視線は微妙に横にずれている。


「おはよう。今日は早いのね」


 隣りに現れたのが郁美先輩だと分かるまで、それほど時間は必要なかった。


「お待たせ」


 先輩はヒロインを助けにきた正義のヒーローみたいにかっこ良かった。妙にスタイルのいい小学生風の少女でなく、二枚目のお兄さんだったら良かったのにと、不謹慎にもそう思った。


「ほらそこ貸して」


 先輩が私を追い出してディスプレーの前を陣取った。


「あんたがここに来れる人だとは思わなかったのよ。この子があなたの家に居た時点で気付くべきだったわ」

「どういう意味です?」

「ユキシステムって聞いた事ある?」

「いいえ」

「その昔、人工知能に夢を見せる為に考え出されたプログラムなの。その基礎データーに一人の少女の記憶を使った。でも彼女はネットワーク奥底に意識を取り込まれたまま、二度と目を覚ます事はなかったんだって」

「何ですそれ」

「都市伝説」

「は?」

「彼女の事よ」


 先輩は窓際に立って外を見ている白いワンピースを着た少女を指差した。


「その少女の名前がユキと言うの」


 少女がそれに気付いたかのように振り向いて笑った。

 とても寂しそうに笑った。


「でも、これはコピーなの。彼女の記憶の単なるコピー」


 少女を「これ」と呼んだ後、先輩もまた寂しそうに微笑を返した。コピーと言うからにはオリジナルがあるのだろうか。


「じゃあ、帰りましょ」

「え?」

「帰りたくないの?」


 どうだろう。帰りたいかといわれたら「うん」と答えたかもしれないけど、帰りたくないかと聞かれてもすぐに答えが出てこない。


「無理にとは言わないけどさ」


 半ば諦めの表情をしたまま、それでも先輩はしっかりと私を見た。美しい顔で見つめられたりしたもんだから、少し恥ずかしくなって目をそらした。


「彼女に誘われて帰ら無かった人は、一人や二人じゃなんだよね。いやかえって来た人は居ないと言った方がいいかもね」


 そうか、だから彼女は回収されたんだ。

 ここはとても居心地が良かった。だから、このままいつまでも……。

 そうやって何人もの人がこの世界に取り込まれて消えていった。

 正式な記録としては抹消されたのかもしれないけれど、都市伝説としてその話はいまでも人々の記憶に残っている。


「でも、残念ね。折角話の合う友達が出来たと思ったのに」

「今なんて……」


 先輩は笑っていた。その笑顔がとても素敵だった。


「さっきは久しぶりに楽しかった。それに、漫画貸してくれるって言ったよね」


 この世界はとても素敵だ。とても魅力的で、私の心を掴んで離さなかった。

 だけど、先輩と過ごしたわずかな時間の方が何倍も素晴らしかった。

 いま、それに気づいた。

 先輩と一緒に過ごして見たかった。この人となら本当の「友達」に成れる気がした。たとえそれが私の思い過ごしだったとしても、それを信じてみたかった。


「わたし帰ります」

「そう」


 今まで黙っていた少女が突然口を開いた。


「それがいいと、私も思う。あなた名前は」

「RIN」

「そう。また会いましょう」


 ユキはにっこりと笑って、再び窓の外に視線を戻した。

 そんなやり取りなど気にもせずに、先輩はキーを叩いていた。


「これUNIXっていうの。昔主流だったOSよ」


 情報処理時間に名前だけは聞いた事があった。だけどそれだけだ。実際に動いているのを見たのは初めてだったから、使い方だって分からない。

 それをまたこの先輩は、自分の物のように簡単に動かしてしまうのか。


「また迷い込んだ時のために、ここから抜け出す呪文を教えてあげる」


 郁美はコマンドラインからGUIを起動して、複数のコンソールを表示させると更に別のプログラムを起動した。正直早すぎて何をやっているか理解できない。


「この六万五千五百三十六個のパラメーターを全て一にすればいいのよ。簡単でしょ」


 やって見なさいといわれて頭から一を入れて行ったけど、いつの間にか0にもどる所があったりしてなかなかすべてを一には出来ない。それは気の遠くなる作業だった。


「貸して」


 痺れを切らした先輩は、私を押しのけるとすばやくそれをやり遂げた。

 この人には一生掛かっても勝てるような気がしなかった。

 最後のパラメーターに一を入力したとたん、少女も、ベッドも、コンピュータも、全ての存在がだんだんと薄くなってきて、最後に部屋全体が輝いた。

 余りのまぶしさに目をつぶった。


 目を開けたとき、私はベッドに横になっていた。

 色のついた自分の部屋だった。


「ゆめ?」


 朝の六時。いつも起きる時間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ