興味がある。お前に
そう、転校生という名目で現れたのは、昨日杉山が出会った九条だった。
本来、注目を一身に浴びる筈の転校生であるが、その役割は杉山になっていた。
クラス一同のありとあらゆる眼差しを受け、杉山はただ静かに椅子に座る。
「杉山、九条さんと知り合いか?」
担任からの追い打ち。脊髄反射で反応してしまったことを後悔する杉山。
今はそっとしておいて欲しい、と願うがそれも叶わない。
「昨日会ったばかりだ。まさか、こんな直ぐ会えるとは思わなかった」
更なる追い打ち。
九条の発言は、周囲に余計な想像を働かせるスパイスとして十分な発言であった。
肩身が一層狭くなるのを感じる杉山。
それから担任が黒板に『九条 綾』の名を書き記す。
「えー、九条綾さんだ。九条さん、何か一言言ってもらえるかな」
「九条綾だ。よろしく頼む」
雑な印象しか受けない九条の挨拶だったが、万雷の拍手で迎えられる。
「では、九条さんの席は、その空いている席で」
担任が指示した席は、藤原と呼ばれる生徒が座っていた席。
今まで使っていた席が、直ぐに違う人間に変わる事に多少抵抗があったのか、生徒から戸惑う声がちらほら挙がる。
だが、当の本人はそんな声など気にせず、言われた通りの席に座る。
「それでは、朝のホームルームはこれで終わりだ。各自、次の授業に備えろよ」
それだけ言うと担任は教室からさっさと出ていく。
担任が出て行ったのを確認した生徒たちは、一斉に動き出す。
目的は勿論、転校生……なのだが。
他の生徒が動く前から、九条は何時の間にやら席から離れ、後方にいる杉山の席の前に立っていた。
その様子を面白おかしく周りは見ていた。
「何か僕に用かな? 九条さん」
「話がある。場所を変えよう」
教室の出口にくいっ、と顔をやる九条。
反対する事もなく、杉山はそれに応じる姿勢を見せる。
だが。
「ちょっとあなた、なんでいきなり彰人に話しかけてるの!」
九条に対してくってかかる早紀の姿があった。
先程のやり取りを見て、他の生徒は面白い反応を見せていたが、早紀だけはそれとは反対の反応を示していた。
苛立ちを見せる早紀だが、九条はまるで意に介さない。
「なんだ、話しかけてはいけなかったのか?」
「あれだけ悪目立ちしておいて、よく言うわね貴女。彰人が困ってるじゃない」
「困っているのか?」
「僕は大丈夫だよ」
「嘘! どうしてそんな嘘を――」
「早紀、僕は本当に大丈夫だから。また後で話そう」
早紀はまだ言い足りない様子であったが、それを無視するように杉山と九条は教室から出ていく。残された早紀は、その場で地団駄を踏む。
♦♦ ♦♦
二人が選んだ場所は屋上だった。
空一面澄んだ青空に、心地の良い風。
コンクリートの白い床と周囲を高い金網が囲う。
その籠の中には二人以外の人影は見当たらない。
近くの金網に背中からもたれ掛かる九条。その九条と向き合う形で立つ杉山。
「手の傷はどうだ?」
口を開いたのは九条。
言われて杉山は右手の甲を見る。昨日キリによってつけられた傷は既に瘡蓋に変わっており、ほぼ治りかけていた。
「大丈夫、もう治りかけてる」
「昨日はすまなかった。キリは普段ああいう奴ではないのだが」
「構わないよ。不用意に触ろうとした僕も悪かった。これが話?」
「それとは別だ。あの場所で言うのは抵抗がある。その点、ここなら邪魔はいない」
「じゃあ、話というのは?」
一体何を言うつもりなのか? 杉山は固唾を飲んで九条の次の言葉を待つ。
「今度の日曜日、空いているか?」
「え?」
「知っての通り、私はこの街に来て日が浅い。知り合いもいないので、街の案内を頼みたいのだ」
意外な言葉だった。
本来なら知り合って間もない相手に、こんなことを頼むのは図々しいという他無い。
断るのが当然なのだが。
「良いよ」
二つ返事で杉山は了承する。
元より九条に対して興味のある杉山にとって、この頼みは渡りに船。
快諾を貰えた九条も、僅かに口端を歪ませた。
「では、日曜日。頼むぞ」
九条はフェンスから体を離し、杉山の横を通りすぎていく。
その際。
「――私は、お前に興味がある」
耳元でそう、囁いた。
一瞬であったが、それは何かの呪詛のように杉山の耳に残った。
九条はそのまま屋上から降りていくが、杉山は茫然と立っていた。
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