かあちゃん。
「遥希ー!まだ寝とるん?もうお昼なんですけど!」
懐かしい声がする。反射的に声が出る。
「もう起きとるー……っ!」
自分の声に驚いてむせる。俺の声じゃない。…いや、俺の声だ。声変わりする前の…。声どころか、それ以外のことにも混乱している。
辺りを見渡して見ると、確かに、ガキの頃の自分の部屋があった。
「起きてんの。なら、早く下降りてきてご飯食べて。」
この声は、今より若い感じはするが、間違いなく…
「ちょっ…!」
勢いよく立ち上がり、一階に向かう。
ドン!ドド!ドン!
俺は走って階段を降りようとしたが、急に子供の体型に戻った俺は、感覚に慣れず、派手に転んだ。
「身体も小さく…」
ふと手を見てみる。やっぱりガキの頃の手だ。今より細くて小さいが、手相はまんま俺だ。
「やば…ってか、いってぇ…」
打ち所が良かったのか、骨などに異常は無さそうだ。流石子供の体。大人の俺じゃ、これは救急車呼んでるな。
「何しとるんや?凄い音やったけど。おしっこ漏れそうやったん?」
目の前に見覚えのある顔があった。
「かあ…ちゃん?」
「あっれ、この子は。頭打っちゃたかね。」
不思議そうに首を傾げる母ちゃん。俺の方が十分不思議な事が起こってるんだが。
「まあ、頭打ったところで消える知識なんて持ってないから大丈夫か!」
アハハと笑いながらリビングの方へ消えていった。…もう少し心配してくれても…。
と、思ったら、今度は水色の何かを持って俺の前に戻ってきた。
「はい。痛いところあるんなら冷やしときな。」
そう言って差し出してくれたのは…懐かしい。俺が子どもの頃、熱を出したりするとよく母ちゃんが出してくれた熊の絵柄のアイス枕だ。
それにしても、母ちゃん、若いな。十何年前か。シワもないし、今見ると意外と…
「きれい。」
俺は母ちゃんの顔を真っ直ぐ見ながら言ってしまっていた。まずい!息子として今の発言は色々とどうなんだ?いや、別に褒めただけだしまずくはないはず、なんて動揺する俺に、母ちゃんは嬉しそうに、
「わかる?リップ、色変えてみたんやよね。あんたも、わかる男になってきたやん。というか、頭打ったおかげ?あんた、階段から滑ってよかったかもな!」
ニシシ、と笑って、鼻歌を歌いながらまたリビングの方に消えていった。俺は、母ちゃんって、俺がガキの頃も化粧してたんだなぁ。なんて思いながら、少し痛む腰にアイス枕をあて、リビングへ続いた。
リビングに着くと、懐かしい光景と匂いが全身を包む。テレビ台の代わりに置かれている勉強机。そこには昔流行ったドラえまんのぬいぐるみ。両親が吸っていたタバコの匂いがうっすらする。
俺、このリビングで、クーラーガンガンにしながら漫画読むの好きだったなあ。
そして、今いつだ?と疑問を持った俺は、カレンダーに目をやる。
「水曜?あれ、学校…」
「はぁ?あんた、昨日から夏休みやろ?ほんとに頭打ったんけ?」
母ちゃんが台所から飯を運んできながら言った。
「え?あ…七月の後半…」
俺は口も目も開けたままカレンダーを見つめる。
「医者行った方がいいんか?まぁ、暫く様子見てからやな。あんた、早よ食べんと、麺、美味しくなくなるよ」
ガチャッと机の上に配膳されたのは、素麺とスーパーの惣菜コロッケだった。
このメニューは、俺が夏休みになるとほぼ毎日昼飯に出されてた定番メニューだ。素麺とコロッケは好きだが、これが毎日となると飽きてくる。
「また、素麺とコロッケ…。」
「あんた、好きやん!てか、またって。今年はまだ一回しかこのメニューじゃないやろ。」
まだって。これから素麺とコロッケばっかりの気満々じゃん。
「いっ、いただきます。」
「いただきます。」
俺と母ちゃんはテーブルに向かい合って座り、合掌し、素麺をズルズル吸い込む。
麺つゆが多めに入れてある味の濃いつゆに、ネギが嫌がらせかってほど入れてあって、山葵が入っている。母ちゃんの味だ。
世間一般のやつらが食えば、くどいと思うが、この日の素麺は、懐かしさのせいか、ここ数年食った飯の中で1番美味しくて、一瞬で平らげてしまった。