勇者パーティーの足手まとい
「ジーナ・ミサナオ!今日を持って君をこのパーティーから追放する!」
吹き抜けるような青空の下、俺は世界を救う勇者様からパーティー追放宣言を受けた。
こうなることは薄々と分かっていた。
夜中に俺以外の3人が小さな声で話し合っていたことも知っていたし、最近の勇者は俺に対しあからさまにぎこちない態度をとるようになっていたし。
何よりも、彼らと世界を救う旅をするには自分では役不足なのだということを俺自身が誰よりも理解していたのだから。
「……わかった。異論はない、俺はお前たちの決定を受け入れよう」
「えっ」
俺が静かに肯定すると、勇者は面食らったように目を丸くした。
頼むから追放しないでくれと泣いて縋られるとでも思っていたのだろうか。
魔法使いの少女と戦士の男が、口を開いたままめをぱちくりさせる勇者の後ろで小さく口の端を歪めた。
「今まで世話になったな。あまり役には立てなかったがお前たちと旅をするのは楽しかったよ」
「えっ、ちょっと待って、そんなすんなり」
「みんなのこれからの活躍を祈っている」
「いやだから待ってって、追放だよ?もっと怒ったりさぁ……」
「俺はまぁ村に戻るなり町で働くなりしてやっていくよ、じゃあ達者でな」
「だから待ってってば!ジナ!!」
別れの挨拶を済ませて立ち去ろうとする俺の服の裾を勇者がぎゅっと強く握った。
大きな目に涙を溜めて、この世の終わりのような顔でこちらを見上げている。
「……いや、なんでお前の方がショック受けてるんだよ」
「だって……ジナが出ていくなんて言うから……」
呆れてため息をついた俺を勇者は弱々しい声で非難する。
出て行けといったのはそっちだろう。
「あのな、ユウ。お前はもう俺よりも強いんだ。俺がいなくても十分やっていけるだろ?」
「でも……ジナ~!」
勇者――ユウと俺は小さい頃から家族ぐるみで付き合いのある幼馴染だ。
昔はよく村のガキ大将にいじめられているユウを助けてやったりもしたが、ユウの勇者としての才能が発露してからはそんな必要もなくなった。
ただ気弱で優しすぎるこの幼馴染は自分が勇者であることが判明した後も、どれだけ剣や魔法の腕前が上がっても、今日に至るまでずっと俺の側にべったり張り付いて離れようとしなかった。
旅のパーティーを組んだ時だって、ちょっと狩りができるだけのただの村人である俺をコイツが連れて行くと言って聞かなかったのだ。
だから今回の追放宣言は、このヘタレで俺にべったりな勇者様がようやく幼馴染離れする気になれたのだと俺も――実は魔法使いと戦士も――喜ばしく思っていたことだった。
どうやら成功寸前で思い直してしまったようだが。
「ユウ、俺がいるとパーティーの足手まといになるだろう?お前は足枷を付けたままで魔王を倒せると思うか?」
「足手まといとか言わないでよ~!ジナと一緒がいい~!」
こうなってしまったユウは梃子でも動かない。
いつも最後は俺が折れて言うことを聞いてやる流れになる。
だが、ここで普段は呆れ顔で傍観しているだけの戦士が口を開いた。
「勇者、忘れたのか?俺たちがなぜジーナをパーティーから外そうと決めたのかを」
「……う……それは、ジナが死んじゃったら嫌だから……」
「そうだろう。こう言っては悪いが、彼自身も言っている通りジーナには俺たちほどの力はない。そんな彼をこれからますます激化していく戦闘に巻き込むのは危険だからと、皆で話し合っただろう」
流石パーティーきってのクールガイ。はっきりと物を言う。
男として割と突き刺さることを言われている気もするが、これでユウが大人しくなってくれるのなら文句はない。
……俺だってできることなら精神的にダメダメなこの幼馴染を傍で守ってやりたいけれど。
残念なことに俺には戦闘の才能がなかった。
だから、傍にいてやれるのはここまでだ。
「あのぅ……」
ユウが涙目で黙り込んでしまってから数秒後、魔法使いが控えめに手を挙げた。
「ジーナさんが抜けるの、初めは賛成だったんですけどぉ……よく考えてみたらちょっと問題があるんですよねぇ……」
「えっ、何?何!?」
魔法使いの言葉に、ユウが目を輝かせる。
戦士は思い当たる節がないようで小さく眉間に皺を寄せた。
俺も何が不都合なのかわからず、魔法使いの顔を凝視したまま続く言葉を待つ。
そうしてみんなの視線を集めてから発せられた言葉は、酷く拍子抜けする、しかしとても重大なことだった。
「ジーナさんがいなくなったらぁ……炊事お洗濯武器のお手入れ、商人との交渉に宿の手配、その他もろもろ私たち自分でできますぅ……?」
その言葉に俺を含めた全員がハッと顔を強張らせる。
そうだ、そうだった。
コイツらは全員飛び抜けて強い代わりに総じて生活力が皆無なのだ。
米を洗わせれば全て流し、洗濯物はなぜかビリビリに。自分が使う武器を磨きすぎて折る。ヘタレとクールと面倒くさがりだから値下げ交渉や相手をおだてることができない。
ステータスを戦闘力に極振りしてしまっているのだろうと、いつだったか酒の席でからかってやったことがある。
戦闘面のことばかり考えていて完全に頭から抜けてしまっていた。
「戦いではジーナさんは足手まといになっちゃうかもですけどぉ……それ以外の生活面ではジーナさんがいないと私たち死んじゃいません……?」
「そっ……そうだよ!ジナ!ジナがいないとみんな死んじゃうよ!もうみんなジナなしでは生きられない体になってるんだよ!」
「変な言い方をするな!」
「確かに旅の間はジーナが全て生活の面倒を見てくれていたな……」
「待て待て待て!そんなことを言っても俺は戦闘では」
「私たちがぁ……もっと強くなってぇ……ジーナさんを守りながら魔王を倒せるようになればよくないですかぁ……?」
「ふむ、生活力を磨くよりもそちらの方が手っ取り早いな」
魔法使いのとんでもない提案に戦士が乗ってしまった。
米を研げるようになるよりも魔王を圧倒できるようになる方が手っ取り早いってなんだ。
どうしたものかと視線を下げると、ユウがキラキラと目を輝かせながらこちらを見ている。
「ね!ジナ、これからもずっと一緒にいてくれるよね!」
「いや、守られ続けるのはさすがに男としてのプライドが……まぁもういいや……」
これからも俺にべったりできることに満足した幼馴染が得意げな笑顔を浮かべている。
吹き抜けるような青空の下、俺は世界を救う勇者様からパーティー永久加入の宣言を受けたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
タイトルは初め「勇者が俺を追放できない」にするつもりでしたが、
それだとオチがモロバレなのでどうしたものかと考えた結果無難な感じに収まりました。