夏の大三角と、シリウス。
「おせぇぞー!」
しゅんちゃんが俺に向かって手を振る。球場には、もうみんな揃っていた。
「ごっ、ごめん。」
俺は近くに自転車を停めて、小走りでみんなのもとへ向かった。急いできたため、汗でじめじめするし、息がきれている。
「よし、みんな揃ったし、入るとするか!」
「でもしゅんちゃん、入り口、鍵が掛かっとるよ。」
「あーん?んなもん、関係ねぇよ。登りゃいい!」
不安そうな有川瑞樹を、しゅんちゃんはお構いなしに、封鎖された入り口の門を登って見せる。
「ほら、入れただろ!」
「…不法侵入だな。」
宙が言うと、有川瑞樹の顔が青ざめた。
「や、やっぱりよくないんじゃ…」
なんだ、こいつ。ビビってんのか?
「ふほーしんにゅーってなんだ?そんなことより、お前らも早く来いや!」
しゅんちゃんに続き、俺と宙も門をよじ登り、中へ侵入する。
「えっ、ちょ。みんな」
有川瑞樹が泣きそうな声を出す。そういや、こいつ、ガキの頃は小心者だったっけ。
「待ってよ…。はる〜…」
なんで俺なんだよ。できればあんまり関わりたくないんだが。
だが、うるうるとした目で見つめられた俺には拒否権がない。
「ん。」
俺は右手を差し出した。有川瑞樹は、俺の腕ごと掴んで、俺はそれを引っ張る。思ったより、ひょいっと軽くいけた。こいつ、ガキの頃華奢だったんだな…。今では細マッチョのくせに。
「ありがとう、はる。」
少し安心したような笑顔で言ってくる。なんとなく気まずい俺は、目を逸らした。
俺たちは、球場の客席の1番上の座席に座った。今日、俺たちがここですることは-
「「「「すごい」」」」
上を見上げると、幾千の星がキラキラ輝いている。そう、星の観察に俺たちはここまでやってきた。今日は快晴なのと、田舎の山の中なのもあり、天の川もはっきり見ることができる。東京には無い空だ。
「おお、晴れてて良かったな!バナナも濡れずに済んだし。」
「なんでバナナの心配…天気の心配して」
呆れた顔で宙が言う。
「お、そうやな!今日星を見に来たんやよな!」
「僕、双眼鏡持ってきたよ。」
「流石、瑞樹!やるやんけ!」
しゅんちゃんに褒められて嬉しかったのか、有川瑞樹は俺の方を向いて、にへっと笑った顔を見せた。俺はガキの頃、よくこいつに懐かれていた。幼稚園から一緒だったせいかもしれないが、何をするにしても、俺のことを真似してきたり、機嫌をうかがってきたり、俺についてきたり。当時は俺もまんざらでもなかったが、今は違う。どうせ、お前も俺を裏切る。結婚もそうだし、"あのこと"だって-。
「瑞樹、星、詳しい?」
宙の声でハッと我に帰った。
「え。うん、少しは。」
「なら、名前教えてや。星とか、星座とか。」
宙にそう言われ、少し得意そうな顔を浮かべた。有川瑞樹は、立ち上がりながら双眼鏡を覗く。
「あの、星の川みたいな天の川のところに、よく光ってる星が三つあるやん。一つがデネブって言って、その星も含めて、十字架っぽい形になっとるのがはくちょう座。それで、あっちの星はアルタイル。そこにあるのがわし座。」
宙としゅんちゃんは、へぇー、とかって、頷きながら、有川瑞樹の指す方を見つめている。
双眼鏡は、3人で交代しながら使っていた。
「はるも、見なよ。」
はい。と、有川瑞樹に渡されたが、断った。そう…。と、少ししょんぼりしている。…ちょっと、悪かったかな。
「それで、最後の星は…」
饒舌だった口がぴたっと止まった。
「忘れちゃった。あの、繋がっとる星座はこと座って言うんやけど…」
頭をぽりぽりかきながら、苦笑いを浮かべる。
「俺、知っとるぞ。シリウス。シリウスや。」
しゅんちゃんが目を輝かせ、鼻の穴を膨らませながら叫んだ。
「なんでお前が知っとるん」
宙が聞く。
「理科の教科書に書いてあったんや。今のって、夏の大三角ってやつやろ?なら、間違いない。俺、この目で見た。」
「そう言われてみれば、シリウスやった気がしてきた。」
「やろ!?でも、シリウスって変な名前やな。尻が薄いみたいな。半透明のけつってことか?」
しゅんちゃんはそう言いながら、けつをプリプリと振って見せた。俺たちはそれを見て爆笑した。
「お腹痛い。」
ヒーッと腹を抱える宙。
「半透明のお尻って。涙出てきた。」
笑い泣きをする有川瑞樹。
「だって、変な名前やん。」
俺たちを見て、しゅんちゃんも嬉しそうにガハハと笑う。
…こんなに心から、たわいもないことで笑ったのはいつぶりだろう。俺は、大人であることをすっかり忘れて、心地よい感情に身を委ねていた。
ずっと、夏休みが続けばいいのに。
幾千の星の輝きをみんなで見ていると、怖いものや、敵わないものなんか無いと思えた。
俺たちになにがあっても、この星空は変わらないんだ。そして、俺たちも変わることがない。
星が輝く夜空に包まれながら、なんの根拠もないのに、本気でそんなことを思っていた-。
☆.。.:*・゜