姉貴。
夜の七時頃、玄関からガチャッと鍵の開く音がした。
「ただいま。」
廊下からひょこっと顔を出したのは姉貴だった。
…そうだ。何年も会って無くて忘れていたが、俺には姉貴がいたんだ。
この姉貴の格好から見ると、この制服…中学生か。きっと、部活から帰ってきたんだろう。だとすると、俺はまだ小学生か?
顔が良く、勉強も運動も出来るため、男どもからはモテるし、俺の友達も羨ましいと言うやつは多かった。だが俺は、姉貴の事が嫌いだった。姉の持ち合わせているものに嫉妬していた訳ではない。むしろそこは俺も誇らしいと思っているぐらいだった。
「おい、お前。私の物、勝手に触るなっつったやろ。」
俺の前に現れて、姉貴の参考書やノートが積まれてる所に指を刺した。
「は?触ってねーし。母ちゃんがやった…」
と、すかさず潔白を表明しようとすると、髪の毛を鷲掴みにされた。
「はい、嘘。嘘つくなよ、雑魚。」
そう、この姉貴は俺に対してだけ、あたりが異常に強い。今思うと、これって家庭内暴力やいじめとかに入らないのか?って思うが、虐めている方が女って…。年も向こうが上と言えど、一歳しか違わないし…。何にしろ、ガキの俺は知識も権力もないからどうにもできないんだが。
一度、暴力を振るわれるのに嫌気が差した俺は、相手は女と言えども、やり返したことがあった。すると、姉貴は気が狂ったように部屋の物を倒したり投げつけてきたりで、母ちゃんにも、「あんたは男の子やから、我慢したって」と、言われてしまった。
いやいや、我慢って…。俺は男だけど、人間だし。酷い時はミミズ腫れとかもできたりするんですわ。
俺は、そんな姉貴に何もできない自分へのイラつきと、何故家族なのに暴力をふるってくるのか訳がわからない動揺と、色んな気持ちを抱えていた。
「敬。やめなさい。動かしたの、本当にお母さんやから。」
母ちゃんは、一応止めてくれるが、俺が男だからか、多少は平気。それどころか、打たれて強くなると思っているところがあり、無視されることもある。
…母ちゃん、俺、ほんとにこれ、嫌だったんだぜ。
姉貴は、チッと舌打ちをして、投げるように頭を離した。脳みそがぐわんと揺れた気がした。
「中身が大人なのに、太刀打ち出来ないなんて…」
俺はぽろっと心の声が漏れてしまっていた。
「は?なんっつた?厨二病?お前。きんも。喋んな、出来損ない。」
…こんな誹謗中傷、2ちゃんねるでも言われたことがない。
「さぁ、お姉ちゃんも帰ってきたし、晩ご飯にしよっか。」
母ちゃんが空気を変えるように、ハリのある声を出した。
俺達の食卓には父は並ばない。離婚したとか、他界したとかではない。父は職場の寮生活なのだ。母ちゃんとの仲ははっきり言って悪い。俺が覚えている二人揃った時の記憶は、深刻な話をしているか、喧嘩をしているかだ。大声を出して怒鳴り合っている時もあった。
夕食も食べ終え、風呂も済まし、部屋に戻った。
やっぱり、湯船と洗い場が別れてる風呂っていい。一人暮らしのところは風呂トイレ一緒のタイプだし。
(ていうか、ほんとうに懐かしいな。あっ。てか、スマホは普通に見られるのか?)
そう思ってスマホを探したが、見つからない。
「俺の身体だけここにきたのか…。なんなんだろう、これは…」
そう不思議に思って、ふと机のほうに目をやると、ゲームガールアドバンスが置かれている。
「うっわ!なっつ!これは今日一、テンション上がるわ〜」
言いながら鼻の穴が広がっていたのがわかった。るんるんとスイッチを入れる。カセットは昔一日中遊んでいたボケモンだ。
「わー、やっべ。これ、裏ストーリーみたいなのもあって、飽きないんだよな。」
その夜、俺は熱中してボケモンをやった。いつ眠りに落ちたのかわからないぐらい。
…途中で眠ってしまっていた俺はハッと目を覚ます。
「…え。」
目に映った景色は、一人暮らしをしているボロアパートの部屋と、缶ビールの空き缶だった。